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第212話 脳筋共の頭脳戦



冬に入ってから、急に奇妙な情報ばかりが耳に届く。


土佐衆(とさしゅう)筆頭、明神(あけがみ)晴信(はるのぶ)は首を捻った。


列島に住まう人類にとって主食である米が育ちにくいこの不毛の土地では、粟、稗、麦等の雑穀に頼る他は無い。だが、それらも、ちょっとした神の気まぐれによって収穫量が大幅に変わってしまう。


生きる事は、何とかギリギリでできてはいるが、常に飢饉の影に怯え日々を暮らしていくのには、精神を削り続ける。


それだけならばまだ良いが、西には”蜥蜴”共が。そして北には”伊予の熊”という明確な”敵”が存在している。


奴等に言葉は一切通じない。


蜥蜴共は、文字通り。


熊共は、自身が上位者だと信じて疑わない為なのか、殊更こちらと言葉を重ねる意味を否定する。


ただ、ふらりと現れては蹂躙し、暴虐の限りを尽くすのみだ。


雨の降らぬ曇天を睨み、ひび割れ痩せた大地を憎む。自然を相手にするだけでも骨が折れるというのに、ご近所に”敵”まで抱えている。土佐衆にとって、正にこの死国(しこく)の地は、地獄だ。


その地獄を生き抜くには、どうするか? 熊の様な優れた肉体は無い、狐の様な技術力も無い、狸の様な豊かな土地も無い。天狗の様な呪力すらも無い。肉体や環境に頼れぬならば、持って生まれた頭脳に頼るしか無い。


”狐共”、”狸共”との同盟も、晴信は一時考えはしたが、ご先祖様が彼らにした仕打ちを未だ根に持たれているのか、一顧だにされる事はなかった。


彼らにも余裕は無いのだと言われれば、多分その通りであろうし、尤も、今も彼らの集落の中に”草”を紛れさせては様々な工作を続けているのだから、強く言える訳もないのだが。


土佐に住まう民を守る為ならば、晴信は何でもやるつもりだった。それこそ、全てを欺いてでも、全てと戦ってでも。


戦略を練る為には、情報は不可欠だ。


なのに、その情報が、到底耳を疑うものばかりなのだ。


曰く、海魔(かいま)飛竜(ワイバーン)がただ一人の少女の手によって壊滅したと。


曰く、海魔は本島に在る”陽帝国”に屈し、その下に付いたと。


曰く、その帝国は、海魔の集落に死国攻略の拠点を築き、多数の兵を配置()いたと。


曰く、弥勒(みろく)に在る草は、一人(わたし)を除き、全て発見、処刑されてしまった。帝国の代表者は、土佐衆を”敵対者”と認定したと。


狐共の操る飛竜に対抗するには、恐らく熊共でも苦しいはずだ。


だのに、それをたった一人の少女が壊滅させたのだという。法螺話にしても、突拍子が無さ過ぎてつまらぬ話だ。


その少女は”陽帝国”を名乗り、狐共を忽ちに屈服させたのだという。作り話にしても出来過ぎだ。話にもならぬ。


だが、その帝国とやらの兵が狐共の集落に多数姿を現し、瞬く間に集落を囲う様に深い堀と土壁を築いたのだという。まだ発見されてはいないが、彼らの監視の眼をかい潜ってのこれ以上の工作は、不可能だとの報もある。


弥勒の草に出した指令は、指定の場所に誰も到着できなかった。恐らくは作戦行動時に、全てが露見したのだと見て間違い無いだろう。


手詰まりを感じたからと言って、少々強引な手段を用いてしまった事を晴信は後悔した。これで対弥勒の戦略は、ほぼふりだしに戻……いや、完全に失敗したのだ。


「……参った。わしゃ無駄に、敵を増やしてしもうたようや」


飛竜を壊滅させる力を持った者達が、死国の地に乗り込んできた。


その事実一つ取っただけでも脅威だというのに、それがこちらを敵対者と認定して牙を剥くというのだ。心穏やかでいられる筈も無い。


「……こいつ等、熊共と噛み合うてくれんやろうがか?」


味方にできぬのならば、敵の敵として動かせないか……?


