第207話 雪道で荒事
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2021.8.15 指摘されない内にひっそりと修正…
(……うん?)
唐突に覚えた違和感は、すぐに疑惑の翼を大きく拡げた。
「蒼ちゃん、琥珀。なるだけその獣達を殺さない様に無力化して。なんか、嫌な感じがする」
獣の集団から、ざらりとした、妙に不快感を伴う精神波を祈は感じた。まるで、全てを手中に収めねば気が済まない。そんな身勝手な、悪しき”我”を。
そして、助けるつもりだった彼らの顔が、祈達の姿をそれと認識した瞬間に大きく醜く歪んだ。本当に危機に陥っていた人間ならば、この反応はまずあり得ない。瞬間に喜色が出るか、安堵の表情を浮かべる筈なのに。想定外の事態に陥り、運命の神に悪態を吐く様な、舌打ちをする様な……
先行する蒼と琥珀は、彼らの後を追う獣達の本体らしき一団を牽制する。彼女達の技量ならば何の問題も無い筈だ。問題があるとすれば……
「くそっ、こうなりゃやるしかない!」
「「応さ」」
祈の横を通り抜けた男達は、すぐさま懐から刃物を取り出し、急反転して様に祈に躍りかかった。
(……やっぱり。彼らの殺気は本物だ。ああ、なんだ。ただの面倒事だったのかぁ……)
助けるつもりだった人間達から、こうもあからさまな殺気を向けられるとは。無駄な親切心を出して失敗したと、祈は盛大に舌打ちをする。
「拡大睡眠術」
男達の必殺の刃を軽く躱しつつ、祈は魔術の詠唱を、余裕をもって完成させた。三人の技量は、一般兵のそれと大差無かった。そして、連携と呼ぶには余りにも稚拙でお粗末。その程度では、祈の鍛えた帝国の魔導士達にすら擦りも出来ないだろう。
発動した術の効果範囲に収められた獣達と男共は、今や完全に沈黙していた。
「っかー! ばってん、アタシらまで術に巻き込むん辞めてくれや……」
「蒼ちゃん、しっかり抵抗できてたんだから、全然問題無かったでしょ?」
範囲魔術とは、詠唱時予め宣言した範囲内の全てを、敵味方関係無く巻き込む。当然、祈の放つ拡大範囲魔術は、自身の強大な魔力でゴリ押す為、その効果は限りなく必中に近い。
蒼と琥珀が抵抗できたのは、<五聖獣>による祝福の効果があればこそである。以前の二人ならば、彼らと一緒に仲良く夢すらも見ない深い深い眠りに就いていた筈だ。
「はぁ~……本当に、面倒臭がりなお人ばい。こん当主様は……」
「あはははは……」
祈がやった事を簡単に表すと『術の効果範囲に標的の全てが収まる様にしたら、その中に味方もばっちり範囲に収まってたけど面倒なので構わずそのままブッパしました』となる。蒼が抗議するのも当然の話だ。
「大丈夫だって。これが攻撃魔術だったらちゃんと当たらない様にしてたからさぁ……」
「嘘やっ! 無理。もうアタシは、祈ば信用しぇん。死にとぉなか」
「まぁ、まぁ、蒼さま。祈さまもちゃんとお考えがあっての……筈? でしょうし」
「……琥珀、後で説教♡」
「うひぃ、祈しゃま。そ、それはあんまりですぅ」
かなりの速度で山を駆けた為、後続の八尋栄子達が追い付くまでには、かなりの時間が掛かるだろう。
「……そげん冗談ば良かけん、早かところ、こいつらば縛ってまおう。身体が暖まっとー内にしゃ」
「そだね」
睡眠術の効果が切れてもすぐには目を覚ます事はないが、用心するに越した事はないだろう。助けに入ってみたら、いきなり襲いかかってくる様な何を考えているのか解らない危険な奴らだ。素直に事情を説明するとも思えない以上、こちらの保険はしっかりと掛けておくべきなのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ふむ。土佐の”明神”の手の者達かも知れませぬなぁ……」
祈の術によって深い眠りに就いたままの男達の顔を覗き込み、栄子は嘆息した。
「土佐ですか。たしか、人類種の集まりでしたよね?」
確かに海魔衆は、住人の大半が狐の獣人種だが、人類種もそれなりの数が以前より定住している。弥勒衆も事情は同じだという。だからこそ、草の紛れ込む余地がある。
