第21話 こんな毎日が、ずっと続くのかなぁ
報告書を読んで、望は深い溜息をついた。
収蔵されていたいくつかの宝が紛失したが、元々今まで蔵の中でホコリを被っていた使われる事の無いものだったのだから、見つからないのは仕方ないと諦めがつく。
全くお咎め無し。という訳にもいかないのだろうが、蔵の警備をしていた者は賊に殺されてしまいもうこの世にはいない。ならばこれ以上追求する必要はないと、望は考えていた。
未だ行方知れずで問題なのは、証の太刀だ。
尾噛の家の象徴であり、権力の証でもある。そしてなにより初代駆流の手による竜殺しの英雄譚。その証明があの太刀なのだ。
これが出てこないとなると、家を継いだばかりで実績の無い望は、尾噛家当主としての証をも失ってしまったかの様な、奇妙な錯覚を覚えるのだ。
『だが、お前はもう尾噛なのだ。太刀の事は忘れろ』
父の言葉を思い出す。
どういう理屈かは解らないが、あの時、証の太刀に主とは認めて貰えなかった。それだけは確信できた。
見つからないなら仕方なし。
……等と割り切ってしまえれば、どれだけ楽になれるだろうか……
賊の生き残り二人の尋問を続けているが、有力な情報は一切得られていない。このまま処刑もやむなしという声も、家の者から上がってきている。
さらに、それだけにかかりきり、という訳にもいかなかった。
その他、春までに完了させねばならぬ治水工事や、垰の出征に付いていった分の兵やその装備の補充計画やら……本当にやることが満載だった。
緑茶を啜り、何とは無しに天井を見上げる。
「なんだか、想像していたものと全然違うなぁ……」
尾噛の家を継ぐ。
それが望の人生において、スタートラインであり、またゴールでもあった。
しかし、子供の頃から憧れ、思い描いていたものとは全然違う地味な日々に、少しだけの不満と、言い様の無い不安があった。
「こんな毎日が、ずっと続くのかなぁ」
干し柿をひと囓り、また緑茶を啜る。
事務仕事で酷く疲れた脳に、甘味がとても染みた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「イノリ。魔術の基本は、もう大丈夫よね?」
祈はこくりと頷いた。
「魔術師同士の戦いは、地に満ちるマナを、どれだけ自身の支配下に治められるかでほぼ決まるわ。言い換えれば、魔法を撃つ前に、勝負はすでに付いているの」
マグナリアが両手を広げると、周囲の大地から、草木から、大気から……あらゆる物質、生命から光の粒があふれだし、マグナリアの前に急速に集まっていった。
「戦闘区域内のマナの支配率が、そのまま魔術師の戦力差になる。今日の訓練は、その”負け戦”……マナの支配率0の状態からの挽回よ。相手の支配したマナを、強引にでも奪い取りなさい。マナの支配ができなかった魔術師は、魔法の使えない、ただの木偶よ」
祈は精神を集中し、マグナリアの前に収束したマナの塊を、自身の魔力の腕でつかみ取る様にイメージをする。
「そう。もっと強く、もっと大きくイメージなさい。魔力の強さとは、精神の強さ、欲望の強さよ。より我の強い者が、マナの獲得戦に勝利するわ。強く望みなさい。強く求めなさい。相手をねじ伏せる為の力は、貴女のすぐ目の前に在るのよ」
魔力を集中した祈の眼には、マナの塊をがっちりと掴んで離さない魔力の腕が、無数に見えた。
その腕を掴み、押しのけ、時に叩き、払いのける。
「敵の魔力の腕だけに集中してはダメ。マナを強く求めなさい。マナは、より力の強い者に従うわ」
(マナよ、私の元へ来い!)
魔力の腕を強引に引き千切りながら、言われるがまま、祈はマナを強く求めた。
マグナリアの胸の辺りに収束していたマナの塊が、祈の求めに応じて、少しずつではあるが光の粒となって祈の元へ向かう。
(来い! 来い! 来い!!)
「良いわ。そこで集中を解いちゃダメよ。もっと強く、もっともっと強く望みなさい!」
「マナよっ、私の元へ! 来い!!」
祈の求めに応じたマナが、マグナリアの支配下から抜けだし、祈の目の前に光の玉となって収束する。
「……合格よ。このあたしから半分近くも持っていくなんてねぇ。並の術者相手なら、素寒貧にできるわっ」
「ふぐっ」
マグナリアは祈に駆け寄ると、そのまま強く抱きしめた。その豊かすぎる胸が、丁度祈の顔の位置に来る為に、祈は途端に息が出来なくなる。
(ヤバい。これ本当に、死ぬっ……)
祈はマグナリアの背中を、何度も何度もタップして、苦しいとアピールを繰り返す。
「おい、そこまでだ。祈が死んじまう」
俊明が強引にマグナリアを引き剥がした。
「ちぇー……」
祈が必死にもがいていた時に、胸に当たる感触が気持ち良かったのか。本当に名残惜しそうに、そして残念そうにマグナリアは呟いた。
「ちぇー。ではござらん。次は拙者の授業なのに、ここで祈殿に死なれてしもうては困り果て申す」
「とし、ありがとー、本当に死ぬかと思った」
求めていた酸素を、胸一杯に吸い込んで、吐く。
ようやく生きている実感が沸き、地面にへたり込んだ祈は、命の恩人……恩霊? に礼を述べた。
「どういたしまして。つーか、守護霊が本来守るべき人間を窒息死させるなんて、あっちゃなんねぇ事だからなぁ」
「そもそも霊に触れる事など出来ぬのが普通で、祈殿が特殊過ぎるのでござる」
「こうして当たり前の様に世界に干渉できているのも、イノリの異能のお陰だしね……考えてみたら、おかしな話よね。守護霊であるあたし達が、こうやってほぼ生前と変わらない生活ができるだなんて」
死した魂を、生前と変わらない姿で現界させる事ができる祈の異能は、守護霊達にも当然ながら作用していた。
さすがに受肉するまでには至らなかったが、自身の霊力を使わずとも、周囲の物を掴んでみせたり、マナを集めての魔術行使もできた。
「お陰で拙者、”能なし物理脳筋”の汚名返上でござるよ。誠に有り難い事で」
「脳筋なのは、変わらないけどナー」
「それはお互い様にござろうて」
「ああ、嫌だ嫌だ。何でも力尽くの脳筋達はあっち行ってなさいな。あたしたち頭脳派には関係無い話よねー、イノリちゃーん?」
「「だから、お前にだけは言われたくねぇーよ(でござ)」」
誤字脱字あったらごめんなさい。




