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第206話 雪道を走る




「……ほら。嫌な予感、当たっちゃったよ」


良い事が起こる前兆、いわゆる”吉兆”というものは、ほぼ勘違いだけで終わるのだが、嫌な予感、”凶兆”というモノは、かなりの高い確率で当たる。


これは祈の14年という短い人生の中で培われた経験則だ。それだけ酷い目に逢い続けているという、周囲に誇る事もできぬ悲しい証左なのであるが。


(その様で。追われているのは、3名程でござろうか……追っ手の数は20。野の獣であるとしても、あまりにも統率が……それに、追われる者も一般人というには、はて……?)


超常の感覚が常人のそれとは一線を画す武蔵の”霊感ソナー”が、祈の”嫌な予感”をしっかりと補強する。だが、それらから得た情報は、一般常識に照らし合わせてみても、何一つ合うモノが無く武蔵は首を捻った。


(とはいえ、見つけちまった以上、このまま見殺しにする訳にゃいかないだろ)


(はぁ。ホント面倒よねぇ……)


マグナリアの意見は尤もだ。祈は内心頷きながらも嘆息した。


ここは海魔(かいま)弥勒みろくの集落の中間点とはいえ、弥勒衆自体未だ帝国の味方とは言えない以上、余計なトラブルに首を突っ込むなぞ碌な事にはならないだろう。だが、だからと言って見殺しにする訳にはいかないのも、また事実なのだ。


であるならば、早々に事態を収拾するに限る。祈は即座に腹を括るとすぐさま指示を出した。


「ごめんね、ちょっと先行する。(そう)ちゃん、琥珀(こはく)。付いてきて!」


「ほいほい」


「はぁい♡」


「かあさま、そー、こは、いってらっしゃーい☆」


愛娘の応援を受け、三人は雪深き山道を一気に駆けた。


「ばってん、慣れてまえば高下駄履いとっても普通に走るーもんばい」


「つい先程までグチグチ仰ってたお方の言葉とは、到底思えませんねぇ」


蒼の独り言に合わせ、態と聞こえる様に琥珀は嫌味を零す。道中、散々愚痴を零していた蒼に、一同は辟易していたのだ。


「……琥珀、あとでおぼえとけや」


「そこまで私、記憶力良くありませんので」


背後で微妙に険悪な雰囲気を出す二人に、祈は人選誤ったかとちょっぴり後悔していた。


寒さの心理的負荷(ストレス)というものは、想像以上に大きくのし掛かるものだ。ましてや、蒼は”草”としての訓練を受けてはいても、帝国では権威ある(おおとり)家のご令嬢である。この様な過酷な環境下では、どうしてもそこに”覚悟の差”が生じてしまうのは否めないのだ。


対して琥珀の故郷は、ここ死国(しこく)の地よりも遙かに北に位置した雪国だ。この程度の気温は、彼女にとって比較的まだ暖かい部類で、蒼の数々の愚痴は、軟弱者のそれでしかなかった。


そういう意味では、この衝突は避けられなかったと言えよう。


「ほら、無駄口叩かない。急ぐよ」


「「はぁい」」


だが、だからと言って、彼女達の感情に任せて口喧嘩させていても何も良い事は無い。<五聖獣>の祝福を受けたこの二人は、すでに常人のそれとは一線を画す程に理不尽な”災害”の一つと成り果ててしまっているのだから。


(はぁ。”もう普通の人間として生きる事ができない”って、こういう事なんだろうなぁ……)


気軽に喧嘩もできない。癇癪を起こせない。


感情の爆発が許されないというのは、かなりのストレスとも成り得る。今更ながらに改めて五聖獣達の言葉の意味を噛み締める羽目になろうとは。祈は大きく溜息を吐いた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「はぁ、はぁ、はぁっ……!」


「くっ、不味いな。ここまで足を取られるとは」


「ほれ、急げ。このままでは到底逃げ切れぬぞ」


「分かっているっ! くそ、雪の備えを怠った事がここで響くわ」


息も絶え絶えの三人は、必死に山道を疾走した。


飼い慣らされた野の獣が相手だとはいえ、鍛え上げられた彼らの足で逃げるだけであるならば、問題は全く無い筈だった。


……それが、いつもの山道であれば。


決行日の前日から降り続いた雪がそのまま積もって、こうして作戦行動の障害となってしまうなどとは、全く思ってもみなかった。


だが、もう賽は投げられた。


このまま獣を引き連れて目的地まで逃げ切る事ができれば勝ち。負ける時は……つまりは、そういう事だ。三人は、覚悟を決めるしかなかった。


「術式に介入する事は、できた様だが……まだ、操れたという訳では、ない、様だっ」


「それは誰の眼から視ても分かるだろっ! この殺気、感じれぬ馬鹿は、おるまいてっ!」


「しかし、何の装備も無く、雪道を、走らねばならぬとはっ。今日中に、目的地へ、着けるのか?!」


与えられた任務は、弥勒衆の持つ従獣の術、その全容の究明。


だが、最早”奇形”と称する方が正しい程に、一部だけが特化した弥勒の術系統は、余人如きには遠目で視た程度では到底解析できるものではない。


ならば、操られ弥勒の支配下に置かれた獣をそのまま奪取する。それが一番楽な筈だ……そこにかかる犠牲一切を考慮に入れねば、ではあるのだが。


「……しかし、ここまで強引な手段を用いた以上、もう彼の集落に潜伏した同士とは、連絡をつける訳には、いかぬだろうな」


「いや、疑心暗鬼の念を、奴らに植え付ける事ができただけでも違う、筈だ。この毒は、後々にまで効く」


「それは、我らが目的を果たし、生き残れたら、の話であろうが。ここで無様を晒せば、我らは良い面の皮だ」


道半ばで追いつかれてしまった場合、そのまま抵抗する事なく果てるしかないだろう事を、彼らも充分に覚悟をしてはいる。だが、それはただの犬死にである事は間違い無いのだ。できれば、その様な無様を晒したくない。


だが、状況は彼らが想定していたよりも遙かに悪い。徐々に彼我の距離は縮まり、包囲されつつある。


いかに使役術の支配下に置かれているのだとはいえ、獣達の選択する行動は、備わった本能に寄るところが大きな比重を占めている。獣達は”群れて、狩る”事を生業としている以上、三人の末路も、恐らくは今までの獲物と同じ筈だろう。その事実を飲み込んだ三人の心臓は、竦み上がるのみだ。


態と見せつけるかの様に、数匹の獣達が姿を現し、三人と併走する。ついに追い付かれてしまったのだ。


「ははは……終わった」


「諦めるな。まだ活路はある筈だ」


「何を言ってんだ。ここで助けなんぞ来るわけもなかろう!」


三人にとって、ここは敵地なのだ。ここに助けが来る望みなぞ、砂の一粒すらも無い。


……あるとすれば。


「助けに来たよっ!」


何の事情も知らぬお人好しか……


「そんじゃ、やるばい」


「蒼さま、手加減してくださいよ」


敵か……だ。


三人は、突然出てきた”お人好し達”の対処に、頭を痛める羽目になった。




誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。

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