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第217話 天狗の返答



「……何と。それはまことか?」


物見の報告を聞き、八咫(やた)幻斎(げんさい)の顔色が変わった。


火急の仕儀とあれば、大事な修行の途中であったとしても、筆頭職である幻斎は、それに対応せねばならぬ。


人の修練とは、湯の様なものだ。


熱している間は暖かいが、火から少しでも離してしまえば、急速に冷める。また湯を同じ熱さにまで戻す為には、燃料も、時間も余計にかかるのだ。


此度の一件でもそうだ。日々の修練を、斯様な些事のせいで怠ってしまえば、幻斎の目指す”頂”までの果て無き道のりは、さらにさらに遠のいてしまうのだから。


(……下らぬ用事であらば、絶対に赦さぬ)


そんな幻斎の捻れた気性を、十二分に弁えている物見達ではあるのだが、此度に関しては、幻斎から直接の裁可を仰がねばならぬ程の、一大事であったのだ。


幻斎の問いに、物見は頷いた。


如何に一族の厳しい試験から脱落した身であるとはいえ、物見達は一定の技量を持っている。それこそ、他の国でなら優秀な”草”として召し抱えられる道すらもある程だ。絶対に間違う筈が無い。


「……そうか」


だが、その甲斐はあった。


一族の悲願が、もしかしたら近々成るやも知れないのだ。


「何としても、其奴を此処まで連てくるのだっ! 手段は問わぬっ! これは、八咫の積年の悲願なりっ!!」


そうだ。積年の悲願だ。


それが、自身の代で叶う。


幻斎は、全身に走る歓喜に震えた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「……ばってん、妙に気味が悪かね……」


森の中は鬱蒼として、日の光を遮り視界が悪かった。足りない水分と栄養を求めて木々が根を伸ばし、街道という名の獣道は、不安定なデコボコ道になっていた。


「祈さま、先程から……」


「うん。ずっと付いてきているね」


琥珀(こはく)の言葉に、祈は静かに頷いた。


森に入った祈達を、”監視”の眼が追跡していたのだ。


(相変わらず、敵意は無い様にござるが、数が……)


(……増えたねー。倍以上だ)


恐らくは八咫の物見達なのだろうが、当初の3人から、支配域に踏み込んだ今では、それが8人にまで増えていた。


20名以上もの集団が何の断りも無く領域に侵入したのだから、八咫のこの対応は当然の結果だとも言える。だが、向こう側が一方的に交流の一切を断ってきたのだから、仕方の無い話ではあるのだが。それでも、祈は申し訳無く感じていた。


「……取りあえずは様子見かなぁ。美龍(メイロン)なら大丈夫だとは思うけれど、一緒に(しず)を見ててくれる?」


横目にちらりと見た美龍は然程気負った様子が無かったが、背負われている静は完全に寝落ちしている。


気配の消し方からも、彼らはかなりの手練れの様だ。不測の事態にも備えておかねばならないだろう。


「畏まりました♡」


彼らがまだ仕掛けてこないのは、味方の増援が出揃うのを待っているのか、それともこちらの”戦力”を警戒しての事なのか……?


判断に迷う以上、少なくともこちらから動くのは、あまり得策とはいえないだろう。


(あたしなら、もう彼らに直接呼び掛けるのだけれど。『そこにいるのは解ってるわよ』って。で、出て来なかったら燃やすわ)


(それも考えたんだけど、栄子(えいこ)様や百合音(ゆりね)ちんがいるかんね。巻き込んじゃうのは、あんま良くないかなって……)


(てかお前、()る気だったのかよっ!? どうせ目的地に着けば、ここの頭と嫌でも面会すんだから、話をややこしくすんなよ?)


(だから、やってないじゃんか……)


やっぱり育ての娘は、同僚の悪い影響をモロに受けていた! その事に衝撃を受けた俊明は、がっくりと項垂れた。


(俊明どの。今更にござるよ……)


「祈、当然気付いとーよな?」


「うん。でも、白狼(はくろ)は気付いてないっぽいから、かなりの手練れだなぁ……蒼ちゃんも注意してね」


如何に人慣れしているとはいえ、百合音を乗せた白狼が物見の包囲に気付いた様子は無い。獣にすら気取らせないとは、それだけ彼らの技量が高い証左だといえる。


「蒼、チョットこっち来るネ」


「へいへい。今から行くばい」


静の方に顔を向けながら、美龍が蒼を手招きする。敵から真っ先に狙われるとしたら、恐らくは幼子を背負った美龍の筈だろう。攻撃を食らってやるつもりは美龍になくとも、もしもの事も考えねばならぬ。安全への備えは、少し過剰かなという位で丁度良い。


