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第19話 その後始末的な話




 「……でもこれ、どういう仕組みなのかしら?」


 魔力を通してみて判った事だが、尻尾(コレ)は確かに祈の身体の一部だった。


 骨盤基部から派生し、しっかりと神経も、血管も通っていた上に、触れてみれば微かな体温を感じる事もできた。


 「武蔵さん。これ本当に、あの太刀なんだよな?」


 「恐らくはその筈にござる。拙者があれを抜いた途端、右腕から背中、そして尻にかけて熱を感じたと思ったら……手にしていた太刀が消え、ご覧の有様でござった」


 祈の四肢を覆う鱗ととほぼ同じ色のそれは、先端だけが異質であった。


 水晶の如く透き通ったそれは三つに枝分かれし、まるで槍の穂先の様に鋭く、刀の様に美しくも怪しく部屋の灯りを映し出していた。


 (尾の先端を見れば、あの材質不明の謎の太刀の面影が僅かながらもあるかも? そう見えなくも無い……かも知れない?)


 一瞬それに納得しかけた俊明だが、いや、あり得ねぇーから! と首を振った。



 「あれ以上、下らぬ奴らの相手をするのも面倒だし、頚を刎ねてしまおうとすぐそこに在りし太刀を拾ってみたら、肝心の刃が無くなってしまったので。仕方なし意識を刈り取った次第。お陰で、望殿に説明もできなく成り申した……」


 鞘だけを残し消失してしまった証の太刀を巡って、きっとあの盗人達は、今後熾烈な拷問を受けるのは間違い無いだろう。


 問題は、祈の身体の一部になってしまっている証の太刀の事を、どうやって説明するか、そしてどうやってそれを証明するかという……非常に頭の痛い話なのである。



 「……面倒臭ぇし、黙っとこか」


 「……それが一番かと」


 「家の方はそれで良いのでしょうけれど、イノリはどうするの? このままって訳にもいかないでしょ」



 目覚めてみたら、身体の一部から見知らぬ突起が生えてました。



 その衝撃は計り知れないだろう。


 「……うん。そりゃ困るよな。どーすべ?」


 「正直に言うしか他に手はござらんと、拙者は思うが? 元々家の宝刀として奉られていたものでござるし、取り出す事もできると考えるのが自然であろう」


 「でもイノリちゃん、ショック受けないかしら? ただでさえソコの脳筋侍のせいで、大きなトラウマ抱えちゃったのに……」


 「……拙者、一生言われるのでござろうか?」


 「諦めろ。自業自得だ」


 「そこは『煉獄(インフェルノ)』で消されなかっただけ、有情だと思って欲しいわね……」


 どこまでも物騒な守護霊達であった。





 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇





 「証の太刀、紛失」


 出立前の(たお)の耳に届いたのは、前代未聞の出来事であった。


 昨晩、賊が侵入して蔵の見張り2名が殉職したという話は聞いていたが、まさか家宝まで盗まれていたとは思わなかった。


 あの太刀はどういう理屈なのか判らないが、何故か尾噛の血を引いていない者が持とうとすると、その重量が実際より遙かに大きくなって抵抗してみせるのだ。


 他人には重すぎて持ち上げる事ができない為に、継承の儀の前に垰自ら蔵から引っ張り出してきたほどだ。


 その様な事情の為、いかに家宝とはいえ、誰も好んでその様な難事に挑む愚か者がいる訳が無いと思っていたのだが…まさか、本当にそんな愚か者がこの世に居るとは思ってもみなかった。



 「ワシに報告は無用なり。すでに家督は望にある」



 継承の儀を終えた前当主は、実権の無い隠居扱いとなる。


 未だ帝国の要職に就いてはいるが、垰は今日から尾噛の家での扱いは”ご隠居様”なのである。従って、この垰の言葉に間違いはない。


 「はぁ……しかし、よろしいので?」


 昨日まで、垰の命を至上の物として生きてき家臣は、当惑を隠せないのも仕方の無い事ではあるだろう。しかし垰も形式を重んじなければならない立場である。曲げる事ができないのも、また仕方の無い事なのだ。


