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第194話 守護霊との問答



「おい、祈」


「なぁに、とっしー?」


風も無く、柔らかな日差しの冬の午後。


安らかに寝息を立てる(しず)の艶やかな黒髪をそっと撫でながら、祈は自身の守護霊の声に返した。


「…まさかお前さん、あの狐女の願い…聞き入れてやるつもりじゃねぇだろうな?」


「そのつもり…だったんだけれど、なぁ…」


愛娘を撫でるその指が黒髪から頬へと移動し、起こしてしまわない様にと細心の注意をはらい、触れるか触れないかの微妙なタッチに変わる。


育ての親同様に、静はあまりにも寝付きが良すぎた。一度深く寝入ってしまえば、ちょっとした刺激程度では身動(みじろ)ぎすらもしない程だ。それでも、自身の行いによって娘の安眠を妨げてしまう様な事があってはならない。


静を尾噛家の養女として迎え入れてから、まだそんなに月日は経ってはいない。だが、今の祈の全ての価値基準は静であり、その前後の判断は、当然の如く静有りきによって行われる。


”倉敷”の街の安定統治は、静の生活環境においてもこれは大前提。そして”海魔衆”宗主の八尋(やひろ)栄子(えいこ)の願いでもある帝国による死国(しこく)の完全統治。死国の安定がそのまま倉敷統治の安定へと繋がるのであれば、これも一考に入れて然るべきだろう。祈はそう考えいた。


だが、その為には…


帝国の介入によって死国の地に要らぬ争いを呼び起こした挙げ句、光秀(みつひで)に指摘されてしまった通り、その全てが終わるまでは、静を一人倉敷の地に置きざりにすることになるだろう。


それでは本末転倒ではないか。何の為に帝都から遠き倉敷の地まで静を連れてきたというのか解らなくなってしまう。祈は一人煩悶する。


静を連れ、死国の地に戦いへ赴くという選択もある。そもそも当初、祈はそのつもりでいたくらいだ。


『人の持つ最も醜き”本性”が出る場所こそが戦場(いくさば)だ。そんな場所に、お前は平然と愛しき娘を連れ歩けるというのか?』


先程の光秀との対話で、祈は自身の中に全く沸かなかったこの想いに、強い違和感と恐怖を覚えた。


敵を殺し、そして殺される。(いくさ)の恐ろしさは、祈も重々承知していたつもりだった。だからこそ、愛弟子達を最前線に出せという勅に、思い悩んだではないか?


…なのに、娘の場合に祈は全くそう思わなかった。


「…やっぱり、私ってば、すぐに思い上がっちゃう性格なのかなぁ…」


『自分が側に付いているんだから、娘に危険が及ぶ事態になんか絶対にならない』


だから、戦場に静を連れる事に何の危機感も違和感も抱かなかったというのか。もしかしたら、心の何処かにそんな驕りが在るのかも知れない。戦で”絶対”なんて言葉は、在りはしないというのに。


「まぁ、<五聖獣>の祝福っていうのは、ちょっとね…すごく、ねぇ…?」


祈の頭上に浮かび、マグナリアは足を組んで嘆息をする。


寄って集ってに行われてしまった精霊神達の祝福と加護のせいで、今や”人の魂”としては最高峰に在る自分達に、育ての娘は差し迫る程の強大な力を得てしまっている。


むしろ過ぎた力に溺れる事無く、この程度の”慢心”で済んでいるのだと喜べば良いのか、これは自身の弛まぬ努力によって得た力でないのだからと、きつく戒めてやれば良いのか。


人を今まで指導した経験の無い(オーガ)の女には、その辺の機微が正直よく解らない。


「まぁ、我らだけでなくジグラッド殿やセイラ殿もおりますので、その辺は確かに安心しおっても良いのではと、拙者は思うのでござるが…」


守護霊とは本来、対象の人間をそれとなく教え導き『霊的に護る』為に存在する。役割が指導霊をも兼ねている場合が多いからだ。


だが、俊明達はその範疇からはすでに大きく逸脱し過ぎている。祈を守る為ならば、直接介入すらも辞さない程だ。もし万が一静に何らかの危機が訪れたとしたら手を出すだろう事は武蔵の言動からも想像に難くない。流石にそれはどうなのだろうか? 祈は頭を振った。


