第22話 正直に話そう
ちょっと足りない文章を追加してみました。
その日祈は、望を夕食に招待した。
尾噛家当主襲名から、すでに一月以上経ってしまって今更とも言えるが、「襲名祝い」という名目での招待だ。
だが、望の当主という立場上、祈一人の手料理とはいかずに女房数名の手伝いと、毒味役が側にいる異様な状態ではあったのだが、それでも久しぶりの兄妹の二人の時間となる。
望がこの時産まれてはじめて、祈と夕食を共にすることになったのは、ある意味で皮肉であったかも知れない。
祈は賊が侵入してきたあの日の夜の出来事を、正直に全部話すつもりでこの席を設けたのだ。
食事の片付けを終え、側付きの家来を全て退出させて(かなり渋られたのだが)、しばしの水入らずの一時を、二人は沈黙で過ごした。
(あの日の誤解を解きたい…)
その事を考えるだけで、頚を思いっきり締めて、その人生の幕を自らの手でついつい降ろしたくなってしまう程の、激しい羞恥心が蘇ってくるのだ。
こちとら嫁入り前の乙女なんだ。UNCHI漏らした疑惑だけは、絶対に晴らさないと死んでも死にきれないという意地がある。だがそれを自分から切り出すには、かなりの覚悟が必要で……
これが、中々切り出せないでいたのだ。
(『殺す覚悟』、『死ぬ覚悟』なんかより、こっちの方がよっぽどキツい気がするんだけどー!)
一方、望の方はというと……
(ずっと忙しさにかまけて、全然会いに行く時間作れなかったもんな。そういえば、祈の顔を見るのも一月ぶりなんだ……ああ、そんなつもりなんか全然無かったのに、父上のあの言葉のせいで、妙に意識してしまう……)
そんな妹の、乙女の矜持と命をかけた葛藤なぞつゆ知らず、望が一人で勝手に舞い上がっているのを一体誰が責められようか。
結局このまま、二人の沈黙は一刻以上も続く事になる。
「おい。いい加減切り出さないと、何も話進まねぇぞ?」
痺れを切らした守護霊が、祈の後頭部に軽くチョップを入れて促した。
(ああ、ごめん。そうだね、そうだよね……)
嫁入り前の乙女、とうとう覚悟を決めて切り出す事にした。
(まず、何から話すべきか……)
その為には、まず祈の『家族』……三人の守護霊の事から説明する必要があるのではと、祈は考えた。
「あのね、兄様……見てて。この人達が、私の『家族』。三人の導き手、私の守護霊なの」
祈が虚空に向けて呼びかけると、望の目の前に3つの光の珠が現れた。
その金色に輝く、光の珠達の明滅する姿を見ているだけで、望はそれらが自身より遙かに強大な強い意志と権能を持っている事を、本能的に感じ取っていた。
祈が手をかざし、力を込める様に前に突き出すと、光の珠達は輪郭を崩し徐々に人の姿へと形を変えていく。
「おう、初めまして……だな。俺は天地 俊明。コンゴトモヨロシク」
一人は、額の後退が著しく、頭頂部を含む毛髪に、少しだけ寂しさを感じる中年であった。
野暮ったい黒縁眼鏡に、何処を切り取っても”平凡”としか表現できない顔は、所謂どこにでもいる、くたびれたおっさんという印象だった。その”平凡”を大きく裏切る、光沢のある上質な素材で作られたであろう白の上下スーツ姿のギャップが、視覚的衝撃をもたらしていた。
「この姿ではお初にお目にかかる。拙者、荒木場 武蔵と申す。あの夜の出来事は、全て拙者の仕業でござれば。祈殿には、なにとぞご容赦のほど、お願い申し上げる」
もう一人は、鷲鼻で眼光が鋭く、表情に険のある青年であった。
着物も袴も黒一色。束ねる事なく伸ばし放題のボサボサの髪と、無精髭。ただ悠然と腕を組んで立っているだけなのに、まるで付け入る隙が見いだせない。その異様な出で立ちは、何故か死を連想せずにはいられない、酷薄な不気味さを漂わせていた。
「大魔導士マグナリア。イノリちゃんはあたしのものよ!」
最後の一人は女性だった。大きく開いた背中と、左側に腰部まで切れ込みが入った、妖艶な漆黒のドレス姿。緩やかなウェーブがかかった真っ赤な髪は、上部に堆く盛られていた。所謂盛り髪…”メガ盛り”である。
その深紅の髪からひょっこりと覗く小さな2本の角が、女が純粋な人間種ではない事を伝えていた。そして視線を少し下げると、まさに”おっぱい”としか表現できない、豊かすぎる見事な胸が、いやがおうにも視界に飛び込んでくる。
(やっぱり、かあさまと違って、とっしー達を現界させるのって、わりとキツい……)
祈の異能は、あらゆる霊魂を知覚し、意思疎通し、見て、触って、更には仮初めの肉体を与え現界すらさせるというものである。その現界に必要な霊力(=生命力)は、対象魂魄の霊格が高ければ高いほど多くなる。
俊明達三人の霊格は、神格を得る一歩手前……人の持つ魂としては、ほぼ最上位に位置する。その為、3人も同時に現界させた祈の消耗は、かなりのものになっていた。
(無理すんなー? その気になれば、俺達は自分の力だけでも、人に姿を見せる程度ならできんだからよ)
(空気を感じる。匂いを感じる。そして、重さを感じる……まさか、仮初めの肉体まで創り出したのでござるか?)
