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第187話 空を飛ぶ



「確かに、これは地獄だ…」


牙狼(がろ)(くろがね)の言葉の通り、”倉敷”の街は正に地獄の様相を呈していた。


建物の大半は焼け落ち、恐らくは街の中心部であっただろう広場には、地面が大きく抉られた様な破壊の爪痕が幾つもあった。


”米子”同様に、街の住人の眼に光は無く、ただ呆と痩せこけた身体を投げ出す様に座すだけであった。ただ、米子との大きな違いは、住人達の大半が怪我を負っていた点であろうか。


その中を牙狼兄弟が指揮する帝国の兵達が忙しく走り回り、街の住人達が冷めた様子でそれを眺めている…その光景はかなり異様に祈の眼に映った。


「蛮族の残党共の幾つかが野盗と化し、この一帯を荒し回っています。そこに”海魔”の襲撃まで重なっては、こうなるのも…」


死国(しこく)を本拠とする蛮族”海魔”は、内海域の周辺を支配する災厄だ。


内海の複雑な潮を巧みに読み、飛竜(ワイバーン)海竜(サーペント)を飼い慣らし、海と空の両面から同時に暴力と略奪の限りを尽くす生きた悪夢だ。


”潮流”という、海戦において大きな利を備えながらも、さらには魔物の力までもを戦に組み込む。内海に在る限り、”海魔”は常に無敵を誇っていたのだ。


「兄貴…いや、(はがね)様でも”海魔”相手には手を焼いています。それこそ野盗だけならば、訳も無いのですが…」


一兵卒からのし上がってきた生粋の戦人(いくさびと)である鋼は野戦、乱戦に滅法強いが、こと海戦となると、まるで勝手が違った。


それも当然である。帝国にはそもそも”海戦”を想定した纏まった戦力が、今まで無かったのだ。更に”海魔”にとっては、内海は文字通り”庭”である。その様な状況に引き摺り込まれては、端から帝国が勝てる訳なぞ無いのだ。


「そも(いくさ)上手の鋼様であっても、無理に海戦に付き()うては勝てぬのも道理でしょう…」


無理に相手の得意な分野(フィールド)で戦って何の益があるか。まず、()()()の思惑に引き込まねば、無駄な被害を被るだけだ。祈はそう言い切った。


「けっ。ずいぶんと好き勝手に言ってくれるなぁ、嬢ちゃんや」


チョイと驚かせてやろうと気配を殺し後ろから近付いてみれば、まさか自分の事を話題にしていては黙ってる訳にもいかず、鋼はつい口を挟んでしまった。


「ですが、事実でございましょう? 更には飛竜、海竜もおっては、相手にするだけ損でしょうに…」


「…ああ、そうだ。そうだよ、畜生。せめてこちらにも何人か魔導士がいりゃあなぁ…」


鋼はやけっぱちに頭をガシガシと掻き毟り、祈の苦言を嫌々ながらも受け入れざるを得なかった。良い様に蛮族共に遊ばれただけで何の戦果も得られなかった以上、何も言い返す事はできぬのだ。


確かに得意な訳ではなかったが、ただの軍相手の海戦ならまだ鋼にも幾らか戦いようはある。だが、そこに()()()()()()()()飛竜、海竜までも持ち出されては、”一般兵”しかおらぬ帝国軍に、全く勝ち目は無くなってしまうのだ。


「鋼様。()()()()()()、私達ですよ?」


「…あっ」


「帝国魔導士、総勢25名。勅命に従い”倉敷”の地に、罷り越しました」


祈の号の下、牙狼鋼に対し魔術師達は一斉に頭を垂れた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「逆説的な話にゃなるンだが、俺達が此処を占拠したせいで、”倉敷”の街はこんなになっちまったんだ…」


”軍”が街を占領すれば、当然、その駐留軍の規模通りを食わせるに必要な物資もそこに集められる。


ましてや、今までの支配者”獣の王国”が、絞れるだけ絞った後の”絞りカス”しか残らなかった街を恒久的に支配しようとすれば、それよりも遙かに多くの物資が必要となるのも自明だ。


当然、略奪を生業とする”蛮族”にとって、民が疲弊したままで支配が確立しておらぬ倉敷の街は、格好の餌場となってしまったのだ。


「野盗共は、倉敷の街周辺だけではなく活動の範囲を徐々に北へと広げております。このままでは、山間部の村々も(いず)れ…」


地図の一点を指し示しながら、鉄は憎々しげに吐き捨てる。


米子の港から運んだ物資は、道中の村で感謝を込めて迎えられた。まだ冬を越す為には充分といえない量でしかなかったが、彼らにとってそれは”明日”へと繋がる希望の糧だ。


それを暴力で奪おうとする奴らが居る。到底許せる訳なぞ無い。


「鋼様、”海魔”は我らが対処いたしましょう。その間に、野盗の方はそちらで…」


野盗達は、元は正規の訓練を積んだであろう(つわもの)共の果てだ。地の利を得て集合離散を自在に繰り返し、ゲリラ戦術を押し付けては散々帝国軍を苦しめてきた。だが、牙狼鋼は野戦、乱戦こそを最も得意とする将だ。それだけに集中さえできれば、勝機は充分に有る。


