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第24話 とっても上手にできました





 「うん。材料は、これでほぼ揃ったわね」


 必要な素材を畳の上に綺麗に並べ、マグナリアは満足そうに頷いた。


 先ほどまでの”童貞いぢり”によって、自身が産まれてから死んだ後までの、積もりに積もった不満鬱憤への溜飲が下がったのか、その表情はとても明るかった。



 「ぐすん。俺、汚され…ちゃったよ…」


 息も絶え絶えの俊明は、時折ビクン、ビクン微かな痙攣を繰り返しながらも、ぐったりと床に転がっていた。鼻水と、涙と、涎に、汗……その他、色々な体液でドロドロの顔を畳に擦りつけて、悲劇のヒロインよろしく弱々しく呟いた。


 「んもぅ、ばっちぃわね……はいはい。そんなつまんない小芝居はいいから、さっさと次の準備しなさいな」


 そんな倒れたままの俊明の背中を、マグナリアは足の親指でグリグリと弄り、次の工程を促す。


 「へいへい。ああ、すっかり嫌な汗かいたわ、コンチキショー」


 「……ホント仲良すぎるよね、マグにゃんととっしーって」


 「左様にござるな。二人のあの勢いには、中々……拙者もたまに対応に困り果てるので」


 「こいつとは、別にそんなんじゃねーよ。元々は同一の存在、魂の兄弟なんだぞ……ほれ、錬成釜出せ」


 「はいはい……流石にちょっとお巫山戯が過ぎたかしらね?」


 マグナリアがその豊かすぎる胸から、大きな金属の容器を取り出した。


 成人男性の身長とほぼ変わらない高さの、金属でできた樽……とでも表現すれば良いのだろうか?


 その鈍色にびいろに輝く、寸胴の上部には、小さな煙突らしき二つの突起が立っていた。



 「んじゃ、この中に材料をぶっ込んで精製するんだが……祈、すまんがこっちに立ってちょっと後ろ向け」


 「……? とっしー何するの?」


 守護霊に言われるがまま、祈は俊明の前に立ち、後ろを向く。


 「ちょーっと痛いかも知れないけど、我慢な。お前の尾から、何枚か鱗貰うかんなー?」


 「え? ちょっ、ちょっと待ってっ痛ぁっ!」


 言うが早いか、ぷちぷちぷちと強引に純白の鱗を数枚ぷちぷちっと。一気に引き抜かれる痛みに、祈はたまらず飛び跳ね、尻尾を抱え盛大に床を転げ回ったのだった。




 「痛かった……すごく、すごく、すんっ、ごく痛かった……とっしー、絶対後で髪の毛全部引き抜いてやっかんね?」


 いきなり何の説明も無いまま、自分の身体の一部を引っこ抜かれるという蛮行を受けたせいで、俊明を涙混じりに睨む祈の目は、恨みの念がとても深かった。


 「だから、悪かったって。後で何か作ってやっから許せ」


 「皆すぐそうやって、私を食べ物で懐柔しようとするぅ…て私食いしん坊さんじゃないんだけどな」


 「酷いわよねぇ。これだから童貞クンは……」


 マグナリアが、そんな祈の尾に回復術キュアをかける。


 「ホント頼むから、そのネタで弄るのもうやめてくれ……やっぱ、そこって身体の一部なんだな。回復術でしっかり再生してら」


 回復術の光が収まると、血が滲んでいた傷跡が消え、引き抜かれてそこだけ素肌が露出していた部位に鱗が再生していた。


 「まさか、それを確認する為だけに?」


 「その意味もちょっとだけあったが、この鱗も材料なの。ああ、望。どこの部分のでもいいから、お前も鱗くれや」





 祈と望が、かなり痛い思いをして取り出した鱗数枚を含む、全ての材料を俊明は無造作に錬成釜に放り込むと、胸の前に揃えた両手の指全てを忙しく動かし、何か呪文らしき言葉を紡ぎ出す。


 ……それから半刻は、そうしていただろうか。祈が飽きて畳の上に大の字になって寝転がったのを、マグナリアにメッされたところで俊明は振り向いた。



 「あとは完成まで放置でおk。色々とヤバい素材使ったから、マジで伝説級の武器になりかねんのが恐い」


 一仕事やり終えたぜぇ。


 俊明は、後退が止まる気配のない、その広すぎる額に滲む汗をぬぐう仕草をしてみせる。


 「あれ? とっしー、なんか想像してたのと違う……もっといっぱい苦労するもんだとばかり……」


 「ああ。武器錬成は、材料を釜に放り込んで、細かい調整をしたら後は釜任せだ。その調整こそが、錬成術の肝なんだがな。あそこの世界の鍛冶屋は、そういった花形になれず本当に可哀想だったなぁ……」


 マグナリアの生きた世界の鍛冶屋が扱うものは、簡単な農具と日用小物で、上等な武器、防具に関しては、ほぼ全てが錬成釜製という……鍛冶の神様がとても不遇な世界だった。



 「そこなお二人の、身体の一部を材料にした理由を聞いても?」


 「ああ、それはこいつを、贋作ではない、本来の意味で”証の太刀”にする為だな。尾噛の血の一部と、証の太刀の一部分を使ったんだから、かなり近いモノになる筈だ」


 元々、祈の尾は証の太刀が変質したモノであるのだから、そこから採取した鱗は、当然証の太刀の一部分である。そして、それを材料に使ったのだから、これは紛れもなく”証の太刀”だ。

