第220話 天狗の後悔
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「……我は確かに、其奴を連れてこい。そう言うた。だが、何故に、余計な者共まで付いてきておるのだ?」
”草”の報告に、八咫幻斎は苛立ちを隠そうとはしなかった。
望んだのは、八咫一族の積年の悲願を果たせし”器”の者のみ。
そこには、狐や狸などの余計なもの一切など決して要らぬ。
「……申し訳ござりませぬ。ですが……」
狐の頭目の求めに一切応じぬ。そう言うのであれば、貴様等に用は無い。”器”はきっぱりと言い切った。
「彼の者の気性、荒ぶれし武士の如く成り。なれど、こちら側から礼を失する事無く道理、筋を通さば、応えて下さる御仁にて……」
彼らが求む”面会”に応じてやれば、少なくともこちらの要求に耳を傾けはするだろう。そう”草”は結論付けた。だからこそ長の怒りも承知の上で、草は彼ら全員を集落に招き入れたのだ。
草達にとって、長の怒りは確かに恐ろしい。
だが、そんなものは結局一時のものにしか過ぎない。彼の幼女の怒りは、その様な比ではなかった。どう足掻いても免れぬ死。どちらを取るのかと問われるまでもない。圧倒的な差が、そこにはあったのだ。
それに、頭は『手段は問わぬ』そうはっきりと言ったのだ。命令は守ったのだから、そもそも怒られる筋合いは無い。
言葉を重ねていく内、目標の”器”の幼女とは、彼我の絶望的な戦力差を嫌と言う程に思い知らされた挙げ句、筋を通せばちゃんと応えてくれる真っ当な性格の人物である事も理解出来た。冷静になって自らの所行を振り返ってみれば、唯々高々にこちらの都合のみを押し付けようとした、自分達の傲岸さ加減に恥じ入るばかりだ。
”器”の幼女を、絶対に怒らせてはならない。それこそ、礼節を欠いて怒らせでもしたら、忽ちの内に集落は滅びの時を迎えるだろう。かの幼女が発した殺気、霊圧を知らぬ頭にそれを説明してみた所で、一顧だにされぬのだろうが。
だから、草はその事を口にはしなかった。
滅びるなら、盛大に滅びてしまえば良い。
(……いや、むしろ鳴門衆は、絶対に滅ぶべきだ)
烏天狗はどこか疲れた様に、僅かに首を左右に振った。
物心付く頃には日々の荒行が日課となり、一族の試験から脱落した者は”落伍者”として集落中から誹りを受け、集落に生くる者達への生涯の奉仕を強要される。試験を越えた者も、さらに苛烈さを増す終わりなき荒行によって、ただ疲弊するのみだ。
全ては、八咫の一族の悲願を果たすが為に。
逃げる事能わず、集落を脱走せし者は、その場で”処分”される。それが一族の掟だ。
そんな歪んだ価値観で凝り固まった部族に、果たして未来があるのか? それはただの草である自分には解らない。だが、この生き方は間違っている。それだけは、鳥面人の男でも絶対の自信を持って言える。
一族の滅亡。その引き金を引いてしまうのか、はたまた引かないままでいられるのかは、頭の行動次第だ。
(恐らくは、無理であろうな……)
傲慢が服を着て歩く様な人物。それこそが、八咫幻斎という男なのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
草の烏天狗の予想通り、海魔衆宗主八尋栄子、弥勒衆筆頭信楽百合音両名との会談と、同盟締結の話し合いは、如かしてあっさり打ち切られた。鳴門衆が頭目、八咫幻斎の一方的な意思によって。
こうして弥勒の里から鳴門の集落まで、結構な距離を歩んできたが、結局は何も得る物が無かったのだと、失意の内に栄子は力無く頭を垂れた。
「うん。だろうと思った。もうこれで良いよね、栄子さま?」
「……祈様……ああ、いや、きっとそうなのでござりましょう。これ以上、妾が策に執着しても、詮無き事」
「栄子ちん。今回は、鳴門の頭の顔を見る事ができただけでも、一歩前進したと思っておこう。あちしはそう決める。そう決めたわいな」