(んもぅ、ダメよー? いくらお兄さんの前だからって、張り切っちゃ…)
(えへへ、大丈夫だよ。皆と……兄様と一緒にお茶したかったんだ。夢が叶っちゃった)
「貴方たちが、そうですか……初めまして。祈の兄、尾噛の望と申します。祈がいつもお世話になっております」
自身の常識を大きく逸脱した出来事に、一瞬呆気にとらわれた望だが、姿勢を正して三人の妹の守護霊に対し、深々と頭を垂れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
湯飲みから立ち上る緑茶の香気と湯気に顎を湿らせながら、祈は淡々とあの日にあった出来事を語り始めた。
「この人達は私の守護霊でね、生前は凄い達人だったんだって。でね、私は小さい頃から皆に、色々教えて貰ってたの。私は、そんな達人の教えを受けてて、多分ね、調子に乗ってたんだと思う。あの日、泥棒が入ったって知った時、一人で全員捕まえてやるんだって、何も考えずに飛び出していったの」
その中で、自分の力の過信と万能感による油断があったから、次々と単純な失敗を繰り返した。
その結果が、守護霊の一人からの、落第の判定。
肉体の支配を強制的に奪われ、人を殺すという経験をした……
「色々あってその後、拙者の手で全てに片を付けたのでござる。実はあの時、望殿に答えたのは、祈殿ではなく拙者でござったので」
望には、それがどういう理屈なのか、さっぱり解らなかったが、祈の身体を使って、この真っ黒な侍が賊を全てあしらったのだという、その事実だけは理解できた。
「ああ、だから”娘の姿をしたバケモノ”って賊が言ってたんですか……どう考えても、賊が言うバケモノと祈が、僕の中では全然結びつかなくて……」
ようやく望は得心がいった。
「すまん。俺達が付いていながら、祈を危険な目に遭わせちまった。武蔵さんがあの時出てこなかったら、祈はあそこで死んでいてもおかしくなかったんだ……」
「いいえ、今こうして無事でいるのですから、そんな頭を下げないでください」
自分より遙かに歳上の人間から、深々と頭を下げられるなんて思わなかった望は、逆に恐縮してしまう。
「別に頭なんか下げる必要無いわよ。元々、この脳筋侍のマッチポンプじゃないの」
「……やっぱり、これ拙者、一生言われるんで?」
「自業自得よ」
じゃれつく守護霊二人を無視する様に、祈は意を決して告げる。
「でね、ずっと兄様に黙ってた事を謝らなきゃいけないの……あのね、証の太刀の事、なんだけどね…」
ゆっくりと息を吸い、吐く。
「兄様、私の事、嫌いにならないでね?」
「まさか! 僕が祈の事を、嫌いになる訳は絶対に無いからねっ?!」
祈が着物の裾を少しめくり、隠していた尾を伸ばし、望の目の前に尾の先を向けた。
「あのね、兄様……これ……見て」
望の目の前に向けられた”尾”は、人間種の身体にも、竜鱗人の身体にも、絶対に持ち得ない器官だった。
「尾おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ?!」
静かな静かな冬の夜空。
小さな離れに、尾噛家当主の絶叫が響いた。
誤字脱字あったらごめんなさい




