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第185話 海を走る



「うわぁ。おっきなおふね、すごい、すごいっ!」


(しず)、あんまりはしゃいじゃダメよー? 危ないネー」


新領地の統治軍は、帝の勅が示された後、すぐに編成された。


第四皇子光秀(みつひで)は、”倉敷”へ。


第五皇子光雄(みつお)は、”米子”へと一時封ぜられる予定だ。


統治軍の任務は、新たな国境の設定と砦の建設。そして、占有した倉敷、米子両都市周辺の再開発と統治だ。


略奪と暴力しか知らぬ東の蛮族”獣の王国”による支配は、民達を疲弊させるに充分過ぎる程、熾烈を極めていたらしい。


牙狼(がろ)(はがね)率いる先遣隊が彼の地に足を踏み入れた際、動じる事を知らぬ戦人(いくさびと)と讃えられてきた()()牙狼兄弟でさえ、あまりの惨たらしき状況に呆然と立ち尽くした程だ。


統治の前に、まず疲弊しきった民を癒やし食わせねばならぬ。


痩せ衰えた住民達から飢えを取り除く為には、先遣隊の持つ物資だけでは全然足りない。すぐに”食の軍師”(くろがね)の手で、物資輸送の手配が為された。


国土が増えるのは良い。大変喜ばしい事だ。


だが実際の所、帝国に『扶養家族』という名の無駄飯喰らい達が一気に増えただけに過ぎないのが現状だ。帝国の懐は暖まる事無く、出費だけが積み重なっていく。


(おおとり)(しょう)がこの報告を聞いた後に、きっと頭を抱えるだろう。だが、計画が動き出してしまった以上は、もう立ち止まる事は絶対にできない。


そして、いざ物資を運ぶにも海峡を越えてから陸路では、倉敷・米子の両都市までの距離はあまりにも遠すぎた。


その為、米子に湾港を置き、帝都から海路で一気に物資と兵を運ぶ計画が立ち上がる。


発案と責任者は、第一皇子の光公みつひろとなっているが、恐らくは彼の後ろ盾となっている徳田家による後継者レースへの得点稼ぎだろう。


輸送計画を万全に整えるならば、同時に倉敷方面も海路で物資の輸送を早急にするべきだ。


だが、倉敷方面への海路輸送には、大きな問題があった。


潮の流れが複雑な”内海”は、帝国の船乗りにとって忌避すべき難所であり、また死国(しこく)に住まう蛮族”海魔”の支配域でもある。迂闊に手を出す訳にはいかなかった。その為、倉敷への物資輸送は、安全を取って米子から徒歩で行われる事となる。


光秀の気が変わる前にと、急ぎ編成された二つの都市への統治部隊は、多くの必要物資と共に外海の潮に乗り、一路米子の地を目指す事となった。


「今日は良い風もあるし、波は穏やかで良かった。これからの季節は、荒れてきやすんで…」


「へぇ、そうなんですかぁ? でしたら、わたし達は幸運でしたねぇ」


「いや姉さん方、本当にツイてやすよ。酷い時なんざ、海の上で生きている俺達の中ですらゲーゲー吐く奴出まっせ…」


「うわぁ、そげん話、知りとうなかった…」


船の縁から溢れ出る、太陽と海からの光を受けてキラキラと輝く吐瀉物…想像しただけで胃の奥から何かが込み上げてくる様な錯覚を覚え、(そう)は胸に手を当てた。


「あははは。めーめー、もっと-。たかいたかーいして?」


「…主さま、やっても?」


「ああ、ダメよ静。危ないから、ね?」


「はーい。んじゃ、めーめー、かたぐるまー」


(はい)。了解ネ♡」


祈は静を連れてきていた。帝都に独り置き去りにする事は、どうしても出来なかったのだ。


これから赴く倉敷の地は、帝国最果ての地である。内海からは”海魔”の影があり、更には未だ飢えに苦しむ多くの民がいる荒れた土地だ。当然、安全とは程遠い場所である。


娘の身の安全を考えるならば、それこそ帝都に住まう兄の望に預ける選択が一番に決まっている。


だが、それが祈にはできなかった。独り残される静の気持ちを考えてしまうと、どうしても…


「…祈は、本当に(ほんなこつ)良か母親ばい」


「急になに? 蒼ちゃん…」


仕事仕事と、家族を一切顧みる事の無かった父翔の後ろ姿を思い出し、蒼は思わずそんな事を口にしてしまった。


確かに戦地(いくさば)に成り得る危険地域に、何の力も無い幼き娘を連れてくるなぞ、正気の沙汰とは思えない所行だろう。だが、その事を思い悩み、ついには選択をした祈の心意気に蒼は感心したのだ。