「蒼ちゃん、静の事よろしくね」


「へいへい。任せんしゃい」


蒼は軽く手を振りながら、美龍の後背に向かう。これで祈の方の憂いは、ほぼ無くなった。後は……


「栄子様、百合音ちん」


「……うん? どうなさった?」


同行する海魔(かいま)弥勒(みろく)の者達の備えだ。祈は現在の状況を、栄子達に説明した。


「様子見、しか無いじゃろうの。妾たちは、同盟を願い請う立場じゃ。こちらから仕掛ける訳にはいかぬの」


「……ダヨネー」


(このまま集落へ行かせてくれると、凄く助かるんだけど……)


(祈どの、どうやらその願いは叶わぬ様で。およそ30。かなりの速度で近付いてござる)


祈の願いも虚しく、事態は悪い方へと、急速に転がる様に向かっていた。八咫の増援が駆けつけてきたのだ。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「待てっ!」


殺意の威圧が、祈達に向けられた。


「此処は我らが”鳴門衆(なるとしゅう)”の支配せし領域。貴様ら、それを知っての侵入であろうや?」


鳴門衆の大半は、烏の特色を色濃く持つ”鳥人”だ。


”鳥面人”。鳴門衆の者は、頭部が烏のソレであるのだ。


(天狗は天狗でも、烏天狗の方かよっ!)


俊明は顔いっぱいに渋面を作った。


俊明の呪術の師が、この”妖魔”であったのだ。修行に明け暮れた地獄の日々が脳内に鮮明に思い出されて、胃から酸っぱいモノが込み上げてくる様な、どうしようもない不快感に苛まれていた。


鳥面人の鋭く尖る嘴から流れ出る誰何の言葉は、全く違和感無く祈達の耳に届いた。


「其方らの土地に無断に踏み行った無礼は謝ろう。我は海魔衆筆頭、八尋(やひろ)なり。其方らの頭、幻斎殿にお目通り(こいねが)うなり」


身構える祈達を庇う様に栄子は前に進み、未だ隠れたままでいるであろう全ての八咫の者達に聞こえる様に、大きく声を挙げた。


「……ほう。その尾は確かに、海魔の者らしいな」


「であろ? ならば……」


「だが、我らは海魔に用なぞ無い。()()せよ。なれば命まではとらぬ」


「ぬうっ……」


栄子の嘆願は、烏天狗に届く事は無かった。その無慈悲な返答に、栄子は虚しく唸るだけであった。


「……こうなったらもう仕方がないよね。帰ろっか」


「いや、祈どの。しかし……」


三部族の同盟。その策を未だ諦めきれずにいる栄子の返答を待たずに、直ぐさま祈は踵を返した。向こうの言い分も解らないでもないし、彼らの合力が得られぬとも、最初から無いものだと思えば、それはそれでも構わないからだ。


「待て。我らは海魔如きに用は無い。だが、娘よ。其方は違う。我らは其方に用がある」


「は? 栄子さまの願いを拒んだ時点で、私は貴方達に用などありません。すぐ引き上げますので、どうぞ今まで通り、暮らして下さいませ」


無礼な奴と話す口は無い。


彼らに面を向ける事なく、来た道を引き返しながらの祈の返答は痛烈だった。


何故鳥面人が祈に用事があるのか?


それは解らなかったが、こちらの願いを断った以上、彼らの求めに応じてやる義理は、これっぽっちも無いのだ。


「待てと言っているっ!」


思い通りに動かぬ娘の態度に、鳥面人は声を荒げると同時に、隠れていた鳥面人達が一斉に木から飛び降り、祈達を囲う様に立つと、それぞれに武器を構えた。


「……貴様らに用事は無い。そう言っている」


祈の声に、怒りが混じる。


「こちらに武器を向けた時点で、命の遣り取りを選択したと見なす。つまりは、(いくさ)だ」


祈は腰に帯びた二振りの小刀を抜き、琥珀が拳を握り、蒼が懐から手裏剣を取り出した。敵に包囲され戦闘態勢を整える三人の姿を見、漸く護衛の兵達は慌てた様に武器を構えた。


「ぬっ……くそっ!」


あっさりと命の遣り取りに移行する娘の性根に恐れ戦きながらも、鳥面人達は引くに引けなくなってしまった。


互いに得物を抜いてしまった以上、ここより先は、娘の言う通り”戦”だ。


最初に、祈達に声を掛けた鳥面人は、厳つい幻斎の顔を思い浮かべていた。


(……どうしてこうなった?)


鳥面人は、後悔していた。


誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。

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