 ……そういう理屈らしい。


 「俊明殿がそう言うのであれば、そうなのでござろう? むぅ。何か騙された気もしなくもないのでござるが……」


「細けぇこたぁいいんだよ。要は、”証の太刀”っぽいモノが出来れば良いんだから」


 気にするだけ無意味だ。考えるな、感じろ。良く言えばおおらか、悪く言えば大雑把。そんなのも時には必要なのだ、と守護霊その1は言う。



 「お恥ずかしながら僕、とてもワクワクしてます。どんな太刀になるんだろう…なんて、想像してただけで、血が滾ってきます」


 「ホント男の子って、こういうの好きよねぇ……」


 「望。折角だから、完成するまで見守ってやってくれ。ひょっとしたら、この太刀が家の守り神になる可能性もあるからな」


 今錬成しているのは、尾噛の血を素材に使った、ある意味生きた刀である。


 その誕生の瞬間に望が立ち会えば、刀は確実に望を主と認めるだろう……俊明は、木片を削りながらそう説明する。


 「それで、今何作ってんのとっしー?」


 「ああこれか? 今錬成してるのは刀身だけだからな。これは柄の部分になる。鍔は出来合いの物を使うとして、後は鞘が要るかなぁ……」


 「鞘ならば、今は主不在のアレでようござらぬか? 多少の手直しは要るだろうが」


 本来の証の太刀の付属品として、代々受け継がれてきた豪華絢爛過ぎる鞘の事を武蔵は言う。


 「ああ、錬成してる奴とサイズが合えば良いんだけどなぁ……遠くから見ただけで、何となく大きさを決め打ち調整しただけだから、正直微妙かもなー」


 「最悪、口金物で合わせればようござろう。それらしく見える様に煌びやかな鞘を一から拵えるより、そちらの方がより宝刀らしく見えるであろうし」


 口金物とは、刀を迎え入れる穴の補強になる金属部品で、鯉口と合わさる部分である。


 時代劇で刀を抜いたり、収めたりする時の「キンっ」という金属音のSEは、ここと鯉口が当たった表現なのだ。


 「できれば、今作ってるのが元祖の太刀より、ほんの少しだけ小さくあって欲しいな。中を削るの面倒だし……」


 「拙者、刀の手入れを欠かした事はござらんが、鞘の調整なぞした事はほとんどござらんので……何も助言できないのはもどかしいでござる」




 「全然わかんない話が続くってのも、なんて言うか、暇ねぇ……」


 「……だねー」


 刀剣の類に全く興味の無い女衆は、部屋の隅で完全にダラけていた。




 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 錬成釜の煙突から、蒸気にも似た白い煙が一気に吹き出した。完成の合図だ。


 「おっし、できたぞー………あれっ?」


 「……え?」


 「……え?」


 その瞬間を待ちわびていた望と、何となく付き合いでこの場にいるだけの侍が、釜の蓋を開けのぞき込んだ時の制作者があげた戸惑いの声に不安を感じ、一斉にそちらを注目した。


 「ああ、うん。気にすんな……俺は、全っ然気にしないからっ」


 「それで納得できる人が、何処におりましょうや」


 「そうやって余計に不安を煽らないで欲しいのでござるが……」


 できたてホヤホヤの刀身に仕上げを施しながら、俊明は自身の戸惑いの正体を探る。完成予想より、遙かにデキが良過ぎる……あふれ出す魔力と剣気は、俊明の遠い記憶にある聖剣にも匹敵しているのだ。


 (やっべ。マジで伝説の武器作っちまったよ……錬成釜はたまーにこういう事をする)


 やっぱり聖晶石なんか使うから……ああ、聖銀(ミスリル)鉱も使ったなぁ。あと、もしかしたら、二人の鱗を使ったせいかも知れない。生きた竜の鱗そのものとも言えなくもないし……等々と、内心冷や汗をかきながら俊明は、考えられる原因を一々羅列していった。


 (……うん、だまっとこ。どうせ今回の事が終わったら儀礼用として、蔵直行なんだ。気にしないキニシナイ)




 「うっし。完成したぞー。ほれ、望持ってみな?」


 「……で、先ほどの声は何だったので?」


 訝しながらも差し出された太刀を、望は素直に受け取ってしまう。


 受け取ってしまえば、それは尽きない興味の対象。ついつい顔が綻んでしまうのは仕方のない事だろう。


 こういうチョロい所が若さだよなぁと、俊明は残念な子を見る様な生暖かい視線を、尾噛家現当主に送っていた。



 「銘は何と?」


 「うーん。そこまで考えてなかったな……望、どうしようか?」



 望の方へ視線を向けた時、俊明と武蔵は凄まじいまでの違和感を覚えた。



 ……あれ? 手にしてた太刀は、何処へいった??




 「すみません……コレ、なんで、しょうか…?」




 望の腰部から伸びた、左右にふりふりと揺られる鉛色のソレは……どう見ても尻尾であった。




 「「尾おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ?!」」





 またまた、小さな離れに男共の絶叫が響き渡った。







誤字脱字あったらごめんなさい。

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