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第205話 雪道を進む

勿論、こちらも忘れてなんかいません……よ?



海魔衆(かいましゅう)の長年の同盟者である弥勒衆(みろくしゅう)の本拠地”讃岐”へは、陸路で行く事になった。


元々弥勒の集落が海に面していないのも理由の一つだが、海魔の所有する船の吃水が総じて深い事が一番の理由だ。つまりは、彼らの船が寄港できる施設は今のこの世の技術ではそんなに多くないという事だ。


「……なんだか、色々と面倒なんだねぇ……?」


「……本当に申し訳ありませぬ。尾噛様におかれましては、ご不満がございましょうが……」


海魔衆筆頭、八尋(やひろ)栄子(えいこ)がしきりに恐縮していた。帝国貴族でもある、祈を歩かせる。それ一点だけでも充分に不敬なのだから。冷や汗ものなのだ。


「ああ、そこはあまり気にしなくて良いですよ。”倉敷”まで”米子”から歩いてきましたから」


そもそも治める領地を持たぬ祈は、帝国貴族としての位はさほど高くはない。帝国軍では上から3番目の位置に在るが、いざ宮廷序列になるとそれでも精々真ん中辺り。そこまで畏まられる程でもないのだ。


(……お船で楽々移動ってのを、ちょっぴり期待したんだけどなぁ。まさかそんなつまらない理由で徒歩ってさ……)


いくら慣れているとはいえ、歩きより船での旅を期待していた為に内心がっかりしたのは、祈の偽りならざる本音である。


(まぁ、一点にだけ異常に突出した技術なんてなぁ、得てしてこんなもんだ。それに併せて進歩していかなきゃなんねぇモンを、色々無視した結果がこれって奴さ)


俊明の生きた世界の歴史を振り返ってみれば、世界の海に出て行く様に、船の艤装は科学的にもより高度な技術が投入され、より大型化への道を辿っていくのだが、この世界では、その様な技術革新(ブレイクスルー)は起こってはいないのだ。


海魔に生まれた転生者”三人の天才”が起こした筈の”それら”は、海魔衆の間でのみに留まった以上、言ってしまえば、技術の特殊個体…奇形児でしかないのだ。


(ただ一握りの天才が生み出した”技術”なぞ、(あまね)く世に広まらねば、此即ち無意味にござる。当然、武の世界においても、同じ事が言えましょう…)


無精髭を撫で付けながら、武蔵は述懐するかの様に呟いた。”剣聖”の持つ様々な剣技が世に根付いたのかと問われれば、ほぼ否だ。ただの人が扱うには、剣聖技は外連味が強すぎたのだ。


彼の3回目、4回目の生でようやく後世に続く”流派”が出来上がりはしたのだが、これも恐らくは失伝していくであろう技の方が遙かに多い筈だろう。


(ま、アンタの技は、普通の人間じゃ再現なんてできないでしょうし、ねぇ? そういう意味では、あたしの魔術と同じよね。()()()()使()()()()()()()の)


魔術は”上級”クラスになると、術の方が使い手を選ぶ様になる。それと同じ事が剣聖技にあるのではないか? そうマグナリアは言うのだ。


……そうかも知れない。武蔵は頷いた。


「ですが、これからは、”高松”もそうでしょうが、死国(しこく)に在る街には、”倉敷”の様な規模で湾港の整備もしないと、いけないのではないでしょうか?」


船が寄れねば、何の為の船なのか解らない。そう琥珀(こはく)は指摘する。海魔の船は確かにこの世界に置いては、最先端、最優の技術の極みだ。だが、それも寄港できる港が無ければ何の意味も無い。ましてや、弥勒の里に住む信楽(しがらき)は”味方”なのだから。


