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第201話 出港




八尋(やひろ)栄子(えいこ)の持ち艦であり、海魔衆の旗艦<九尾(きゅうび)>は、本拠地”高松”に向け、波を掻き分け内海を疾走(はし)った。


海魔衆の持つ造船・艤装の技術は、中央大陸だけでなく世界中の何処を見渡してみたとしても、恐らくは最高峰だろう。緻密な計算に基づいて縦横に張り巡らされた大小様々な帆は、風を掴むだけでなく風上にすら切り上がる事ができる。


そして船の要となる竜骨には最硬、最強の金属であるオリハルコンを用い、高波に軋む事すらも無い。合金板で覆われた外装は、中級魔法の直撃にも充分耐え得るだろう。


この時代に在って、まだ概念にすら無い筈の純粋な”戦艦”が、海魔衆の手によって世界の果て…極東に位置する列島には、すでに多数存在していたのだ。


「…でも、結構揺れるんだね」


「ええ、こればかりは。それでもこの辺りは、まだ穏やかな方なのでございますよ」


如何に異常なまでの高い走波性を備えた海魔衆の艦であっても、内海の荒れた海にあって多少は揺れる。海魔衆のそれより技術力で遙かに劣る帝国船で外海の航行を経験した祈でも、この揺れには流石に閉口させられた。


中央大陸から流れ着いた生粋の帝国人は、余程海に精神的庇護(トラウマ)があるのだろう。帝国は大きな船舶をあまり所持していない。当然、海に慣れた者なぞ、その中でも一握り程しかいなかった。


牙狼(がろ)(はがね)率いる200名の精鋭達も、それは同様であった。大半が船酔いの症状を訴え、今は船に釣り上げられた鮪の如き有り様となっており、今や<九尾>の甲板は、死屍累々と表現すべき地獄の様相を呈していた。


「…うっぷ…ぎぼぢわるい…」


「も…もう、何も出ねぇ…死にそ…」


「吐いちまうのは仕方ねぇ。だが、間違っても絶対に海に顔を出すんじゃねーぞ。艦から落ちたら死ぬんだからな」


海魔衆の男達は文句も言わず、完全に死に体となっている帝国兵の介護を引き受けてくれていた。自身の若い頃を思い出しているのだろうか、中にはうんうんと頷く者いた。


「おじちゃん、だいじょうぶ? おみず、いる?」


「ホント(しず)は良い子だネー、でも、それはわたしたちがやるよー。お外は危ないネー」


「ですです。ですので静さま、お母様の所へ行きましょうねー?」


「そういえば、お前(魔導士)達は平気なんやなあ。なして?」


「…常日頃我が麗しの上司(無い胸ぺったん)様が指導して下さる訓練(地獄)に比べれば、こんなの余裕ですよ。はっはっは…」


「おじちゃんたち、めぇしんでるぅー」


結局祈は、静を独り倉敷に置いてはいけなかった。


死国(しこく)の地へ戦いに赴くと決めた以上、祈が琥珀(こはく)(そう)美龍(メイロン)の三人を連れて行くのは必然だ。だが、そうなれば、静は独りぼっちとなってしまう。


何時終わるのか。一切の目処が立たぬ行軍である。その様な状況に静をおく訳には”母親”として、絶対にできなかった。


「貴女のその”選択”は、決して間違いでない。我々がそれを証明してみせましょう」


「元より我らは、静の守護霊でございますので。お気に召されるな」


赴くのは戦場となる以上、予期せぬ危険があると静の守護霊であるジグラッドとセイラに祈は何度も説明したのだが、子の情操教育に母親の存在は必要不可欠なのだぞと、逆に何で連れて行かないんだと問い詰められる始末だった。


(つか、俺達守護霊ってなぁ、これが元々の”仕事”なんだからな。これに関して言えば。お前さんがいくら気にした所で仕方無いぞ?)


(左様にござる。祈どのは我らと会話できるせいか、その辺り完全に麻痺してる様にござるが…)


(そそそ。気にするだけ無駄よ、無駄…って、新人のあたしが言うのも何なのだけれど)


((はぁ? 新人??))


(あによー。あたしが初めて担当したのはイノリなんだから、新人で合ってるでしょ?)


(…そうかな…そうかも…?)


(待て祈。そいつ(マグナリア)ももう十年以上お前の守護霊やってんだから、ベテラン扱いで良いと思うぞ)


(左様。それにとしあき殿は200年以上も守護霊の大役を任された大ベテランにござる)


(ここに被せる情報じゃないと、あたしは思うのだけれど、ムサシ?)


