第222話 その後始末的な話15
80万文字突破記念。
今後ともよろしくお願いします。
「……伊予の熊共が、負けた、じゃと?」
海魔の集落に潜む”草”からの久しぶりに届けられた報告に、明神晴信は耳を疑った。
「……誤報じゃなかがよ?」
伝令は、晴信の問いに短く否と答えた。それどころか、あまりにも一方的だったという戦闘内容を付け加え、晴信を更に驚かせた。
「……熊を事も無げに退けちょる、が。帝国とは、そがな強大な兵力を持つというがかや?」
こうなれば、敵対なぞはせずに、こちらから帝国に頭を下げるのも、一つの手なのかも知れない。生き残る為ならば、いくらでも頭を下げてやる。
自尊心なんぞで腹は満たされぬし、人の生き死にギリギリの境を越える事なんぞできぬ事を、晴信は知っていたのだ。
「ええか? きさん、海魔との接触の機会が探るきに。わしゃ、奴らへの手土産を用意するきな」
だが、何も持参せずに頭を下げた所で、それとは明確にはしていなくとも、様々な敵対工作をこちらが仕掛けた事は、もうとっくにバレている筈だ。
下手をしなくとも、この”草”の報告すら、奴らの掌の上なのかも知れない。晴信が帝国の参謀の立場なら、絶対に草を捕らえず、泳がして利用する手を考える。
(そうなっちょったのなら、もう仕方無か。精々派手に踊っちゃるしか無かがよ……)
ただしその場合、件の熊の話は、あまりにも現実味の無い話であり、一気に眉唾物になる。それでも流してきたという事は、恐らくは真実なのだろう。
その程度の情報の真贋の判断ができねば、そもそも土佐はすでに滅びている。死国の地で生きるという事は、本州とは違い容易ではないのだ。
「じゃが……今回はちぃとばかり、情報が古過ぎじゃ。次はもうちっくと新鮮な情報を持って来い、ええな?」
接触して、頭を下げるにも。
はたまた、徹底抗戦をするにも。
まずは新鮮で、正確な情報があって初めて、そこまでに至る道への思案に繋がる。
流石に二月近くも前の情報を持ってこられても、その判断の機会は、とうに逸してしまっているのだ。
「春になったら、蜥蜴どもが動き出す。ちくっとばかし、遅すぎたかも知れん」
発酵させた雑穀を絞っただけの粗末で不味い酒を口に含み、晴信は頭を抱えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(……まさか、神たるこの身が、”落とし穴”如きに嵌まるとは、思ってもみなかった)
”異界の門”により、強制的に異世界に”拉致”された間抜け共の仲間に、よもや自分がなろうとは。
少しばかり地に足を付け、伸びをしたその瞬間に”落とし穴”が開くとは、何たる間抜けか。
何時もならば、神木の上で生活しているというのに。
周囲をそれと見渡してみる。どうやら此処は、異世界の洞の様だ。
地に描かれた緻密な魔術円は、自身が過ごした世界に在る物とは、構成も式も全く異なる理に基づいた物らしい。内容がさっぱり理解できなかった。
そして、己が神として君臨する世界とは、空気が違った。満ちている”気”が違った。大地を構成する組成が微妙に違った。
(故郷に在る信徒共とは、魂の波長が根本から異なるこのニンゲン共に、太陽の化身たる我が名が、果たして通用するや?)
八咫烏は、身に降りかかった”不幸”に、嘆かずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ま、その三本足の烏こそが、我ら”鳴門衆”の初代様ってぇ訳だ」
「へぇ…」
幻斎亡き後、宝栄が八咫の銘を襲名してから、二月近くの時が流れた。
雪は融け、芽吹きの季節はすぐそこにまで来ていた、そんな時期。この弥勒の里では、すでに狸達が畑仕事に精を出している。
「ほお、鳴門の烏天狗とは、神の血を受け継ぐ一族なのか。であろうな。我らよりも霊力が高いのだから、それも頷けようて」
「だわいな。あちし達一族も、霊力には自信があったのじゃが、宝栄ちんとは比ぶるべくも無いのぉ」
「……ま。嘘か誠か、そりゃ俺も知らねぇがよ。あの”天の門”によって、俺達と同じ姿の烏天狗が幾人か導かれたという記述はある。もしかしたら、だが、そっちの方が俺達のご先祖様なのかもな……」
黒く光る嘴を器用に使い、宝栄は湯飲みを傾けて緑茶を飲んだ。
鳴門衆の歴史は、一人の男が描いた魔法陣”天の門”から始まったのだという。
異世界では、太陽の化身であり、導きの神と称され畏れ敬れし”八咫の烏”を祖とし、集落に様々な知識と技術をもたらした”烏天狗”達によって、一族は不毛なる死国の地に礎を築いたのだと。
「結局は、その天の門から出でたる尋常ならざる者達の知恵に頼ろう……なんて、そんな浅ましい心が、俺達の根底にあったってこった。考えてみりゃ、恥ずかしい話だよな」
烏の面をした宝栄の表情は、祈達には良く判らない。だが、宝栄の声には、少しの自嘲と、悔しさと怒りが含まれている様に、祈達には感じられた。
「一族全員が手を取り合って、少しでも開拓を推し進めていけば、そもそも天の門に頼る必要は無かったのさ。門を開く事のできる者を、鍛え育てる。その課程で脱落した者に、全ての雑用を押し付けて……ほんと、馬鹿だよな」
「……それは、私達には何とも言えないなぁ……」
批判するだけならば、当事者で無くとも確かにできる。だが、それを安易に口の端に乗せられるかと問われれば、それは当然否だ。
天狗達が天の門と呼ぶ、召喚魔法陣に異常な執着をみせた先代の幻斎は、そこに活路を見出すまでに、一体どの様な葛藤をし続けたのだろうか? その心情を少しでも慮れば、到底その様な言葉を吐く事なぞ、三人にはできなかったのだ。
「だが、これで我ら三部族間の同盟は成った。死国の地にて、我らが合力すれば、少しでも暮らしが変わる。そう妾は確信しておる」
「だと良いな。修練三昧だった俺達が、あんた達にどんな形で貢献できるのか、正直不安ではあるが……」
「友達は多いに越したことはないだわさ。足りない物は融通し合う。それだけで、みんな幸せになれるわいな」
「……そだね。それが理想だ」
一族の心の支えだった”天の門”を捨てる以上、今までの生き方を改めねばならぬ鳴門衆にとって、今後も試練の時が続く事だろう。
だが、祈はそこに一切の不安を感じてはいなかった。
八尋栄子率いる海魔衆、信楽百合音率いる弥勒衆の、二つの部族の合力があるからだ。
それでも不足するというのであれば、倉敷に在る光秀に、可愛くお強請りしてやれば良いだけの話だ。
(それくらい良いよね? ”責任は取る”って、そう言ってくれたんだし……)
青い顔で胃の辺りを不機嫌そうにしきりに摩る紅の翼の青年の姿を思い起こし、祈はくすりと笑った。
(あの人、ちゃんと健康に気を遣っているだろうか? すぐに調子に乗っては、お酒で失敗する人だったから……)
本人が聞けば、徹底抗議するであろう失礼な事を思いながら、祈は第四皇子の怒り顔を思い出し、ついつい懐かしさに浸るのだった。
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