「…だねぇ、琥珀の言う通りだ。それは追々考えていかなきゃ」


海魔衆の合力によって、帝国はこの列島に在る国の中においては比類無き海運能力を得た。それを十全に活かす為には、湾港施設を整備して然るべきなのは言うまでも無い。


……だが、それは今ではない。


「まずは、弥勒ん人達にお会いしてから、やろうね」


「港の整備だけなら魔導士隊にお願いすれば良いけれど……流石に、その許可は取らないとねぇ……」


「弥勒衆は、様々な獣を統べる術を心得ております。陸の上では、彼らの合力は得難いものになりましょう」


栄子は『無理に湾港整備をする必要は無い』と、そう言外に匂わせる。帝国の魔導士達には、集落の防備にだけ、力を注いで欲しかったのだ。


彼女の焦燥をじりじりと肌で感じながらも、その正体については、祈は最後まで解らなかった。




 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




狸の特色を持った獣人達、弥勒衆の棲む”讃岐”の地へは、”高松”の地を早朝に出れば、恐らく夕刻になる前には到着できるだろう。


念の為、海魔を通じて彼らには夕刻頃に伺う様、予め伝達をしておいてある。


祈に同行するのは、海魔からは栄子と、二人の親方。その護衛として4人が付く。帝国側からは側近である琥珀、(そう)美龍(メイロン)(しず)で、その護衛として4名の兵士が付いた。まだ護衛の兵が少な過ぎると渋る牙狼(がろ)兄弟を宥め、彼らを集落の防備に専念させる事にした。


集落を出ると、ここからは山道の徒歩となる。街道と呼ぶには、余りにも狭い”獣道”に、更にそこにしっかりと降り積もった雪は、旅人の体力を、嫌がおうにも足先から奪っていく事だろう。


冬場での雨でぬかるんだ道や、雪道を歩く際の履き物は、高下駄が重宝される。


通常の草履では、水が足先に染みてくるのだ。その様な状況を我慢して歩き続ければ、凍傷にもなりかねない危険が伴う。


履き慣れぬ下駄では、山道を思う様に進む事はできないが、凍傷にかかるより遙かにマシだ。足袋の上にもしっかりと布を巻き、冷えに備えるのも重要な事である。


「……これから軍には、兎を狩る事を推奨しようかな……絶対、毛皮、あると良いと思うんだ……」


「そうですねぇ。祈さまってば、冷え性ですし、ねぇ……」


低血圧の為に朝は弱く、当然体温も低い。その様な訳もあり、祈は寒さにすこぶる弱い。


慣れない山道もあってか、一同はこまめに休憩を挟んではいるが、鬱蒼とした薄暗き山の中では、日の光で暖を取れる事は、まずあり得ない。身を切る様な寒さに、祈は完全に閉口していた。これでは体力なんか回復する訳がない。


牙狼兄弟が付けてきた護衛の兵達は、綿を詰めた防寒具をしっかりと着込んではいたが、やはり雪道は寒いのだろう、歯の根が合ってない様子が見て取れた。祈の言う通り、より暖かい毛皮の装備があると良いのかも知れない。琥珀は戻った後に(くろがね)に進言しておこうと祈の言葉を備忘録(メモ)に収めた。


寒さに震えながらの休憩は、本当に休憩になっているのかどうか全く解らなかったが、一同はまた雪道を歩き出す。日が傾く前に集落に辿り着かねば、凍死するのではないか……そんな恐怖が少しだけ頭を過ぎるのを、一体誰が笑えようか。


「主さま、静の事は美美(メイメイ)に任せてちょーヨー」


「うん、お願い。静、メイメイの言う事、ちゃんと聞くんだよー?」


「はーい。メーメーといっしょー」


嬉しそうに静は美龍の腰にしがみついた。美龍は静の良い遊び相手になってくれているお陰か、静も良く懐いていた。そのため祈の信頼も篤い。<五聖獣>の加護を得た彼女達の中でも、美龍の”戦力”は突出していた。安全面の上でも、美龍に任せる事が一番の筈だ。


静の体力は、米子から倉敷までの行程で実証済みである。その大半が美龍の背に在った訳だが、それでも同じ年代の子に比べても充分に強靱(タフ)だといえる。


それに関しては、祈はもう心配していない。彼女の”母親”を自称する邪竜(アレ)が、張り切って静を肉体改造をしたのだから。


祈の心配事は、それよりも……


「……なんか、妙に悪い予感がするんだよねぇ……?」


祈の向けた視線の先には、弥勒衆の棲む集落がある、正にその方角なのだが、その事を祈はまだ知らなかった。



誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。

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