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第179話 新たな国境3




「…嫌だ。(おれ)は行かぬ。絶対に()になんぞ行かぬっ!」


勅書を握りしめ、光秀(みつひで)は力無く叫んだ。


生まれて初めて受け取った”父”からの文が、まさかただの命令書だとは。知らずの内に光秀の瞳から涙があふれ出していた。


(…自分は、望まれて生まれた存在ではなかった)


その事実に、繊細な光秀の心は耐えられなかった。


ただの、政治的な力線の微妙な振れ幅によって生まれ出でただけの、無価値な存在。


成長し、それとなく周囲が見える様になってくると嫌でも理解させられた事実に、精神が耐えられなかった。


如何に切磋しようとも。如何に”実績”を積み重ねるべく奔走しようとも。


兄弟(ライバル)達の方が、遙かに周囲からの評価が常に高いのだ。まるで、光秀の努力の全てをあざ笑うかの様に。


第四皇子のちっぽけな自尊心(プライド)は、簡単に折れた。


それでも、母の実家が後ろ盾になってくれていたお陰で、光秀はまだ”皇子”でいられた。


だが、その伊武(いぶ)家も、心優しき母も、今はもう無い。


側付きの便女に聞けば、どうやら伊武家は帝の不興を買い、全員が()()()()しまったらしいというのだ。


(この国で()の不興を買うと、家ごと消さてしまうというのか…)


そんな冷酷な事を平然と行える人間の血が、自分の中にも流れている。


それが、光秀には恐ろしかった。


だから引き篭もった。


何も成し得ず、例え何かを成し遂げようと、それを評価されないのであれば、もう何もしない方がマシだ。


下手を打てば”消されて”しまうのなら、尚更だ。


だのに。


まさか、引き篭もり(それ)すらも赦されぬというのか。心優しき母を消した様に。”父”は、息子を消すつもりなのか。


だから、光秀叫んだ。


「嫌だっ! 外は嫌だっ! 己はまだ死にたくないっ!!」


彼が倉敷の地を踏めるのか否かは、まずは周囲の説得にかかっていた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「…ふん、面倒な事だ」


勅書にざっと目を通し、光雄(みつお)はつまらなそうに鼻を鳴らした。


帝が行けというなら、面倒だが行ってやろう。勅書を出されてしまった以上、どうせ誰にも断れぬのだから。


それに、自分がやることは、何処に居ようが変わる筈なぞない。


「…相変わらず(ちち)は、達筆過ぎるから困る」


帝御自らが認めたであろう書を一瞥しただけで、光雄は正確に”父”の”意図”を読みきっていた。


光雄は、端から後継者レースなんぞに興味は無かった。後ろ盾となった牛島家の面々達は、光雄にとって煩わしい雑音でしかなかったのだ。


そんな口うるさい牛島の家が、知らぬ間に存在すら帝国から消え失せて、光雄は清々していた程である。


(面倒な帝の椅子なんぞ、他の皇子にくれてやる。(おれ)は”世界の理”の、ほんの一端さえ掴む事ができれば、それで良い)


『朕の六人の息子の中で、光雄が一番頭が切れて、物事を奥深く、幅広く捉えられる。もしアレが正しく”皇帝”であろうとするのであれば、恐らくは朕の最も理想とする”真の皇帝像”そのものになるやも知れぬ…』


光輝(こうき)は、そう彼を評価した事もあった。


だが、ならば何故、帝は早々に光雄を後継者へ指名しなかったか?


光雄が皇帝になるには、如何とも為様の無い致命的な欠陥が、彼にはあったからだ。


「ふん。帝国がどうなろうが、どうでも良いわ。予はただ、世界の全てが知りたいだけなのだ」


帝国(くに)に何の関心も、愛着も無い者が、どうして(まつりごと)頂点(トップ)に君臨できようか。


光輝は諦めざるを得なかったのだ。彼を皇帝の座に押し上げる事を。


皇帝になるつもりが無いのならば、もう仕方が無い。そこは諦めよう。だが光輝は、彼の優秀過ぎる才能までをも諦めるつもりは無かった。


だからこその、勅命である。


彼の”実績”の場を作り、政への関心を少しでも持たせようと。その為の、勅であった。


「望まれるのであれば仕方無し。偶には予も働いてやろう。蓄えた知識の実践の場と思えば、それなりにやる気も出るだろうさ…」


書の山に埋もれ、埃を被りながら、光雄は不敵に笑う。


彼にとって目下最大の問題は、この今にも床が抜けそうな程に積み上がった様々な書籍を、どう米子の地に運ぶか…ただ、それだけだった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「おかえりなさいませ。かあさま」


「ただいまー、(しず)ちゃん。良い子にしてたカナー?」


勢いよく飛び込んできた愛娘をしっかりと抱き留め、祈は慈しむ様に静の頭を撫でた。


静は少し前まで祈の姿が視界の端にすら無いと不安で泣き喚いていたが、今ではお留守番もできる様になっていた。


母である祈に依存しきっていた以前の様な不安定な精神(こころ)は、今の静には無い。やはり邪竜の”判断”は、正しかったのだろう。


「主さま、おかえりネー。静は良い子でお留守番してたーよ。美美(メイメイ)が保証するネ」


「だよー、かあさま。めーめーといっしょにおるすばん。わたしがんばった」


祈に頬ずりしながら、静は嬉しそうに報告する。


『かあさまのいいつけをまもったわたし、えらい』


という事らしい。


「そっかー。静はえらいねー」


「うきゃーっ」


祈は静の頬に自身の頬を重ね、ぷにぷにもっちもちの肌を味わいながら静の背中を優しく叩いた。


「明日かあさまはお休みだから、いっぱい遊ぼうねー、静ちゃん」


「うんっ! えへへへ…」


小さい子特有の高い体温を肌に覚え、祈は今の幸せを噛み締めた。


(…本当に、私は罪だなぁ。これから、他人(ひと)様の息子達を戦地(いくさば)へと送るというのに、自分の娘はこの手にしっかり抱いて…)


幸せを感じつつも、祈は片時も”愛弟子”達の事が頭を離れなかった。


最低限度の”死なせない為”の教育は、彼らにしたつもりだ。だが、それが正解だったのかは、祈自身すらも、まだ解らない。


そして勅書には、ただ『魔導士達を編成し、赴任地へ送れ』と書かれていただけで、魔導士達の任務というのが、ただの占領地の駐留になるのか、はたまた最前線を駆け戦うのか…それすらも解らないのだ。


(最悪の場合は、私も最前線に立って指揮しなきゃならないの…かな?)


もしそうなってしまった場合、静を帝都に残して行けるのか? もしくは、戦地まで連れて行く覚悟が持てるのか?


(…どちらも、できそうにない…なぁ…)


そんな”母”の葛藤を知らぬ”娘”は、嬉しそうに、ただずっと母の頬に自身のそれを合わせていた。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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