一つの策に固執しては、日々目まぐるしく状況が遷ろう戦場において、致命を負う可能性も充分にあり得る。敵方に足下を掬われる。そういった状況は、指揮官の一個人の執着によって生まれるものだ。
鳴門衆の合力が得られなくとも、祈達の基本方針に変わりはない。
鳴門の天狗は、公的にはこちらに敵対しない。その担保が得られただけで、祈にとっては充分な収穫であると言えるのだ。
「じゃあ、さっさとここから出るとしよう。まずは、弥勒の里に戻ってから、かな?」
当初、集落で一夜を明かすつもりの一行であったのだが、一宿を借りるに足る家屋が見当たらぬ以上、これでは野宿と変わらない。
であれば、同盟の求めを一方的に拒絶された手前、此処はもう敵地と言っても過言では無いのだ。早々に立ち去るに限る。そう祈は結論付けた。
「ダネ-。美美もそう思うヨー」
「休憩できんのは辛か所だばってん、こればっかりは仕方無かね……」
「野営ができそうな場所は、この琥珀が幾つか見つけておりますので。どうかご安心を」
三人の返答は、祈にはとても頼もしく思えた。皆まで言わずとも、主の意を汲んで行動をしてくれる。
「主さま。静の事は、美美にお任せヨ☆」
「念ん為、アタシは護衛ん式ば使うけん。そっちはそっちで、よろしゅうな?」
「……栄子様、百合音様は、こちらで対処いたします。祈さまは、どうぞご自由に……」
そして、その後に繋がる懸念も、同時に察してくれるのだから。
「ありがと。本当に助かるよ」
此処はもう”敵地”だ。
祈は、守護霊達が鍛えに鍛え、終には全身鎧にまで歪な進化を果たした黒曜石の様な輝きを放つ異形の鎧を身に纏い、その上から純白の上衣を羽織る。そして、腰には二振りの小刀と、懐には幾つかの手裏剣を忍ばせた。”帝国最強の駒”は、こうして此処に降臨したのだ。
「向こうはまだ、私達を舐めている様だし、いい加減、本気を出すしかないよね……」
一向に気は進まないが、此処はもう敵地であり、戦場である。
この為に仕込んだ呪符を、懐から取り出す。海魔、弥勒達一行の幻を、この場に映し出す為のものだ。
ここで迎撃の為の罠を張る。
何もせぬというのならばそれで良い。
だが、追っ手を差し向けてくるというのであれば、迎え撃つのは当然のこと。未だ”同盟”を諦めきれていない栄子の為、一人で泥を被るつもりで、祈はこうして殿に立ったのだから。
◇◆◇
(……祈どの。南より数24の集団、そこより遅れて32の集団あり)
武蔵の霊感ソナーは、祈のそれと比較しても、より正確で、広範囲をもカバーする。大凡の数と方角は何となく解っても、正確な情報の有る無しで生存確率は大きく変わる。
(了解。さっしー、敵の大将の位置、解るかな?)
行きに遭遇した時の様な”草”だけの編成ならば、もう仕方が無い。弥勒の里まで安全に戻る為には、後顧の憂いを断つ。この場で皆殺しだ。
だが、敵の”大将”……頭目である八咫幻斎とやらが、直接指揮を執っているとなれば、途端に話は変わってくる。敵の頭を征してしまえば、そこで終わる話だからだ。
(……大将、と申されても……他の者より”気”の強き御仁が、幾つかは……それでよろしければ)
鳴門の烏天狗は、果て無き荒行を生業とする一族だ。そう前に栄子は言っていた。
生命力の総量。多少の個体差はあっても、その限界値は種族毎に決まっている。その上限に近しい者こそが、指導者層であり、頭目の可能性がある。そう祈は乱暴に見当を付けた。
例えそれが完全に見当違いであったのだとしても、生命力の高い者は、その集団での”主力”である事に違いは無い筈だ。ならば、頭から潰す。その方針に些かの変更も無い。
(祈。上手い具合に頭目を確保できたら、なるだけ殺さないでくれ。奴らに教えてやらんといけない話があるんでな)
(……へ? どういう事??)