「嬢ちゃんは良いのか? 奴らは、かなりの手練れだぞ」


魔物を使いこなす”海魔”達は、少なくとも飛竜達に認められる程度には強い筈だ。如何に”英雄”と言われる魔導士達でも、24名程度の少数で”海魔”の対処ができるなどとは、鋼には到底思えなかった。


「ええ。問題ございませぬ。如何に”海魔”が飛竜、海竜を使い熟すといえど、そも私は”竜使い”でございますれば。彼奴等に『竜王』の力、見せてくれましょう…」


祈は、獰猛に嗤った。


暴力で奪うというのならば、こちらも暴力を持ってして奪ってやろう。奴らの、自信を、尊厳を、命を。


泣いても喚いても、絶対に許してなんかやんない。力で奪うのならば、それより遙かに強い力で奪ってやるだけだ。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



死国を本拠に在る”海魔”達の祖は、陽帝国の属領支配から逃げ出した豪族の子弟達だった。


何時の日か、帝国の支配から仲間達を解放しよう。そんな希望を持った獣人達の果てが、現在の蛮族である。


「けけけ。奴ら、態々わし達の腹を満たす為だに、たらふく食いモン貯め込んでくれとる。全く有り難え事だなぁ」


先祖代々続く彼らの経験が蓄積、伝承され、潮の流れを本能で読み取れる程になっていた彼らは、内海において確かに無敵の存在だった。


更には、飛竜を自在に乗りこなし、海魔を操る術を手に入れた彼らの戦力は絶大で、”獣の王国”が獣欲に駆られ攻め入ってこようとも軽く蹴散らしてやった程だ。


どこの国の兵か解らぬが、今”倉敷”に居座っておる奴らは、あの時の蛮族よりかは幾分”粘る”。だが、それだけだ。


()()のに、ちょいと時間が掛かったが、所詮、それだけ。ただの人間が扱う武器程度の反撃では、飛竜、海竜の鱗には効かぬのだ。


「丁度ええ潮がくる。さあ、船を出そう。わし達の自慢の船を。いくでぇ」


もう一度、徹底的に街を蹂躙してやろう。力の差を思い知らせてやれば、もしかしたら次からはこちらに貢ぎ物を差し出すやも知れぬ。獣人達は暫し妄想に耽った。自身達に都合の良い夢に。


だが、彼らはまだ知らない。


暴力で持って力を誇示する彼らをも遙かに超える圧倒的な暴力が他に存在する事を。


◇◆◇


(そう)ちゃん、琥珀(こはく)美龍(メイロン)。海は任せたよっ」


「おうっ」


「はぁい」


(はい)♡」


蒼は翼を広げ、波の上を飛翔する。


海面から頭を擡げる海竜の間を抜け、悉くその首を刎ねた。


琥珀は”海魔”達の乗る船の間を、自在に飛び跳ねた。


船上にて雁首並べる哀れな”海魔”共を、自慢の爪で、散々に引き裂いてやった。


美龍は岸壁に佇み、矢を番えしかと狙いを定めた。


蒼や琥珀が仕留め損ねた標的を、的確に撃ち抜いてみせた。


三人の伎倆は圧倒的だった。


念を入れ、魔導士全員に予め障壁の準備をさせていたが、不要だったかも知れない。


「…ちょっと、やり過ぎだったかな? でも良いよね。奴等には過ぎた夢だったんだ。此処で、今までの報い、受けさせようか…」


祈は両手で複雑に印を結び、ヒトガタを放った。


「我が召喚の声に応じ、出でよ! 東海青竜王敖広(ごうこう)っ、南海紅竜王敖欽(ごうきん)っ、西海白竜王敖潤(ごうじゅん)っ、北海黒竜王敖順(ごうじゅん)っ!」


祈の持つ最強、最大の式”四海竜王”が、長大な体躯をうねらせ、方々に天を駆けた。


ただ竜王が飛翔するだけで、余波を真っ向から浴びてしまった飛竜達は、悉く生きる事を諦め墜ちていく。背に主人を乗せたままに。


”倉敷”をただ享楽の為だけに蹂躙しようとした”海魔”達は、内海に全て屍を晒す事となった。


「じゃ、私達はちょっと”死国”へ行ってくんね? ちょっとだけ、お留守番お願い。って事で、明日から皆、国境の壁の建設をよろしく♡」


「「「「……へ?」」」」


四海を護りし竜王達を供にし、祈は内海を飛んだ。海を隔てたその先の島国へと向けて。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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