第20話 守護霊ミーティング2
「はぁ……ホント死にたい……」
久しぶりの湯浴みなのに、全然気分が上がってこない。敬愛する兄に、まさかの誤解を与えたままの状況に、どうしても気分は落ち込み、身悶えする。
「もう過ぎてしまった事と、諦めなさいな……後で正直に説明すれば解決する筈だと思うし?」
マグナリアが布で優しく擦り、祈の背中や脇腹を洗い上げる。
この時代、すでに石鹸の類いは存在するが、とても高級な品だ。代わりに竈や囲炉裏の灰を取り出し、そのアルカリ分によって身体の皮脂を落とすのが、一般的な方法であった。
証の太刀が祈の尾に変化してから、一週間の時が経つ。その間、祈に起こる様々な身体の変化は、守護霊達を困惑させるには充分過ぎた。
染みひとつ無い白くきめ細やかだった背中に、首筋から背骨に沿って尾の先までの間に、まるで背びれの様な、鋭利な鱗が並ぶ様になった。
顎から首筋にかけての部位と、四肢を覆っていた鱗が全て落ち、その下から生物由来ではあり得ない金属の様な、金色に輝く謎の素材による幾何学模様が浮かび上がり、腰周りから尾にかけて何か装飾品の様な、更には肩甲骨周りも同様に翼の様な模様が出ていた。
身体の正面は逆鱗だけを残し、まだ成長過程で薄い胸のラインから脇腹にかけて、鳩尾から臍にかけて同様の幾何学模様が浮き出ていた。
祈はすでに尾噛家固有の、竜鱗人ではなくなっていたのだ。
「なんでそこで疑問系になるかなぁ? でもコレ説明するのって、凄く難しい気がするんだけど」
鱗が落ち、つるりとしてしまった腕を、マグナリアに見せながら祈は苦笑する。
「本当にこの家は、色々と謎だらけよねぇ……はい、お湯かけるわよー?」
頭からお湯をかける。
若くきめ細やかな肌はお湯を弾き、その瑞々しさを主張するかの如く、部屋の灯りを受けて白さを際立たせた。
「若いって良いわねぇ。肌が違うわ……」
曲がり角にさしかかった直後で停まった自分とは違う瑞々しい肌質に、マグナリアは羨む様な、芸術品を愛でる様な視線で嘆息した。
「マグにゃん、なんかおばさんくさいよ」
「そりゃ、ねぇ? 前世を含めた人生経験で言えば、あなたの軽く3倍以上はあるのだから……」
その大半が血塗られた戦いの記憶なのだから、実際の所そこまで経験豊富でもないのだけれどね……と、言外に濁す。
守護霊の一人である武蔵の手によって、祈は強制的に『人を殺す覚悟』を植え付けられた。それによって、”命のやりとり”の覚悟を、恐怖を、祈は知ってしまったのだが、その後も戦いを忌避する事無く、技術を学び続けた。
祈はむしろ逆に、あの日以来、より高度な技術を求める様になっていた。
その理由を尋ねてみたら、祈は言葉を選ぶ様に、自身に言い聞かせる様にこう答えたのだ。
「人を殺すっていうのには、多分私は一生慣れる事なんか無いと思う。でも、自分がいざ殺される立場になった時、誰かが殺される場面に居合わせた時、自分の手で何かできる様になるのは、悪い事じゃないって思うの。世の中には簡単な理由で人を殺せる人がいるって解っちゃったから……」
そういう理由ならば不足は無いと、三人の元勇者は、自身の持つ技術を、与えられるだけこの娘に与えようと決心したのだった。
あれからというもの、いくら任意で短くできるとはいえ完全には収納しきれない尻尾の為に、祈は針仕事に専念しなくてはならなかった。着るものが無いのだから、こればかりは仕方が無い。
尻尾に引っ張られてしまい、太ももまでまくれ上がる状況は、いくら離れの一人暮らしとはいえ、もう少ししたら縁談話が出てもおかしくない年齢の乙女である。本当に勘弁して欲しいところだ。
尻尾を通す為に襦袢に切れ込みを入れ、補強の為に周囲を縫う。尾の先を残して収納してしまえば、後は上に着物を羽織るだけである程度はごまかしが利くだろう。少し長めの帯で締めていると言えば、あの誤解を産んでしまった尻の膨らみも幾分解消できる…筈だ。多分。