あまりにこちらに都合の良すぎる考え方でがあるのだが、晴信は必死だった。双方相食(あいは)んで、どちらかが弱体化してくれれば良し、両方傷つけば尚良しだ。


冬の間の農閑期にしか、生き残り遊戯(ゲーム)はできぬ。春になる前に、土佐を巡るこの劣悪な環境を、少しでも良くしたい。


「利己的や言われれば、そまさしくの通りじゃ。わしゃ、土佐に生くる民さえ護れりゃ、それでええがやき」


雑穀を発酵させた粗末な酒を口に含み、晴信は一人思考の海に漕ぎ出した。こうして、考える時間だけは沢山あるのだから。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「……どうやら、俺は敵を過大評価してた臭いなぁ」


牙狼(がろ)(くろがね)は、報告書に目を通しながら頭を掻いた。


「あん? どうしたんだ?」


頭から布団を被ったまま、つまらなそうにちびちびと酒を呑んでいた鋼が、真面目に仕事をする弟の反応に少しだけ興味を持った。


平時の司令官ほど暇な職は無い。そう鋼は思っている。


実際、面倒な事務仕事を弟に押し付けてしまえば、後は酒を呑むか寝るくらいしか、此処ではやる事が無いのだ。


「はぁ、ちったぁ働いてくれよ兄者。兵達の訓練をやるだけでも違うんだぜぇ?」


決済印を捺す仕事すらもやらない責任者って、存在の必要があるのだろうか? 鉄の溜息の種は尽きない。


「つか、お前ぇが言ったンじゃねーかよ。『兄者は呑んでるだけで良い様にしてやっから』ってよぉ。俺はそれを忠実に守ってるだけだぜ?」


鉄は言った。確かにそう言った。


だが、厭くまでも()()は、文字通りの意味では、決してない。軍が軍本来の存在として動く必要の無い様に環境を整えてやる。そういう意味の言葉だ。だが、目の前の呑兵衛は文字通りの意味で捉えやがっていたという事実に、弟は激しい頭痛を覚える羽目になった。


「……ああ、本当に酒が絡むと兄者は……」


どこまでもポンコツになりやがる。


その言葉をどうにか飲み込んで、鉄は真っ白な紙を呑兵衛の前に広げ、さらさらと筆を走らせた。


「魔導士部隊に要請して、こう、海魔の集落を堀と土壁で囲った。防御面だけで言えば、早々入ってはこれないくらいのな」


鉄は淡々と筆を走らせ、集落の現状を書き連ねた。通常は自堕落の呑兵衛でも、戦の話になれば直ぐ様に頭が切り替わった鋼は”砦”と化した集落の防御力に唸った。


「ほう。これを攻めるとなりゃ、もう海側からしかねぇな」


幅が広く深い堀の先には、高い土の壁がある。その高低差だけで言えば、正面から攻めるのは早々容易ではない。


”いざ敵が攻め入ってきたとしても、諦めざるを得ない”。そんな陣容を整える事こそが、鉄の戦略だからだ。


「そそそそ。海魔相手に、海で戦いを挑むなんてなぁ、そんな馬鹿な奴はいないだろ?」


(昨年それで散々痛いメを見た馬鹿な人間が、テメーの真正面に居る訳だが……)


頷きもできずに、鋼は珍妙な顔を貼り付けたままぐいっと湯飲みを傾けた。


「ん、一応街道とかは開けてあるんだろ?」


「そらぁな。防御を完璧にしちまったら、誰も攻めてこねぇかんなぁ……それでもこちらは良いんだが」


敵が全然攻めてこないというなら、その間こちらはぬくぬくと力を付けてやれば良い。冬より春の方が動き易いに決まっているのだから。


それに、時間を掛ければ掛ける程、こちらの”最強の駒”を動かす余地が増えるのだ。今は弥勒の地に在る最強の駒……尾噛祈が。


「一応、あちらの”草”にゃ、今ンところ事実だけを流してやってる。虚報を混ぜても良い事無さそうだしな」


その”事実”こそがあまりにも現実離れし過ぎていて、到底信用に値する報ではない所が問題なのだが、鉄はそれをあえて無視した。


「信じるも信じないも、結局は”事実”だからなぁ……」


その事実に振り回されてくれるだけでめっけモンだし、慎重になってくれれば、それだけ時間稼ぎになる。


向こうの将が、少しでも頭の切れる奴ならば、威力偵察くらいはしてくるだろう。そう鉄は予測していたのだが……


「まさか、なぁんもして来ないってなぁ……」


牙狼達がこの地に足を踏み入れてから、一ヶ月近くになる。集落に潜む草共の情報を得て、そろそろ何かしらの反応があって然るべきだと考えていた鉄は、完全に肩すかしを喰らった様な格好だ。


「ま、チョイとここらで、こちらの力を示す必要があるか……?」


頭から被っていた布団を脱ぎ、鋼は自身の具足を取りだした。


「やンのか? 兄者」


「流石に魚ばかりはもう飽きちまったからな。尾噛の嬢ちゃんほどは上手くいかねぇだろうが、肉でも獲って来るとすらぁ」


引き篭もりは俺の性に合わないからな。


そう言いながら、ついさっきまで布団を頭から被って引き篭もっていた筈の呑兵衛が立ち上がったのだった。



誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。

評価、ブクマいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。

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