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第186話 地を往く



(…やはり、早まったのやも知れぬな…)


船から降り、夕焼けに染まる”米子”の街を一望した光秀(みつひで)の脳裏には”後悔”の二文字がでかでかと流れた。


中央大陸と列島を隔てる”外海”側に面したこの地は、交易で栄えてきた歴史ある”都市”だ。


大陸や”外海”に面する列島の他の都市とを船で結び、活発な商いが行われていたであろうその様子は、港に面した通りにずらりと建ち並ぶ大きな蔵からも、それが充分に窺い知れた。


だが、そこに暮らしているだろう人々の顔は、笑みを浮かべる気力も無いとばかりに、皆が一様に痩せこけ憔悴しきっていた。


瞳には光無く、明日どころか今日すらも見失っている。


”海魔”の影に怯える必要の無い米子の地に住まう民ですら()()だ。”獣の王国”を僭称する蛮族共は、一体どれだけの恐怖と圧政を民に強いていたのやら…光秀でなくとも、暗澹とした気持ちにもなる。


つまらなそうに船から降りる兵達を、腕を組みただ呆と眺める腹違いの弟の顔をチラリと横目で見ながら光秀は、自身に任せられた”領地”に思いを馳せた。


(どうやら(おれ)の方が、ずっと貧乏くじの様だ。優秀な光雄(みつお)ならば、この程度の問題なんぞ訳も無かろうて…)


ただ民が飢えているだけならば、光雄でなくとも統治は容易だろう。要は、民が自活できる様になるまで養えば良いのだ。むしろ、この程度の事で態々”皇太子候補”の中でも、特に頭の切れる光雄を遣わせた()の意図が全く読めぬ。光秀は首を捻った。


自身の評価に人一倍敏感な光秀の眼は、他人の事を客観的にとてもよく見えた。その”眼”が告げる。光雄の手腕ならば、今ある米子の地どころか、遠く”鳥取”にまで国境を押し広げ治める事すらも容易にできるだろう、と。


(やはり帝国(くに)は、己を切り捨てる前提でこの勅を発したのだろう…”候補”の中でも一番、己が無価値だからな…)


その事実を認めるには、光秀にとっても悔しい事なのだが、能力の面だけで考えれば”倉敷”に光雄を置く方が最善手の筈だ。


だが、実際の勅は逆だった。


”米子”は光雄で、”倉敷”は、光秀。


そこから導き出される結論は、自ずと見えてくる。つまりはそういう事なのだ。光秀は盛大に舌打ちをした。


「光秀様、光雄様。米子の地へ、ようこそお越し下さいました」


牙狼(がろ)(くろがね)が、二人の皇族を前に、恭しく跪き頭を垂れた。


旧国境砦に在った防衛部隊の一部から、先遣隊は遣わされた。現在倉敷に(はがね)と本隊が在り、副官の鉄は手配した物資の受け取りも兼ねての米子駐在だ。


「うむ、大義である。貴様の望む物資は、本国が全て揃えた筈だ。後にしかと確認するがよい」


この場に在る最上位者は第四皇子の光秀だ。形式上、最初に光秀が口火を切らぬ限り光雄は口を開く事も許されない。そもそも光雄は口を開く気なんぞ端から無いのだが。


「…はっ。全ては帝ご威光の賜物にございます。光秀様も、臣への慈悲深きご裁可、誠にありがたき…」


鉄にとって物資こそが”本命”であり、そこに付属してきた皇族共なんぞは、物の()()()に過ぎぬ。はっきり言ってしまえば、邪魔者そのものだ。


だが、ここで鉄が()()()()頭を下げねば貰える物も貰えなくなる。鉄一人が頭を下げるだけでそれが叶うのならば安いものだ。牙狼兄弟は、貴族達、皇族に全く信を置いていなかったのだ。


「…なぁ、(おれ)は早いところ休みたいんだが。この茶番、何時まで続けるンだ?」


この日、第五皇子光雄が初めて口にしたのは、形式全てを否定する言葉だった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



美龍(メイロン)、ホントごめんね?」


「主さま、全然気にしないでいいヨー。美美(メイメイ)が好きでコレやってるだけネ♡」


米子の街からは、徒歩での移動だ。祈達も、魔導士達も、兵達も。全員が自分の足で倉敷の地まで赴かねばならぬ。


鉄達は、倉敷から馬を何頭か引き連れてきていたが、これは全て本国からの物資を運ぶ為のものだ。これから倉敷の街まで、道中の村々に物資を配りながらの行軍となる。


移動だけでも幾日とかかる強行軍だ。当然、幼き(しず)の体力と足は保つ筈もない。最初こそ元気いっぱい張り切っていた静は、美龍に背負われ今は寝息を立てていた。


「まさか、こんなに早い再会になるとは。全然思ってもみませんでしたよ、姫様…いや、”尾噛”様。そうお呼びするべきですかね?」


「私の事は”祈”と。それで全然構いませんよ、鉄様。ああ、いいえ。やはり私の呼び名は、鉄様のお好きになさって下さって結構です…ただ、砦での”あの名”を出されたら、()()どうなるか解りませぬが…」


侘しき台所事情を抱え、オカズ少なく常に腹の虫が啼くひもじさに苦しむ砦の駐留兵達に、数々の美味なる大型魔物の肉をもたらした祈は、何時しか”肉の女神”やら”肉姫さま”の愛称で呼ばれ親しまれた。祈の記憶に在る、数多き黒歴史の内の一つだ。


『テメー、そんな恥ずかしい名で私のこと呼びやがったら解ってるよな? おぉん?』


…そういう事らしい。からかい半分で、ついつい砦での愛称で祈を呼びそうになっていた鉄は、背筋の凍る思いだった。


頭を振って恐怖を払い、鉄は倉敷までの道中の様子を話し始めた。


「正直、どこの村も飢えています。この一回だけでは、全てに行き渡らせる事適いませぬ」


聞けば蛮族の”統治”は、民から限界まで絞る方針だった様だ。


最低限度の種籾のみを残し、それ以外は全て徴収の対象。逆らえば殺され、足りなくば同様に殺される。家族を差し出せば許される場合もあると、農奴に堕とされた者も少なくなかったという。


「我々の部隊は、米子からの往復を繰り返す予定です。はっきり言ってしまえばこの作戦、余りにも非効率なのですが…ですが、この冬を乗り切れるだけの食料を民達に行き渡らせねば、帝国の統治は失敗します」


倉敷からでも海運による物資の受け渡しが可能になれば、単純に効率が倍になるというのに。鉄は呻く様に呟いた。


常に”食”の大切さを説き、”食の軍師”の二つ名を持つ鉄にとって、どうしようもない物資の不足が続く現状がどうにもやるせなかった。民こそが国の礎なのだ。その思いがあるだけに、鉄の苦悩は続くだろう。


「…”倉敷”の様子は、どうなのでしょうか?」


ふと、主達の会話が途切れる頃合いを見計らって琥珀(こはく)は鉄に問うた。


「…倉敷の街はね、米子と違って、正に地獄だよ…」


まるで体内に在る全ての血を絞り出して吐き出すかの様に、鉄はギリギリに言の葉を口の端に乗せた。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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