(そうね。でも、少しでも貴女の身が危険だと思ったのなら、躊躇わずに殺りなさい)
(う、うん。それは、解ってるけど……?)
俊明の言う”奴らに教えてやらんといけない話”がとても気になるが、烏天狗の集団はすぐそこまで迫っている。祈は思考を切り替えた。
◇◆◇
「狐と狸は、全て殺してしまって構わぬ。”器”さえ手に入ればそれで良いのだ!」
(態々貴方達の目的を、大声で叫んでくれてありがとう)
解らなかった烏天狗達の目的。それが漸く見えてきたのだ。
(”器”とは、きっと私の事だろう。あの”草”は栄子様、百合音ちんを拒絶した癖に、私を、私の身だけを求めた訳だし……)
そういう意味では、あの時の状況とほぼ同じだ。祈は手加減する必要を全く感じなくて済む事に感謝した。
(だったら、始めようか。こいつらに絶望の二文字を教えてやる……)
祈の強大な生命力がヘッドドレスに流れ、左右に彫られた美しき女神の口から、二つの異なる魔術の詠唱が始まった。
ヘッドドレスに込められた多重詠唱の機能によって、フル装備時の祈は全小節の完全詠唱魔術を、3つ同時に操れる。そこに掛かる生命力のコストは倍以上に跳ね上がるのだが、今の祈にはその程度誤差にもならない。
黒曜石の輝きを持つ女神達が放った拡大睡眠術と、拡大麻痺術は、今正に、海魔、弥勒達の幻に襲いかかろうとしている烏天狗の集団、その大半を効果範囲に収めた。あとは漏れた奴らを処理するだけだ。
「なっ?!」
集落の中に在って、日々の”荒行”を難なくこなし、特に霊力の高い豪の者達を厳選してきた。その筈だ。
だが、幻斎は目の前で起こってしまった”事実”を、どうしても飲み込めずにいた。
どの様な手段を用いたのか? それも解らぬまま、ほんの一瞬で、50名をも越す兵士が、ほぼ無力化させられたのだ。
「一体、何が、どうして……?」
脆弱な狐や狸共、その程度なら訳も無い。そう思っていた。
多少奴らの生命力が高くとも、日々の荒行で鍛えに鍛えたこの肉体があれば、赤子の手を捻る様なものだ。そう思っていた。
だが、実際は奴らに手が届く、その寸前で自慢の兵達が、何故か勝手にばたばたと地に倒れ墜ちたのだ。
理解が、全く追い付かかった。
「捕縛呪」
この場に似付かわしくない、凛とした少女の声が聞こえたその時には、幻斎とその左右に控えた衛士は全身を強烈に締め上げられ、身動きが取れなくなっていた。
「がっ、はっ……なんだ? なんだこれはぁぁ!?」
全身の骨という骨が急激に締め上げられ、関節達が苦痛に鳴いた。
呼吸ができるギリギリの締め付けは、意識を遠くにやって苦痛から逃げる事も許さず、ただ芋虫の如く地面で痛みに身をくねらせるだけしかできなかった。
「我が名は”尾噛”。陽帝国、魔導士部隊が頭、尾噛祈だ……貴様が、鳴門の頭目かや?」
手足を縛られ、地面に這いつくばったままの姿勢では、相手の顔も見ることすらできぬ。幻斎は、痛みを堪え何とか顔を声のする方向へと向ける。
「いっ、如何に、もっ……貴様、一体どういうつもりっ、だっ?」
幻斎の眼に映ったのは、不気味に光る異形の鎧を纏った童女だった。
だが、その全身から放たれる霊圧に、幻斎は底知れぬ恐怖を覚えた。
だから、大声で咆えた。
虚勢でも、正気を保つ為には、大声を張り上げるしかない。そうせねば、童女の霊圧を浴びた恐怖、それだけで気が狂いそうだったからだ。
「どういうつもりか、だって? それこそ、我が貴様に問うべき言葉だろ。そうは思わないか?」
この日の夜、烏天狗の頭目、八咫幻斎は、帝国の”尾噛祈”と名乗る童女の手によって、この世に生まれ出でた事を激しく後悔する羽目となる。
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