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第218話 天狗の集落



「……待てっ! 待ってくれっ!!」


ただの幼女だと、心の何処かで侮っていた。


招かれざる客共は、気付く事無く、簡単に我らに包囲を許した。所詮その程度の奴等なのだと侮っていた。自惚れていた。


(だが、実際はどうだ? この尋常ならざる殺気はっ!?)


鳥面人達は、自らの傲慢が招いた失態に激しく後悔をする事となった。


狐や狸共なんぞ無視して、白髪の幼女だけを拉致してしまえば良い。我らならば、その程度の”仕事”、しくじる訳も無い。そう考えていた。


だから、狐共の頭目の要請に嘲笑をもって応え、自らの”戦力”を誇示する様に威圧してみせた。それだけで相手の戦意を挫く事ができるだろう……と。


だが、それは絶対に適わぬ、ただの願望でしかなかった。


白髪の幼女から放たれる必殺の気を浴びただけで、幾人か心が折れてしまったようだ。得物を持ったまま、力無く膝から崩れ落ちる様子が見て取れた。


ギリギリで耐えはしたが、隊を預かる自分ですら、何時まで保つのやら正直怪しい。圧力だけで心臓が止まってしまうかの様な錯覚に、どうしようもない全身の震えが、全然抑えられないのだ。


技量の差……なんて、そんな安易な言葉で済む様な話などではない。


”勝負”なんて、言葉に出すのも烏滸がましい。


瞬きする間も無く、こちらの全員が無残に屍を晒すだけ。


そんな絶望感に、鳥面人達は心の臓を鷲掴みにされてしまっていたのだ。


「礼儀を知らぬ愚か者の言葉なんか聞かないよ」


口の中が干上がりカラカラになった喉で、どうにか彼女達が思い留まる様に掠れた声を絞り出してはみるが、白髪の幼女の返答は、短く、そして一切の容赦が無かった。


「……申し訳ござらぬ。我らの無礼、どうか、どうかご容赦願いたいっ!」


このままでは、ただの犬死ににしかならない。鳥面人は嘴が地面に刺さるのも厭わず、祈に向かって這いつくばり声を挙げるしかできなかった。


ただ死ぬだけならば、それでも全然構わない。所詮、我らは使い捨ての”草”なのだから。


だが、今回ばかりは話が違う。


”目標”を里に連れて行かねばならぬというのに、彼女達を敵対させるに至った自らの”傲慢”が招いたこの非常事態を、自らの命を持ってでも収拾せねば死ぬに死ねないのだ。


(狐共の頭目の言葉にただ頷き、彼女達の同行を願うだけで全てが叶ったというのに。何故あそこで……)


後悔しても、もう遅い。


こうなったら、”目標”の怒りが鎮まるまで、ひたすら頭を下げ続けるしか、方法はもう残されていない。鳥面人は、何度も何度も頭を下げた。


「……勝てないからって、今度は命乞いか? 彼我の戦力差を見極める眼、そこは褒めてやっても良い。でも、少しばかり遅過ぎた……そうは思わないか?」


「貴女様がお望みとあらば、わたしの首なぞ何時でも差し上げまする。まことに手前勝手ではございましょうが、この場はどうか、どうか、矛を収めて戴きたく存じます」


自らの首一つで収まるのならば、これ以上安い話は無い。


冷静になって考えてみれば、”目標”は一族長年の悲願を成就し得る”大器”なのだ。そもそもの霊気の質が違う。量が違う。どう足掻いても勝てる道理は無い。その事に漸く思い至り、鳥面人はぶるりと全身を震わせた。


「ふん。下郎如きの穢らわしい首なぞ要らぬわ、たわけが。それよりもお前、まず頭を下げる人間を間違ってる……そうは思わない?」


祈が腹を立てたのは、栄子(えいこ)の声を、鳴門衆(なるとしゅう)の者達が、殊更に礼を無視するが如く蔑ろにした点だ。


元々鳴門衆との対話に否定的で気が進まなかった事もあり、無礼で返してきた彼らを、これ幸いとばかりに祈はばっさりと切り捨てた。


そうしたら、何故か彼らは武器を向けて祈達を脅してきたのだから、祈は”尾噛”の教えの通りその身を護る為、直ぐさま(みなごろし)を選択しただけの話であり、全てはそんな彼らの非道に冷静に対応したに過ぎない。