 「くどい。ワシのこの身はすでに隠居だ。当主の命に従うがよい」



 垰の個人的な意見は、証の太刀なぞあくまでも継承の為の方便でしかないので、失っても大して痛痒は無い。どうせ失ったのなら、代わりに質の良い扱いやすい太刀をそれだと言ってしまえば、戦場で振り回せる上に士気高揚にすら使え一石二鳥、三鳥になるではないかとすら考えていた。


 さすがに立場上それを言うのは憚られるので、口にする事はしないが。


 (証の太刀に幻想を抱いていた節のある望には、絶対にできぬ発想であろうがな……)


 そんな望の今後を想うと、父親としても、前当主としても、心配せずにはいられない垰であった。





 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 前当主の心配をよそに、本日より尾噛家当主を襲名した望にとって、昨晩からの事件がいきなりの試練となった。


 賊の敷地内進入により、蔵を警備していた者2名が殺害された為、その遺体の埋葬と、家族への見舞金の指示。


 侵入者によって荒らされた蔵内部の片付け、賊2名の遺体の片付け及び検分。


 その手荷物から、蔵から家宝の持ち出しが発覚。持ち出された品物の確認と、数の把握の為目録の作成の指示。


 証の太刀本体の喪失。鞘のみが現場に残されていたと、何故か現場に居合わせたという最愛の妹からの言があり、その捜索の命令。


 捕縛した賊2名の容態の報告を受け、治療の指示と、今後の取り調べの方針の確認。


 他には継承の儀の片付けやら、出席縁者への挨拶と見送り。垰の出立準備の手伝いと、大小様々やることは本当に満載だった。


 (これじゃ、祈の所に遊びに行く暇なんか、全然無いじゃないか……)


 はやく大人になりたい…なんて無邪気に考えていた日々が、すでに昔日の遠い後悔の日々の様に、懐かしく感じてしまう望であった。



 とはいえ、やることはやらないといけない。


 二日酔いでズキズキと痛む頭の側面を、掌でコンコン叩きながら報告書に目を通す。


 昨夜の事件は、不可解な点が多すぎた。


 まず一つ。賊の遺体の状態である。2名の遺体は、どちらも手裏剣による外傷が死因だと思われた。


 その手裏剣が敵の手持ちの装備であった事から、仲間割れが原因なのでは? と、当初思われた。


 しかし、生き残りの賊が揃って「娘の姿をしたバケモノに一方的にやられた」と供述しているのだという。


 (伏魔殿と言われても仕方無いけど、尾噛の家はバケモノなぞ飼ってはいないんだけど…)


 娘と言われて、最愛の妹である祈の姿を連想した望であったが、”バケモノ”の言葉と結びつく訳も無く、頭の中で✕印を何度も付ける。


 (でも、何であそこの異常に祈が気付いたんだろう?)


 蔵に賊が居る。と、祈が警備を呼びつけたと聞いた。だから望は慌てて現場に駆けつけた。


 目の前に家の者2名の遺体と、賊と思しき見知らぬ男が二人倒れていたのだから、話を信じるしか無かった。


 そうなれば、事情を知るのは祈だけである。だから色々と質問をした。妹が関わってしまった事件でもある。当然冷静では無かったかも知れないけど。


 (でも、あのあと急に泣き出しちゃうし……心配だなぁ……)



