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第208話 弥勒の里




「寒、寒、寒……」


あまりの寒さに、ガチガチと歯の根が合わなくなった主の姿を横目に、(ヤン)美龍(メイロン)は溜息を吐き、これ以上の尋問を断念した。


所詮は失敗したら死ぬ前提の鉄砲玉だ。自身の本来の所属と、今回の作戦行動等の、部外者である祈達にすら最初から推察できていた程度の情報しか、彼らは有していなかったのだ。


「ガチガチガチ…だ、から、やる必要、あ、あったの、かな……って……ガチガチ……」


汗ばむ程に動いた後は、身体が冷えてくるのは当然の事だ。たき火の前で震える祈は歯の根が合わないまま、批判めいた声をあげた。(しず)は祈の背中に抱きついて、少しでも寒さに震える母を温めようと頑張っている。


「ま、まぁ……それでも、一応の確認にはなりましたので……それに、弥勒(みろく)には、まだこの者達の他に土佐(とさ)の草が潜伏している事をしっかりと確認できたのは、大きな収穫ではないかと」


海魔の里(あそこしゃい)にも、同じ様な奴らが沢山(よかぱい)おるって事やけどな……」


「……現状を理解しおるつもりであったが、こうも事実として突きつけられると、あまり良い気のするものではないのだな……」


琥珀(こはく)(そう)から指摘された事柄は、そのまま栄子(えいこ)の胸に深く突き刺さる現状の”棘”となった。”身中に虫が居る”と言われて、心穏やかでいられる訳が無い。例えそれが、現状を把握していた事であったとしても、改めて他人からそうだと指摘されては不快に思うのも仕方が無いだろう。


「ガチガチ……()()については、私にも、報告が上がっております。一応の策はございますので、それは後ほど……」


火のお陰で多少は身体が暖まってきたのか、祈の言葉もはっきりとしてきた。それでも、生来の冷え性持ちには、周囲の環境は地獄も同然だ。体温の高い愛娘の身体を抱きかかえて漸くの祈は、早く弥勒の里へ赴きたかった。白湯でも構わないから、暖かい物が欲しい。何より、熱い風呂があればもう言う事は無い。


「このままでは、夕刻までに里に到着するのも難しくなるかと。急ぎましょう」


祈の調子を見てか、親方の一人がそう提案した。鬱蒼とした山の中では、空を仰ぐこともできず時の経過は良く解らない。気が付けば夜の帳が降りていたという事態にもなりかねないのだ。


「この際、そこな獣達は放置しましょう。もう少しすれば、睡眠術(スリープ)の効果も消えますので」


現状この獣達は、弥勒衆の手による使役術の支配下に在る。どの様な命令で動いているのか解らない以上、放っておく他は無いだろう。


「ばってん、こいつ等は連れて行くっちゃんな?」


「もちろん。皆、悪いけれどその人達を運んでね」


慣れない雪道なのに、これから人を抱えて歩かねばならないのか。


祈のお願いを聞き入れるしかない兵士達の口からは、溜息が零れた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



狸の特徴を多く持つ獣人である弥勒衆の里は、周囲を山に囲まれた狭い盆地の中にひっそりと形成された集落だった。


集落の外周には、それと姿を見せる事はなかったが、武蔵でなくとも獣の気配を色濃く感じる事ができた。恐らくは、支配下に置いた獣達に周囲の防備を任せているのだろう。


「此処の人達は、使役術に絶対の自信を持っていらっしゃるんでしょうか? 番をする者が一人もいませんよ」


琥珀の指摘する通り、街道と集落を結ぶ境には番兵が一人も立っていなかった。それだけ獣による”備え”が優秀な証拠なのだろうか。


「まぁ、周囲を壁で囲っている訳じゃないから、番がいてもいなくても、そんなに変わらないと私は思うナー」


田畑は木の柵でしっかりと囲っているので、獣害には気を遣ってはいる様だが、”外敵”に対しては、琥珀の指摘通り、一見無防備に見えた。その為の獣の使役術なのだろう。実際の効果は、道中で祈達が見た通りだ。


「でも、あんな遠くまで追いかける必要あったのカ、美美(メイメイ)ソコ疑問ネー?」


「術式に何か細工したんじゃないかナ? 今となっては、もうどうでも良い話なんだけど」


持続系の魔術式に外部から一部だけ手を加えたり、そのものを書き換えたりする事も、やろうと思えば決して不可能な話ではない。それだけ時間をかける事ができれば、の話ではあるのだが。


しかし、仮に時間が潤沢にあったとして、それを実行に移すだけの”知識”と”技術”を、捕縛した男達は持ってはいなかった筈だ。そうなれば……


「……うん? この里の内部に、それをできる術者が潜んでいるって事になるのか……」


「尾噛様、正直に申しますと(わらわ)、その様な事実、知りとぉござりませんでした……」


「……うん。ごめんね……」


だが祈が謝った所で、現実が変わる訳ではない。


「八尋様、このまま真っ直ぐ……で、よろしいのでしょうか?」


「うむ、それで良い。弥勒の長の館は、里の中心に在る。すぐ見えてくる筈じゃ」


今回の事も念頭に置いて、弥勒の長とはしっかり話を付けねばならないだろう。祈は、弥勒の長との面会どころか、顔合わせすらもしていない段階で、すでに後悔の念に苛まれていた。


(……やっぱり、来んのやめときゃ良かったカナー?)