「だが、俺は賛成できない。皆まで言わなくても、理由は解るよな?」


「そりゃあ、ね…」


祈が直接人を殺めたのは、野営中の牛田(うしだ)(たける)率いる牛田分隊を広域殲滅魔法”煉獄(インフェルノ)”で焼いた時だけだ。


その時に祈は、自身の行いによる因果の応報を喰らう羽目となった。


煉獄によって引き起こした何百人もの断末魔に乗せて”死”という結果が、幼き身に同時に襲いかかってきたのだ。娘の持つ特異な霊媒体質によって、増幅されたそれが。


戦場は、人の生き死にの場だ。当然、敵意、悪意が渦巻く混沌の地である。如何に当時とは比ぶるべくもなく成長したとはいえ、それが全て強制的に叩き付けられる。生前、同じ悩みを持っていた俊明だからこその心配なのだ。


「多分、今のお前なら人の断末魔すらも訳ないだろう。だが、静はどうかな?」


静は祈の様な特異過ぎる霊媒体質を持ってはいない。その筈だ。


文字通り最期の時に力の限りに発する断末魔は、言うなれば人の持つ昏き”悪意”そのものだ。その様な怨念渦巻く場所に、無垢な魂のままの幼き娘を連れて行くのはどうなのか? そう俊明は言うのだ。


「静は数え9…いや、今は10になるのか。身体はそうであったとしても、あの娘の魂は未だ生まれ立ての赤ん坊のままだ。そんな娘を戦場に連れて行ったら、確実に悪影響があるだろうな」


断末魔に明確な方向性を持った意思は乗らない。如何に守護霊が強力な存在であっても、指向性のない”悪意”に対し、完全に遮断する術は無い。そこが厄介な点である。


「うう…」


俊明の指摘の通り、祈もその対策法が無い事を知っている。だからこそ、反論ができないでいた。


「でも、ここにシズを置いておく訳にはいかないのも事実でしょ?」


「…で、ござるなぁ。此処は最前線であり、帝都ではござらぬ。であれば、常に側に置く方が最も安全でござろう?」


マグアリアはつまらなそうに、武蔵は無精髭を撫で付けながら同僚の言葉に反論する。


「ちょっ…ちょっと待て、お前ら。俺は止める為に話をしているっつーのに、何で死国に行く前提で話してんだよ?」


「「違うの(でござるか)?」」


「ったりめーだろうがっ! 進んで守護対象を戦場へ送り出そうとする守護霊がいてたまるかよっ!」


「…ほら、そこに」


武蔵を指差し、祈は半笑いで俊明の問いに返す。


「…祈どの、それはあまりに酷き物言いではござらんか…」


「だから俺があン時言っただろ、武蔵さん。諦めろって…」


「…これ、本当に、拙者ずっと言われるので?」


「だから、諦めろって武蔵さん…」


「ごめんって、さっしー」


弟子である祈に人を殺す覚悟と殺される覚悟を無理矢理にでも教え込む為であったとはいえ、あえて危険な場所へと誘った前科があるだけに、武蔵はその時の事を言われれば情けなく声を挙げる事しかできない。


「ン、もぅ。話が逸れたわね。あんたの言いたい事はあたしも解ったわ。でも、イノリが考えている事も、当然解ってるはずよね?」


「そりゃな。でもそれは”帝国の都合”であって、本当の意味で祈の意思ではない。違うか?」


「…そう言われたら、確かにそうかも知んない。でも、”海魔”の人達の状況を考えると、ね…」


腹が立った。


たったそれだけの事で海魔衆の持つ”戦力”を、文字通り完全に潰してしまった以上、祈はその責任は持たねばならないだろう。今の海魔は、丸裸も同然なのだから。


「なるべく戦わないで済むなら、それに越した事は無いんだけれどねぇ…」


栄子のお願いは、帝国の手による死国の地の『完全統治』だ。上手く立ち回りできれば、別に必ず戦になる訳ではない…そんな欺瞞めいた言い訳が、祈の脳裏に出てしまうのは仕方の無い事なのかも知れない。他国の介入とは、それ即ち戦なのだから。


「それは無理な話だ。向こうにどれだけの部族があるか知らねぇが、それぞれに意地が、面子がある。当然、そんな奴等に対し”俺に従え”と言った所で、はい分かりました…なんて頭を下げるなんてのは、絶対にあり得ない」


従えようとするならば海魔の時同様に、圧倒的な力を見せつけてやらねばならないだろう。ギリギリでは駄目だ。圧倒的な力でねじ伏せ、相手の心を折ってしまわねば。


「ダヨネー。そうなるよねぇ…」


帝国の懐事情を考えれば、その様な圧倒的な物量をもっての侵略行為は無理だろう。また、できたとしても光秀の指摘の通り、そこまでする価値が死国の地には無い。


「…もしかしなくても、光秀様(あいつ)って優秀だった…?」


この場に居ないのを良い事に、本人の耳に入れば絶対に頭から湯気を出し激怒するだろう不敬過ぎる失礼な言葉を、祈は吐いた。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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