「よかや、なんでんなかばい。ふと思うただけっちゃんね」


「です、です。祈さまはサイコーですっ!」


「…急になんか胡散臭くなっちゃったなぁ…」


「えぇー。祈しゃま酷いですぅ…」


祈は、静の他に琥珀(こはく)美龍(メイロン)、蒼の仲間達全員を連れてきていた。


祈にとって、彼女達はただの従者でも、友でもない。言ってしまえば『家族』なのだ。離れて生活する事なぞもう考えられない程になっていたのだ。


家族の皆でなら、どんな苦難も乗り越えられる。そう信じて。



◇◆◇



祈達を乗せた船団は、上手い具合に潮と風を捉まえる事ができた。このまま行けば、夕刻前には米子付近に到達できる筈だと船長は言う。


「まず米子に着いたら、通達した通りに部隊を二つに分けるよ。倉敷方面へは私。米子方面の頭は、春日(かすが)、貴君にお願いする」


勅に従い、今回の作戦には帝国に所属する魔導士総勢72名の内、60名が動員された。


米子に36名が。倉敷には24名の編成だ。


都市防衛の観点だけで見たら、これは明らかに過剰戦力だ。城攻めの戦力ですら、この規模の半分以下が普通なのだから。


目に見える危険(リスク)が高い筈の倉敷方面の数が米子よりも少ないのは、帝国首脳部が”内海”よりも”外海”からの異変に対して、より危険視している証左でもある。


「私達の任務は、国境の壁の構築、及び砦建設の護衛。それと湾港施設の防衛……結構人使い荒いな……んっん。そういう訳だから」


翔から特にお願いされている魔導士達の”仕事”は、土の初級魔術<大地壁(アース・ウォール)>を用いた国境の壁の構築だ。


土の魔術は、他者への攻撃よりもどちらかというと、こういった土地の整備や建築の場面において重宝する。大地を深く掘り起こしたり、掘り起こした地面を平らに整地したりと、人の手でそれを行うよりも遙かに短期間で効率良くできるからだ。


魔術を修めるには本人の資質が必要な上に、膨大な費用(かね)もかかる。こと土木分野において土の魔術の有用性は万人が認めていても、”英雄”を土木現場に駆り出す訳にもいかぬ。その為、いつも計画倒れに終わっていたのだ。


今回の作戦の一番の肝が魔術で即席の壁を布き、後に補強し国境防衛の為の長城とする計画である。所属する魔導士全員が全属性の初級魔術の全てを修めたからこそできる、強引なまでに力尽くのマッチョな計画だ。


外海側から内海側までを結ぶ長大なラインに、国境の壁を建設する。


その距離を考えて、完成までには途方も無い労力が必要になるだろう。魔術でその基礎は省略できるのだとしても、まず到底常人の考えの及ぶものではない。


(何とも雑で酷い話だけれど、この子達の修行にもなるし…ま、いっか)


それだけであまりに雑な案に対し、安易にOKを出してしまう(責任者)も充分に酷いのだが。


「さて。それじゃ、もうすぐ米子だ。お前達の”初仕事”がこんな事になって、頭として本当に申し訳無く思う。先が見えない大変な任務だ。でも、皆で頑張ろう!」


祈は魔導士(愛弟子)達に頭を下げた。


急な決定で準備不足の上に、明確な期間も定まっていない任務。上役としてはあまりの情け無さで、頭の一つでも下げたくなる程のグダグダっぷりである。


「「「「応っ!」」」」


そんな悪条件でも、それでも、賽は投げられた。


(願わくば、この中の誰一人欠ける事無く、任務を全うできる事を…)


(はな)から神なんぞ信用していないが、祈はそう願わずにはいられなかった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

評価、ブクマいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。

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