(祈、今更だ。諦めろ)


(左様にござる。気が乗らないから等と、出した唾を今更引っ込めるというのは、拙者感心できませぬな。御身のお立場を、今一度考えなさるが良かろう)


(それはどーでも良いとして。使役術、かぁ……あまり気分の良いモノじゃないわね……)


((それをどーでも良いとか言うな(でござる))


俊明と武蔵の言う通り、本当に今更と言われてしまえばその通りだ。それが解っているからこそのボヤきなのだが、今の祈の立場が絶対にそれを許さない。第四皇子光秀(みつひで)の名代なのだから。


「ようやく来おったか。わちしが弥勒が頭、信楽(しがらき)百合音(ゆりね)じゃ。さて、陽帝国とやらの、尾噛(なにがし)とほざく下賤な犬めが、弥勒に何用じゃ?」


だが、その”立場”が時にはこうして障害になる場合もある。


弥勒衆を束ねる長である百合音が、敵愾心を剥き出しに祈達の前に立ちはだかったからだ。



◇◆◇



百合音の両脇を護る様に、巨大な斧を持った屈強な兵が並び、祈達の周囲を様々な種の獣達が囲っていた。


獣達の放つ殺気を伴った唸り声は、戦う覚悟がしっかりとできていたとしても、中々に心理的圧迫がある。護衛の兵達は、恐怖による過呼吸で今にも卒倒しかけている程だ。


こういう状況に陥るまで武蔵が警告の声を挙げなかったのは、三人でじゃれていたからではない……筈だ。


(獣の使役術は、祈どのにとって、然程脅威ではありますまい?)


(……ま、ね?)


先程の交戦で、獣達にかけられた術の大凡の情報を、祈はすでに得ていた。その対処法はすでに幾つか頭の中に在った。


そして、魔術による精神支配を受けている者は、他の魔術への抵抗値は限りなく無きに等しい。対象には、抵抗する意思が端から存在しないからだ。ここで睡眠術をかけてしまえば、使役術で動く獣達なぞ簡単に無力化ができてしまうだろう。


(あちらは使役術が自信の源だ。これをあっさり潰しちまえば、反抗の意思なんか簡単に無くなるだろうさ)


(できればド派手にいきたい所、なのだけれど……だからって燃やしちゃうのは、やっぱり可哀想よねぇ?)


(特に意味も無く虐殺、良くないでござるっ!)


「おい、百合音? 待て、妾の話を聞いておくれ」


「栄子ちんは瞞されてるのだわさ。待ってて。今からあちしが、この尾噛某とかいう詐欺師をやっつけてやるだわさ」


弥勒の頭が栄子の言葉にすら耳を貸さない様子を見て取り、祈は深く深く溜息を吐いた。敵対するというのなら、それもまた良し。海魔衆にしてやった様に、徹底的に潰すだけだ。


だが、弥勒の頭の目に、祈は違和感を覚えた。


()()()は、言ってしまえば彼らにとってみれば”侵略者”だ。ならば、そういった目で見てくるのならば、まだ解る。


だが、祈を射貫く様に見つめる百合音の眼光からは、嫉妬心が多分に感じられた様な気がしたのだ。


(これが、私の勘違いでなければ……?)


「……弥勒衆の頭よ。我が名は、陽帝国が第四皇子の名代として遣わされし、尾噛祈だ。我を詐欺師とは、随分な物言いよな?」


「尾噛様っ?!」


祈の言動に驚く栄子を無視し、祈は言の葉を続ける。先に無礼を働いたのは向こうなのだ。祈は、それ相応の対応をせざるを得なかった。


つまりは……


「その我を侮辱する事、すなわち、帝国に弓引く事と同義であるが……その覚悟があっての事、であろうな?」


こちらを舐めてかかるのならば、その報いは、絶対にくれてやらねばならぬ。


「ふん。何が帝国、だわさっ! そんな少人数でノコノコとわちしの里に阿呆面(アホづら)下げて現れたお前達の方が、わちしを舐めているの、だわさっ!」


太く黒い尻尾の毛を逆立てて、百合音は祈の言葉に被せる様に、怒りの感情を露わに声を荒げた。両脇の兵が百合音を諫める様子が全く無い以上、弥勒の意思は、反帝国と見て間違い無いだろう。祈は、事態の面倒臭さに内心溜息を吐いた。


「あいわかった。言の葉を募るのも面倒だ。そこな穢らわしき獣共を我に(けしか)けてみせよ。我が生き残った暁には、薄汚い貴様のその命、無いものと思え」


実際、祈はもう百合音を相手にするのも面倒になっていた。交渉する気なぞとうに失せている。頭を下げるならばそれで良し、下げる気が無いのであれば、百合音を殺す事もすでに視野に入っていたのだ。今はもう家は違えど、祈の心根は何処までも”尾噛”だった。


「巫山戯んな、貴様に如きに言われなくてもっ!!」


百合音は、自信の支配下に在る獣達へ力の限り、一斉に命令を下した。


目の前に在る”帝国”を僭称する詐欺師共を、全員血祭りに上げよと。



誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。

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