自らの行いを省みて、戦いを回避したい。そういうのであれば、当然、鳴門衆達の方から頭を下げて然るべきだ。


そして、まず真っ先に彼らが詫びを入れねばならぬ相手は、海魔衆(かいましゅう)筆頭、八尋(やひろ)栄子その人に対してであるべきだ。


この事に全く気付かぬ様では、やはり鏖殺の選択しかあり得ない。祈は言外にそう示してみせたのだ。


「……っは?! 海魔の、済まぬ。我らが悪かった。どうか、我らの無礼、許して欲しい」


「……お前、まだ自分の方が、上だと思ってるだろ?」


「ひっ?! 栄子様、申し訳ござりませぬっ! 我らの非礼、どうか、どうか平に、ご容赦願い奉るっ」


祈の極寒の冷気を伴った追求の声に、漆黒の羽毛に包まれ外見ではそれとは解らぬ顔面を、恐怖で青白く染め上げていた。


彼の言葉は、一族の頭目を相手にするそれとしては到底あり得ない程に、余りにも無礼が過ぎた。


鳴門衆が、海魔や弥勒(みろく)の者達を低く見ている。その事実が、その一点だけで簡単に透けて見えたのだ。


一族の力関係によっては、その扱いに多少の上下はあっても仕方が無いだろう。


だが、今まで一切の交流を断ってきた一族の、ただの一兵卒如きが、他の一族を束ねる長に対し、無礼な口をきくというのであれば、それは看過できぬ。祈は実力を持ってそれを解らせてやったのだ。


(一族の頭目同士なら、そんなでも構わないけどね……)


頭目同士の関係で言えば、栄子と百合音(ゆりね)の義姉妹の関係こそが理想だろう。互いに仲良く手を繋ぎ、引くべき所は引き、怒るべき所は怒る。多少喧嘩はあれど、それでも関係が壊れない。それが続けば、戦が起こり得る筈は無いのだ。


「う、うむ……では、幻斎(げんさい)殿に、お取り次ぎ願ってもよろしいか?」


「……はっ。我が命に代えましても……」


鳥面人は、栄子の請いにそうと応える事しかできなかった。


少しでも白髪の幼女の考えから逸れてしまえば、確実に命が無くなる。それは、一族の悲願が叶う日が、永遠に来なくなるのとも同義なのだ。決して間違う訳にはいかなかった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



鳴門衆の”集落”は、およそ人の住める環境とは、到底呼べるものではなかった。


木々を切り開いたであろう広場には、荒ら家と表現するべきか、東屋と言うべきか……


風雨を凌ぐ。その役目すら果たせぬ様な、余りにも粗雑で粗末な代物だった。


「……これは酷い」


「ここん人らは、どげんして生きとーったい?」


「コレどう見ても、屋根の意味全く無いネ」


琥珀(こはく)(そう)美龍(メイロン)の三人の言葉が、口には出せぬ皆の思いを代弁してみせた。ただ単に遠慮が無いだけとも言うが。


「……ははは。”生きる事全てが修行なり”。我ら鳴門の教えに従うと、こうなってしまうのですよ。風雨に晒され、在るがまま生きる。自然の力に耐えるのも、修行の内です」


案内する鳥面人は事も無げに言うが、これを”修行”と呼ぶのには、祈達の持つ常識では出来なかった。


風雨に身を晒すなぞ、ただ無為に身体を痛めつけるだけで、何の益も無い事を知っているからだ。


(確かに、極限状態に身を追い込む事で、見えてくるモノもある。だが、それも段階を踏まねばただの自傷行為だ……こいつら、馬鹿なのか?)


(ふむ。荒行が必要な場面も確かに有り申す。さて。この”行”より脱落した者は、どうなったのでござろう?)


(あたしマゾじゃないから、全然わかんなーい!)


