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第178話 新たな国境2



第四皇子の光秀(みつひで)は、覇気の全く無い無気力な男だった。


後ろ盾になっていたのは、代々武門を誇る伊武(いぶ)家だ。だが、とある事情から伊武家は帝国史から完全に抹消されてしまった。


そのためか、周囲から脱落者の烙印を押され、今では奥の院に引き篭もり外に出て来る事も無くなってしまっていた。


第五皇子の光雄(みつお)は、とかく”知識欲の権化”とも言える変わった男だった。


後ろ盾になっていたのは、伊武家に次ぐ古い歴史を持つ牛島家だ。だが、こちらも伊武家同様、帝国史からその存在を消されている。


だが、そんなもの光雄には何の痛痒も無かった。彼は、自身の知識がより豊かに深まればそれで良かったからだ。彼も光秀同様、奥の院から出て来る事はまず無い。


両者が共通していたのは”引き篭もり”という、とかく皇族には絶対にあってはならない(さが)だ。伊武も牛島も彼らを擁立した事を後悔しただろう事は想像に難くない。彼らが如何に優秀であったとしても、このマイナス面を補填するには余りにも影響が大き過ぎるからだ。


全然見ていない様で、わりと後継者候補達をしっかり見ていた光輝(こうき)すらも、彼らを皇太子に指名するつもりなぞ一切無い。


だが、だからこそここで彼らに”実績”を作らねば、第六皇子の一光(まさみつ)の功績だけが突出し過ぎて目立つ。


そうなれば、第一皇子の光公(みつひろ)を擁立する徳田(とくだ)家と、第二皇子の光路(こうじ)を推す蘇我(そが)家が黙っていないだろう。


帝の本命は一光であり、彼を魔の森に追いやったのは、皇族の暗殺すらもやりかねない大貴族達から眼を背けさせる為の策なのだ。



『光秀と光雄の両名を、新たな帝国領となった都市、”倉敷””米子”へと派遣し、その統治を持って、両名の”実績”とす』



光輝の策は、ある意味とても悪辣だった。


後継者の大本命である一光を護る”弾除け”に、それよりか劣る息子の二人を充てようというのだから。


成功すれば他の競争相手の標的として使い捨て、失敗すればそれを口実に廃嫡する。光輝は父親で在る前に、どこまでも皇帝だったのだ。


”倉敷””米子”と、その周辺地域の占領は、帝国にとって正に”棚からぼた餅”を絵に描いた様な出来事であり、それに纏わる益に固執する必要は無い。それより、次代の優れた帝の誕生を確たるものにする方が、よほど国益に成り得る。そう光輝は考えていたのだ。


「でも、だからと言って、その為に優秀な人材をドブに捨ててしまう様な策は、流石にどうなのかなぁ…」


(おおとり)(しょう)は、執務室で一人頭を抱えた。


帝の考え方は大凡(おおよそ)理解した。いまいち釈然としないが、帝が自分より遙かに遠い目線で物事を考えている事には、素直に関心もした。


だが、その為の資金(かね)を工面するのは、今は空位となって久しい宰相の代わりでもある翔の役目だ。はっきり言ってしまえば、捨て石の為の資金なぞ出せぬ。そのくらい厳しい。


「ああ、財務尚書から何言われるやら…小言だけじゃ、きっと済まないだろうなぁ…」


年末に想定していた”対蛮族”の防衛予算は、そのまま占領統治への予算に回すが、それだけでは全然足りない。


ましてや、必要となったその膨大な資金は、捨て石として消える可能性が高いときてる。その事が知られては、確実に小言だけでは済まないだろう。


「流石にこれを望クンに相談する訳には、いかないだろうなぁ…」


無駄に責任感の強い望の事だ。下手を打てば、どちらかの地に赴くとも言いかねない。彼と愛娘の縁談の為にも、なるだけ伏せておいた方が無難であろう。


「だからと言って、ボク一人だけの手ではとてもじゃないけど持て余す…」


『帝国に人材(ひと)無し』


良く云ったものだと、翔は関心する。


その原因となった牛頭(ごず)(ごう)の存在が、本当に、どこまでも、どこまでも祟る…翔は大きく舌打ちした。


「いや。豪クンだけの責任じゃない…国が長く続き過ぎた弊害かなぁ」


国が長く安定すれば、それだけ上層部が腐り、下が育たなくなる。ほんの200年前に滅亡の一歩手前まで逝きかけた”帝国”ですらこの惨状なのだ。


(他国の現状は、一体どうなのだろうか?)


翔は思案の海に、一人船を出した。簡単に言えば、それは”現実逃避”という…



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「う~ん…」


帝から届いた書簡とにらめっこをしながら、祈はうんうんと唸り続けていた。


「祈さま、一体どうなさいました?」


如何にも”困っています”オーラを出し、”構って下さい”と背中で語る主の気持ちに、ちゃんと応える()()()従者の琥珀(こはく)は、内心悦に浸った。


祈は無言で、書簡を琥珀に手渡す。


「ふんふん…」


書簡には


『魔導士を新たな直轄領となった”米子””倉敷”に派遣せよ』


その一文があった。


琥珀は祈が唸っていた理由はこれかと、得心がいった様だ。


新たな領地とは、言ってしまえば国境(くにざかい)であり、最前線だ。その緊張感は、戦場(いくさば)と何ら変わりは無いだろう。


…今年の春先に、そんな危険な所でのんびり釣り糸を垂れていたのは、一体誰だと言われればそれまでなのだが。


だが、その様な危険な所に、手塩にかけた愛弟子達を送り込めとの勅だ。祈が唸るのも仕方の無い事だろう。


「ですが祈さまぁ、これは勅書です。もう覆る事は、絶対にありませんよ?」


だからこそ、副官である琥珀は言わねばならない。時折、酷薄な事を平然と口の端に乗せはするが、祈の本質はどこまでも甘い夢想家だ。琥珀としては非常に心苦しいが、主に現実を突きつけてやらねばならない時がある。今が正にその時だ。


「…なんだよねぇ…そりゃ、私だってあの子達がなるだけ死なない様に、色々訓練したつもりだよ? でも、いざこれが現実となると…うん…」


だが、帝国の戦略は間違っていない。


魔導士が一番の得手としているのは、拠点防衛である。今や帝国に籍を置く魔導士は、祈含め総勢73名だ。部隊を二つに割ったとしても、それぞれが他国の魔導士と充分にやり合える戦力が有る。


「編成、考えなきゃ…ね」


戦局によっては帝国籍の魔導士だけでなく、他家に仕える魔導士達も動員せねばならぬ事態になり得る可能性も視野に入れねばならないだろう。


そのためには、なるだけ偏りの無い様にしないといけない。また要らぬ仕事が増えた。早く家に帰って(しず)といっぱい遊びたいのに。祈は頭と胃が痛くなる思いだった。


「まぁ、でも。祈さまご自身が戦場へ赴け…なんていう勅書でなくて、まだ良かったのでは? 今は、静さまの事もございますし…」


「琥珀、それ”フラグ”って言うらしいよ? こないだとっしーがそんな事言ってた…」


「……あ……」


誤字脱字があったらごめんなさい。

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