(左様にござるか? それはあいすまなんだ)


(…ってゆかさ、皆の話を聞いてると、本当に時間の感覚がおかしくなりそうなんだけど…)


こちとら数え14の小娘でしかないというのに、10年だ、200年だとポンポン出てきて良い数字ではないだろと、祈は目眩すら覚える自身の頭を軽く小突いた。


守護霊である彼らは元より肉体を持っていないのだから当たり前の話なのだろうが、やはり魂魄と生者とでは時間の感覚が全く違う。それでもまだ守護対象でもある生者の側に寄り添い生きて(?)いる分だけ、他の霊的存在よりマシなのだが。


(まぁ、そうだろうなぁ。俺も武蔵さんに言われるまで全然自覚無かったわ)


(よくよくこれまでの人生を振り返ってみれば拙者も…でござるなぁ。四度(よたび)の生全てが正に波瀾万丈、怒濤の人生でござったので…)


(全部の人生の記憶を持っているってのも、ホント面倒臭いわねぇ…)


(確かにな。俺の場合、それプラスお前等の人生全部だかんな…ああ、うん。そりゃ大ベテランって言われる訳だ)


「…尾噛様?」


「え? あ、ああ、ごめんなさい。ぼうっとしてました…」


どうやら守護霊との雑談に気が向き過ぎていたらしい。栄子が呆とする祈を心配し声を掛けていたのにすら祈は気が付かなかった様だ。


「もしや、尾噛様も…? もしそうでございましたら、すぐにでもお部屋にご案内いたしますので…」


「あっ、八尋様。私は大丈夫でございます。それに港には、もうそこまで来ておりますし…」


<九尾>は、もうすでに岸に在る家々の判別が付く程までに陸地に近付いていた。帝国兵士の忍耐の時間は、終わりが見えてきていたのだ。


「お? もうチョイで到着だな。てめぇら、何時までもヘバってンじゃねぇぞ。上陸準備だ」


鋼が甲板で完全に死に体となっている帝国兵達に向け、心無いトドメの言葉を吐いた。ここで諫めねばならぬ筈である立場の(くろがね)も同様に屍になりかけているので、誰も鋼を止める事のできる者はこの艦に存在しなかったのだ。


「うぷ…この状況で平然と酒を呑むとか…兄者、あんたマジでバケモンだよ…」


「てめぇとは根本的に鍛え方が違うンだよ」


瓢箪に口を付け盛大に喉を鳴らす兄の姿を見て、鉄は顔を顰めた。


「うげぇ。今頃になって光秀様のお気持ちが解ったぜ俺ぁ…」


(やめてよ。思い出したくないんだから…)


あの時の阿鼻叫喚の混沌が脳裏に鮮明に映し出され、祈は鉄以上の渋面を作った。控えの女房達にはすまない事をしたと頭が下がる想いだ。


「でも…ちゃんと準備、しないとね…」


現状、祈達は異邦者だ。死国について知らねばならぬ事や、その為に用意せねばならぬものも多々ある筈だ。現在、祈達の置かれた立場では時間がいくらあっても足りないのは確かなのだろう。


それに、死国の攻略とはいっても、何も全種族を相手取って戦をする訳ではない。戦わずして味方にできるのであれば、これに勝るものは無いのだから。


その為には、もう一度死国の詳しい情報を栄子から聞き出さねばならないだろう。どれが敵になり、どれが味方になるのか。そこもしっかりと精査せねばなるまい。


「…かあさま?」


気が付けば、静が祈の顔を心配そうに覗き込んでいた。母娘といっても、少女の背丈に大きな差はない。それどころかほぼ同じくらいだ。


「静ちゃん。かあさまは大丈夫だよー。港に着くまで、お手々繋いでいましょうね」


「うんっ!」


(…まずは、我が愛娘にとって安全な居場所の確保だな。これが最優先)


琥珀、美龍、蒼もきっと頷いてくれるだろう優先順位を心の内に決める。まずはそれからだ。


祈は愛娘の小さな手を優しく握る。


(自分の我が儘で、こんな所にまで連れてきちゃったんだから、この娘だけは絶対に私が護る)


そのためには、鬼でも悪魔にでもなってやろう。祈は覚悟を決めた。


帝国の武を司る”尾噛”の名を轟かせ、帝国(祖国)の権威を守り、そして家を守り、家族を守る。我ながら途轍もなく欲深い事だと自嘲の笑いが知らず知らず込み上げてくる。


だが此を成さぬして、何の武名か。


直属の上司でもある光秀と、牙狼兄弟達の支援がある。これで失敗するなぞあり得ない。


「それじゃ、みんな。準備してっ!」


高松の地は、もうすぐそこだった。



誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。

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