この世界、この時代の人類種の平均寿命は、50代前半と短命である。その為、両種族の間には、埋め難き時の流れのズレがある。そこを土佐衆につけ込まれる隙になっているのかも知れないと、栄子は自嘲気味に笑った。
「あと、そこの獣達ですが……何やら、術が施されておりますね? 海魔の飛竜や、海竜の時にも多少その色を感じましたが、これは、それよりも遙かに強烈な悪意を感じます……これが、弥勒の術なのでございましょうか?」
「これを”悪意”等とは。この術は、弥勒にとっては”力の要”でございます。それを妾の口から否定する訳には、決して参りませぬ」
祈は獣を使役する術を”悪意”と表現したが、栄子はその表現を、それだと素直に受け入れる訳にはいかなかった。
確かに弥勒の使役術は、野の獣を我が意に添う様に操る為に造られた特殊な術系統だ。だが、それは純粋な肉体的力を持っていない弥勒衆達が、我が身を守る為に必死になって手繰った技術なのだ。それを、主と仰ぐ祈の口から”悪意”と評価されてしまうとは……栄子は、疲れた様に首を左右に振るしかできなかった。
「対象の意思を完全に乗っ取る術は、悪意しか無いと、私は思います。もし仮にこれを人に向けて放てば、その者は、術の強制力と自我の間で苦しみながら狂うでしょう……」
祈の言葉は、そもそも使役術を人に向けて放つという発想の全く無かった栄子には、とても恐ろしいものに聞こえた。
弥勒の使役術を独自にアレンジする事で、海魔達は飛竜、海竜を我が戦力とする術を得た。確かにこの術が無ければ、人を凌駕する”生物”である飛竜達を手懐ける事なぞ、到底不可能だろう。それだけ強力な術なのだから、もしそれを人に向けた場合はどうなるのか……栄子は薄ら寒さを覚えた。
「弥勒の力。その通りなのでしょうが、もし、そこの男達が栄子様の仰る通り土佐の者だと仮定した場合、この使役術そのものが狙われたのだと視るべきでしょう。この意味、お分かりでしょうや?」
この男達は、半ば包囲されていた危機的状況にありながらも、獣達には決して危害を加える事はなかった。精神浸食系の魔術の対処方法は、解呪の他に、強い打撃を与える事が基本である。その前提で考えれば、自ずと彼らの目的が見えてくる。
彼らは、術の影響下にある状態のまま、獣達を確保しようとしたのではないか? 祈はそう考えた。
「……尾噛様の仰る通り、なのやも知れませぬな……」
土佐の明神某が、弥勒の使役術に目を付けた目的は、人へか? 獣か? 果たしてどちらを狙ってのことなのか、それは当人ではない祈達に解る訳もない。だが、どちらであったのだとしても、弥勒衆にとってこれは凶報だろう。
「念の為、警告すべき、でしょうなぁ……」
海魔の親方の一人が、煩わしそうに頭を掻きながら呟いた。
弥勒がそれを素直に受け入れるだろうか? この術は、彼らが長年頼りにしてきた、謂わば心の支えの様なものなのだ。この場に居る誰もが難しい顔で唸った。
「……無駄かも知れんばってん、こいつら起こして尋問するっちゃんね?」
「うーん。何となく徒労で終わりそうだけれど……」
この手の”鉄砲玉”が、何も知らないまま活動をさせるのは、兵道上の基本である。末端の些細な情報から簡単に手繰られてしまう様では、そもそも戦以前の話なのだ。
「それでも、少なくとも今回の彼らの”作戦目的”は、それとなく解るのではないでしょうか?」
「主さま、何なら美美がヤろうカ? ワタシ、拷問に効果的なイタいツボ、いっぱいいっぱい知ってるヨー」
琥珀が念の為に、と提案した横で、寝息を立てている静を背負いながら、美龍が仕事だとばかりに鼻息を荒くする。
「……ここ寒いから、私はさっさと弥勒の集落に入りたいんだけれどナー」
自らの口から彼らの危険性を提起してしまった以上、さほど強くも言える筈は無く。祈は半ば諦める様に、配下の者達に改めて彼らの尋問をお願いする事となった。
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