第243話 なら、対策は?
「……あたしの話を聞いて、イノリはどう思った?」
俊明に言われたのもあってか、マグナリアはその日の内に、祈にこれまでのことを正直に打ち明けた。
あの蜥蜴は、対魔族、対魔王の切り札にすべく、複数の科学、魔導に長けた術士たちの手で推し進められた一大プロジェクトだったと云う。
大魔王の”特性”は、今までの勇士達の活躍によってすでに割れていたのもあり、その対策に万全を期すことこそが勝利の鍵だと、術士達は考えた。
もし仮に”魔王の因子”を打ち込まれたとしても、それが根付く程の知性を”検体”に持たせなければ、最悪、相打ちによる逃亡だけは防げるだろうと考え、それによって各個体の能力が多少落ちようとも、圧倒的物量で補ってしまえば良いと画策した末が、あの蜥蜴の群れなのだ。
「まぁでも、抵抗する”敵”なんかより、簡単に捕食できる”獲物”の方により積極的に食い付く……なんてのは、生物として当然の行動よね。そんな単純な事にすら、当時のあたしたちは全く気が付かなかったのだから、思い込みと云うものは、本当に怖いわね」
魔族が支配せし領域の、丁度境に試験的に放たれた蜥蜴族は、研究者達の期待通りにその数を着実に増やしていった。
だが、その結果、生物の”性能”がより低い人類種の方に”だけ”甚大な被害が出てしまったのだ。
境界に住まう人類種達のその大半が、蜥蜴共の胃袋の中に収まり、結果魔族の領域拡大の後押しをしてしまったという皮肉に、研究者達は大きく打ちのめされた。
自分達の手で駄目押し同然の行いをした絶望感は、筆舌に尽くし難かったに違い無い。
「蜥蜴の”駆除”に割かれる戦力に、その被害に怯える民達……あたしたちの手で造り出してしまった”地獄絵図”は、肉の器を持たぬ身になった今でも、悪夢として、この魂に刻み込まれているの」
マグナリアの精算しきれぬ”罪科”とは、多くの魔族を討ち滅ぼした鬼神としての側面と。
失敗した研究の結果による”被害”によって、失われてしまった多くの生命……だろうか。
”英雄”と崇められていた彼女の両手は、元々血塗られていて。そして、濯ぎきれぬ程の罪を抱えている。
「でも。だったらさ、マグにゃんの”罪の半身”が、どうしてこの世界に……?」
「それは俺たちにも判らん。だが、鳴門衆の時の”落とし穴”といい、どうにもあの世界が、色々と悪さをしてきやがンだよなぁ」
力無く皮脂でテカる額をペチペチと掌で叩きながら、俊明は溢す。
「本当にあの蜥蜴たちが、マグにゃんの云うのと同じ奴だったとしても、土佐の明神さんから聴いた特徴と少し違うのが、ちょっと……」
「そりゃ、定期的に起こる”蜥蜴の害”として、この世界の自然に定着するほどに長い年月が過ぎてんだ。色々と生態が変わっていても不思議じゃないだろう」
「あの後も未練がましく研究を続けていた奴が、もしかしたらいたのかも知れないわね。彼らの話を聞く限り、どうやら無駄な足掻きだったみたいだけれど……」
「研究者の誰しもがマグナリアどのみたいに戦いの”手段”を持っておった訳ではない。であれば、魔族憎しの怨念、一体何で晴らせば良かろうか?」
無精髭を撫で付けながら、武蔵はそう指摘する。
確かに。と一同は頷く。
「でも、わたしはその”違い”こそ、蜥蜴攻略の鍵なんじゃないかなぁって。実はそう思ってるんだ……」
目の前に拡がる蜥蜴どもの群れを前に、祈はこれから成すことを思い、一人瞑目した。
◇◆◇
「主さま。本当にコレ大丈夫なのカー? 美美、この数を前にちょっとだけビビってるヨー」
「まっ! 此の期に及んでブリっ子とか。何処までも浅ましい女ですね、貴女は」
「……しゃあしかね。喧嘩なん、他所行ってやっちゃらんかいな」
”友”の三人に、一応は付いてきて貰っていたが。
「ホント、相変わらずだな。こいつら」
「何とも頼もしい御仁たちにござる」
「……で? この数相手にどうするの、祈」
「どうもしないよ? ……ただ、観ていてもらうだけ。わたしがこれから犯す”罪”を、ね」
過去に俊明が、祈の母祀梨に語った”世界”の、魂の理の一つ、
『人は生きながら、罪を重ね、その都度”精算”をしている』
仏教思想、実は現世である”人間界”も六道……地獄の一つであると云う考え方だ。
生きると云う事。即ち他者の命を喰らい、血肉を得ていかねばならぬ以上、誰しも人畜無害ではいられないのだ。
だが、だからと云って、意味も無く他者を殺す様では、何れ魂は修羅道、畜生道へと堕ちていくだろう。
「自身の身を護る為、死国の地に生くる者達の為、だけれど。わたしがこれから成す事は、凡そ生物の禁忌に触れる”外道”の行い。だから、この罪は……」
右手を挙げ、眼下に迫る夥しい数の”蜥蜴”の前に巨大で長大な、”大地壁”を造り出す。
咄嗟のことだったとはいえ、明神 晴信は、常に蜥蜴の害に怯えて生きてきた”土佐衆”の長として、その対策を頭の中に入れていたのだろう。
大地壁で、此奴らの動きを阻害し。
……そこまでは良かった。彼は、そこからの”一手”が足りなかった。
もしかしたら、その一手を信楽 百合音率いる弥勒衆に求め、ちょっかいをかけていたのかも知れないが。
「わたしだけが背負うっ!」
大きく振り下ろした右手と、振り上げた左手を交差させ、複雑に印を結ぶ。
元は対魔王用に”調整”されてきたであろう蜥蜴の特性────”個”としての自我があまりに薄いが為、精神支配の術がとても良く効いた。
『────共食いせよ。目の前の”獲物”に食い付け』
あの世界の科学によって調整、創造された生物兵器の裔たちは。
それでも一応は機能していたであろう、生物として最低限の”保護機能”『同族喰いの禁忌』が、祈の呪術によって簡単に外された。
────そうして、祈達の目の前に、地獄が顕現した。
餓鬼どもの棲まう、”餓鬼道”だ。
同族相食み、獣欲のみが支配する血の世界。
「うっ……これば見届くるとは、流石に正気ではいられんばい」
「ええ。あまりに血の臭いが濃すぎます」
「……(『何だカお腹空いて来たヨー』とは、ちょっと言い難い雰囲気ネ)」
「これで、明神さんの情報が正しければ……」
この死国の地から、蜥蜴の害を無くすことができるかも知れない。
祈の意識は、すでに次の場面へと向いていた。
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