それだけなのだが、換えの分を含めると、これが結構馬鹿にならない数になる。さらには訓練の為に、動きやすい服も用意しなくてはならない。やることはいっぱいあった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「実は、皆に相談したいことがあるの……」
草木も眠る丑三つ時。
いつの間にか、恒例となってしまっていた『守護霊ミーティング』の開始である。
「んあ? 特に懸念材料なんか無いと思うが」
「大アリでは? 祈殿の身体には、すでにこの家に流るる血の特徴が、微塵も残っておらんのでござるが」
「まぁ、そういった身体的外観に関しては、手足に包帯巻くなりある程度は誤魔化せるんじゃないかって思うわ。それに積極的にイノリに関わろうなんて人、この家ではあの坊やだけだし……ね?」
望の顔を思い浮かべ、あの竜鱗人が祈の手に包帯が巻かれている……となった場合、逆に面倒な事になるんじゃないかなーって不安を覚えた俊明達だったが、あえてツッコまなかった。
「んじゃ、何だよ? 俺には特に思い当たる事無いんだが」
「まぁそうよね……ちょっとこれ見てくれる?」
マグナリアがその自身の豊かすぎる胸元をまさぐり、黒い手甲、二組の小刀、数個の指輪など数種類の武具をとりだした。それはあの事件の時に賊が蔵から持ち出そうとした、尾噛の宝物であった。
「ちょっ、おまっ。くすねてきたのかよ?!」
「そそそそそ。じつはあたし、アイテムボックスをこの世界にも持ち込んでいたりするのよね……で、あの時落ちてたこの子達の事がすごく気になって拾ってきたのだけれど」
「それは反則も反則の、とんでもない事でござらんか? マグナリア殿の持ち物なんて、あの”大地割り”ひとつとっても世界の軍事バランスが崩壊する可能性がござるのに……」
マグナリアの職業を既存のRPGに当てはめたら、回復・補助が主の白魔術、攻撃・弱体が主の黒魔術、その両方の魔術を全て収得してはいるが、一応は魔導士である。
……なのに何故か彼女の主武装は、両手斧の”大地割り”であった。あの世界の創世神話に登場する、大地の女神の祝福を受けたこの両手斧は、その名の通り大地をも割る絶大な威力があった。
これを入手した当初の一時期は、魔法を使わず、”大地割り”を抱え魔族の部隊のまっただ中に躍り込み、楽しそうに殺戮を繰り返すマグナリアの姿が度々目撃された程である。
「そっちはあたしが出さなきゃ良いだけの話。まぁアレを取り出さなきゃならない事態が起こった時点で、この世界を滅ぼす決心がついたって事よね…その時は容赦無く滅ぼしてやるわ」
「くわばらくわばらでござ……その日が訪れぬ事を、拙者祈らずにはおれんでござるよ……」
「……まぁそこは今の話の筋に関係ないと割り切ろう。で、そいつらが気になったって?」
「うん。この子達に込められた高い魔力も気にはなるんだけど、魔力の波って言えば良いのかな…波紋がイノリの生命力の波長と、ほぼ同じなの」
切れ味が増していたり、耐久力が上がっていたり、火や氷など様々な属性が込められたりと、魔力によって強化された武具は、当然の事ながら魔力を常に発している。
強化を手がけた術者の癖や魔力によって、それぞれの個性とも言える固有の波が出て来るのだ。
「かなり乱暴な言い方になるけど、この子達の込められた魔力の波と生命力の波が近いって事は、性能を限界以上に引き出せるって事。つまりはぴったりお似合いって事なのよ。イノリへのプレゼントに最適じゃないかなって」
守護霊二人、頭を抱えて蹲る。
「お前さん、そんだけの理由でパクってきたってのかよ……」
「流石にこれはどうなんでござろうか? 俊明殿」
「知らん、俺は知らんぞ。何も見なかった、何も聞かなかった」
「ズルいでござるぞ、俊明どのっ。拙者も三猿になるでござる」
「ちょっと~。ちゃんと聞いてよ男子~」
やっぱり物騒過ぎる守護霊達であった。
誤字脱字あったらごめんなさい。