(皆、ちょっと待って。あっちの方の建物は、比較的まともみたいだよ)


祈が指差す方向に並ぶ建物は、多少傷んではいるが雨風は何とか凌げる様な立派な造りをしていた。


一族の者全てがこの様な荒ら家で生活をしていては、体力の無い子供が無事に成長し生き残れる訳は無い。あちらの建物は、”行”に参加が許されぬ者達が住む場所なのだろう。そう勝手に思うしかなかった。


周囲をそれとなく見渡してみれば、些細ながらも畑が点在している様だ。修行一辺倒では、当然生きていける訳も無い。食糧の確保は、どの集落であっても必要なのだ。


「ああ、畑は我ら”草”の者達が持ち回りで行っておりまする。”修行”は、選ばれし民の義務であり、権利ですからな。あの方々のお手を、この様な些事で患わせてはいけませぬので……」


呟く様に、そう口にした鳥面人の表情は、どこか苦々しく絞り出す様な、黒いモノを吐き出す様にも見えた。本来ならば、(からす)のそれと同じ頭部を持つ彼らの表情なぞ、解る訳なぞないというのに。


「……ふぅん?」


これに関しては、あまり深く触れない方が良い。


それだけは、この場に居合わせた全員が理解できた。今回の栄子達の目的は、厭くまでも鳴門衆との”同盟”であり、彼ら一族が抱える問題に、関わるつもりは更々無いのだから。


(……祈。俺ら、ちょっと良いよな?)


(うん? どったの、とっしー?)


(我ら、ここらでチョイと散歩と洒落込むつもりでござる。文化の違う部族の集落。拙者だけでなく、俊明どのも興味をそそる様でございましてなっ!)


(……はぁ。あたしは行きたくないのだけれど。でも、引率と抑え役は、やっぱり必要でしょう?)


(海魔の集落に着いた時もそうだったけど、最近、ちょっと自由過ぎない?)


彼らの持つ技術の大半を修めた祈ならば、守護霊が少しばかり離れたとしても霊的の防御に問題は無い。だが、だからと言って、彼らを自由に遊ばせるのは話が違う。


(だって、お前さん、すでに俺らの手を離れちまったかんなぁ。最近、動く必要が全くないってーか……)


(左様。少々寂しくござるが、親という字は、”木の上に立って見る”……と書きますれば。ま、我らは遠くから見守るだけにござる)


(あたしとしては、もっともっと干渉しまくりたいのだけれど? ってゆーか、トシアキ。貴方こそ、必要の無い干渉が多すぎないかしら?)


(アーアーキコエナイ)


(ちょっ、あたしの話、聞きなさいよっ!)


(……と言う訳にござる。我ら少々席を外しますが、喚べばすぐに応えますので、悪しからず)


(あーもう。お夕飯までには帰ってきてよ?)


これでは、どっちが保護者なのか解らないじゃないか。祈は内心頭を抱えながらも、空へと舞い上がる彼らの後ろ姿を、ただ見送るしかできなかった。



◇◆◇



「さて。何か妙な気配がするから、祈の側から離れてみた訳だが」


「……なんと申すべきでござろうか。祈どのは、”持って”ますなぁ……」


「ホント。貧乏くじを引くってのも、充分に才能よね……」


”妙な気配”に誘われるかの様に、幾重にも重ねられた強固な結界の中を強引に突き進んでみると、三人の眼の前には、複雑な紋様の刻まれた魔法陣が現れた。


「……異界の門……勇者召喚陣か。しかも、()()()()()奴だ」


「何処までも祟りますなぁ、あの世界は……」


「貧乏神って、あの世界の管理官の事を指すのだと思うわ。絶対に……」


かつては、俊明を異世界へと拉致し、マグナリアの世代では、15万もの無辜の人間を強制的に”勇者”に仕立て上げるという、鬼畜の所業を行った”(ゲート)”に分類されし特殊魔法陣。それが、硬い岩盤に克明に描かれていたのだ。


「参ったな。これ、俺達が干渉……しなきゃ、やっぱり不味い……よな?」


「「……さぁ?」」



誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。

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