第242話 守護霊ミーティング5
お待たせしました。長いリハビリを終え、漸くの再開です。
「なんつーか……また……だな?」
「ですなぁ……」
「ホントねぇー?」
”神”への扉を目前にした現世にて最上位に位置する魂魄達は、額を突き合わせそれぞれ嘆息するしかできかった。
彼らの守護対象である育ての娘は、眼下で淑女として本当にそれはどうなんだと疑問を持つレベルではしたなくも音高くゴリゴリいわせながら、さも美味そうに塩煎餅を頬張っているのだが、そこはもう三人共気にしない事にしていた。
どうせ注意しても聞かないのは、目に見えて解っているからだ。
「でもまぁ、お煎餅ってのは、焼きたてを盛大にガリゴリと音を出して食べた方が美味しいし、ねぇ?」
「そんなの俺に同意を求められても知らねぇっつの」
「まぁ。確かに煎餅こそは顎を鍛えるに理想的な菓子なのではないかと、拙者は思うのでござるが……」
脊椎動物の体幹の基礎を成すのは、顎の骨と健康な歯。そしてそれらを正確に噛み合わせた時に生じる咬合力だ。
それを鍛える為には、”喰らう”という動作こそが最も適している。噛むと言う事、それは即ち生きる事でもある。
そして、噛むという動作には、生物の知能発達を促進させる効果があるという事は、実際に科学的、医学的にも証明されているのだが、当然そんな知識なぞ三人の中には端から無い。
「この世界にゃ、原形はあれどまだ醤油は存在していない筈だから、祈たちは煎餅の本当の美味さを知らないのか。そう考えると少しだけ不憫だなぁ……」
「しかし、俊明どの。この世界に醤醢はすでにあり申す。あとは時間の問題ではござらぬか?」
「あたしの世界には、そんなの無かったわね。そういえば」
「お前さんの世界にも、一応魚醤の類いはあっただろ。まぁ、アレと醤油を同列に扱うのは流石に乱暴過ぎるが」
醤油の原形ともいえるもろみ味噌は、この世界でいえば2、30年ほど前……つい最近に登場したばかりの調味料だ。
醤油の登場によって、列島の食文化は大きく花開き凄まじい勢いで発展していく事になるのだが、それにはまだ幾何かの時間が要る事だろう。
その日がくれば、祈も醤油味の煎餅を、きっと今みたいにゴリゴリと派手に音をたてながら賞味できる筈だ。
それが訪れるまでに、祈の歯が全て健在であれば……の話になってしまうのだが。
「ぷぷっ、くくく……いのりばあちゃん、奥歯が無くて煎餅が食えないとか。くかかかかっ……」
「俊明どの、酷い想像してござるな……」
「ホント性格悪いわよね、このハゲってば」
同じ魂から派生した所謂”魂の兄弟”だからこそ、話のネタは尽きない。
その為、簡単にあちこちに話が脇道に逸れては飛びまくり、軌道修正する事はとても困難だという……
「だぁっ! チキショー、話を戻すぞっ! 結局今回もまたあの世界がらみの厄介事だったなっ!」
「俊明どの、今のは些か強引過ぎるのではござらんか?」
「ごめんねぇ。良い感じであたしが話を脱線させちゃったからさぁ」
「……て-か、解ってたなら最初からやめてくれよな、マジで……まぁ、そこに乗っかった俺も人のこたぁ言えねぇんだけれどさ」
皮脂でテカる額をペチペチと力無く叩きながら、魂の長兄はこの日何度目になるのかもうすでに数える気にもならない溜息を繰り返した。
「まぁ、マグナリアどのが話を逸らしたくなる理由も解らんではござらぬが……」
「ううっ」
「てか、マグナリア。この中じゃお前ぇさんが一番アレのヤバさを深く理解してる筈だろうが。その辺も含めて、後で全部祈に説明しとけよ?」
「あなたに言われなくても、そのくらいちゃんとするわよ……」
拗ねる様に唇を尖らせながらも返すが、燃える様な鮮烈な赤色の髪をした鬼女は、正直育ての愛娘にどう説明すべきかと心底悩んでいた。
(まさか正直に言える筈無いじゃない……あたしがアレの産みの親ひとりだなんて……)
そして研究半ばでアレの危険性を散々に思い知らされる事件が起こり、その結果、廃棄為ざるを得なかった事も。
研究には、多少の犠牲が付き物。
……などとほざく研究者が、この世には山程存在しているが。
万の生命を、ただの腕のひと振るいで平然と吹き飛ばせるこの鬼女でさえ。
アレの犠牲者の数を知るに、鼻白んでしまったのだ────期待した成果の一切も、得られぬままに。
「あの世界で、全て”廃棄”した筈のアレが、まさかこの世界にまで流れ着き、生態系の一部として組み込まれ根付いていた、だなんて……」
「定期的な”災害”として、この地に定着しちまってンだから。こりゃ、相当ヤベぇ話だぞ」
「彼の世界は、本当にどこまでもどこまでも祟りおるわ。どうにかして、すっぱり縁を斬れぬものか……」
────それができれば、最初から苦労はしない。
決まり切った結論しか出て来ない以上。三人とも天を仰ぎ、盛大に世を呪う他無かった。
「てゆか、トシアキ。あなたが”世界”を呪ったりしたら、本当に色々と不味いのではなくて?」
「……あ。やっべ」
「どうやらこの世界、終わり申したな」
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