 せめて、目の前の雑務を片付けてから考えるとしよう。


 その後、これを口実に離れに行こう。



 ちょっと気分が軽くなった気がした。





 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 「はぁ。死にたい……」


 離れの部屋の片隅に、祈は膝を抱えて蹲っていた。


 立派な尻尾に引っ張られて、着物の前が閉じれなくなっているために腿まで開けていた。


 もし祀梨がこの場にいたら、姫の立場としてはしたないぞと言われるんじゃないかと思われた。


 「いきなり何言ってんだ……もう起こってしまった事だ諦メロン」


 「土下座でござる? 土下座すれば許してくださるでござるか? 実は拙者、五体投地も得意でござるっ」


 器用に尻尾をゆらゆら左右に振り、もう一度死にたいと祈は呟く。


 「別にさっしーはあれで謝る事ないよ? できれば、事前に相談して欲しかったけど」


 人を殺す経験なんて、できれば一生したくなかったのは本音。でも、皆が言う様に『覚悟』が無かったのは、反省すべき事。


 誰かを守る為に、戦う術を欲した自分。


 なのに、戦う覚悟を無視したのも自分。


 守護霊が言う様に、確かに私はお甘い人間だったんだなぁと、祈は徹底的に思い知らされたのだ。



 「そもそも不殺(ころさず)の戦いなんて、到底無理な話だ。見逃せば恨まれ、後で必ず痛い目をみる。下手すりゃその場で、後ろからばっさりだ」


 「圧倒的技量差と消し様の無い死の恐怖を植え付け、敵の心を完全に折ってしまえば叶いまするが、それは精神的に殺害してるも同義にござる」


 「そんな面倒で回りくどい事するくらいなら、さっさと消し炭にしてしまった方が後腐れ無いわ。それなら一瞬で終わるんだし」


 マグナリアの言葉に頷く守護霊達。


 「やっぱ熟々(つくづく)脳筋だよな、俺ら……」


 「ござる」



 「うん。確かに今でもあの手応えっていうか、不快感はあるけど、その事はもう良いの。何れ越えなきゃいけない壁だったと思うし……」


 敵の鏢を投げた時の、あの感覚は多分一生忘れないと思う。


 狙った先に吸い込まれる様に、抵抗無くするりと入ったあの光景も…


 「じゃ、その尻尾の事かしら? 完全に隠せないのは判るけど……」


 目覚めた時の違和感と、その眼に飛び込んできた光景の衝撃(インパクト)による祈の反応は凄まじかった。今まで自身に無かった器官が、突然生えていたのだから当然であろうが。


 しかし、我ながら人間というのは、柔軟にできているものなのだなぁと、祈は心底関心もした。


 そして、自在に動かせるのを確認した時点で、祈はちょっと楽しくなっていたのだ。


 自分の身長以上に伸ばしたり、尾の穂先? みたいな部分以外は、ほぼ身体の中に収納できた。


 試しにやってみたら、尻尾だけで自身を支える事もできた。


 生えてしまったモノはもう仕方ない。こうして感覚が繋がってる以上、切り取りたいと思っても、きっと痛いに違いない。

 根性の無い自分に耐えられる訳も無いし、何より痛いおもいなんて……そんなの嫌だ。と云うのが彼女の本音だが。


 尻尾に関しては、祈は完全に受け入れるつもりでいた。


 「尻尾? ああ、もしかして…拙者が望殿に言ったアレの事でござるか?」


 武蔵の投げかけた一言で、祈の肩が大きく跳ね上がる。



 『祈、大丈夫だったかい? 怪我してないかい?』


 『大丈夫にござる。あと拙者のお尻が膨らんで見えるのは、できれば全然気にしないでおいて欲しいでござる』




 ああ、アレかぁ。


 二人は何もフォローできなかった。



 「うわあああああああああああああああああああああああん。”しかぶっ(※1)た”だけなら、まだ乙女として可愛い反応で済む可能性があったかも知れないのに、兄様にとんでもない誤解されちゃったじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」



 もうお嫁にいけない。死にたいと祈は泣き叫んだ。



 「土下座でござる? 土下座すれば許してくださるでござるか? 実は拙者、本当に五体投地は得意にござるぞっ」



 「ムサシ、アンタ消し炭になってみる…?」


 「そこは永世封印だけで留めておいてやろうや……」



 尾噛家の離れに、嫁入りを断念する乙女の悲痛な叫びと、侍の悲鳴がこだましたのであった。




※1 おしっこ漏らした

誤字脱字あったらごめんなさい。

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