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第17話 落第にござる。




 「へへへ……見つけたぜぇ。これがお宝の刀だな」


 戦場には似つかわしくない、あまりにも華美過ぎる鞘と拵えをした太刀が、無人の部屋に安置されていた。


 もし仮に、この様な煌びやかな太刀を持った武者が戦場を駆けていたら、周りの兵が黙っている訳も無い。すぐさま手柄首だと殺到するはずだ。


 この太刀を持って、戦場を思う様に縦横無尽に駆け、押し寄せる敵をばったばったとなぎ倒す…そんな夢想に、雷太は心を震わせた。


 今まで地味な諜報活動ばかりで、自身の武勇を示す機会がついぞ訪れなかった。


 しかし、きっとこれからは違う筈だ。


 敵国の、しかも有力な武将の家から家宝の刀を盗み出し、その宝刀を持って、敵兵を存分に斬りまくる。


 それを大々的に喧伝してやれば、さぞかし武将は悔しさに歯噛みする事であろう。


 その妄想は、雷太にはとても魅力的だった。


 「ようやく俺にも運が巡ってきたみてぇだ。くくくく……」


 わっしと無造作に太刀を掴み持ち上げる。


 (……うおっ、重っ?!)


 見た目から想定した重さと、自身の腕と肩にのし掛かった負荷に、大きな乖離があった。太刀を持ち上げられずに、たまらず雷太はバランスを崩し、一瞬前につんのめる。


 「なんだこれ? なんだこれ?」


 雷太は、当然ながら刀を用いての戦闘経験もある。いくらこのお宝の刀が、重く扱いの難しい大太刀とはいえ、重量の見当を大きく外す筈が無いのだ。


 しかし、それは雷太には片手で簡単に持ち上げられない程の重さだった。雷太は激しく動揺するも、両手でえいと太刀を担ぎ上げた。


 「こりゃ、売っ払っちまう方が正解かも知れねぇなぁ…俺が扱うにゃ、ちぃっとばかり重すぎらぁ」


 これを振り回す?


 冗談じゃ無い。すぐに両腕が疲れて使いモンにならなくなる。こんなのを戦場で扱うのは、とてもじゃないが無理だ……


 雷太の中であまりに甘美過ぎた妄想という名の未来予想図は、恐らく実現する日など永久にこないだろう。





 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 「なんだ、なんなんだこの女……今の、全て防いだのか?」


 仲間二人の動きを封じた手腕から、いきなり現れた小娘は魔術師だと、影はすぐさま判断を下した。


 なれば、詠唱の隙を与えずに殺すのが一番だ。その戦略は絶対間違っていない筈だ。…筈だった。


 しかし目の前の小娘は、影の想像した様な()()()魔術師ではなかった様だ。


 目の前の小娘は、影が必勝の気合いで投げた鏢を、避けるのではなく、その場を動く事なく全て素手で掴んで防いでみせたのだ。


 「ふむ。すかさず手裏剣を投じた判断はよし。だが、そこから一気に間合いを詰めんのでは、片手落ちでござる。この様に無効化されてしまえば、結局はみすみす詠唱の隙を与えるのだぞ?」


 小娘は、まるで指導するが如く男の行動を批評した。


 その容姿があまりにも整っているからか、余計に冷徹で酷薄な視線が、男には痛く鋭く突き刺さってくる気がした。


 「くそ。バケモノがっ……!」


 「ふん。己が未熟を認められぬ盗人風情に、バケモノ呼ばわりされる謂われはござらんよ」


 (えぇぇ? 私、どーなってんの?)


 (祈、落ち着け。今武蔵さんがお前を動かしてる)


 (この脳筋無精髭めぇ、あたしもイノリちゃんと合体したい……)


 祈は混乱の極みにあった。


 視界も、肉体の感覚もいつも通り。


 なのに、自分の意思で身体を一切動かせない。


 自分の身体の中に、自分と武蔵がいる。それは感覚的に判る。


 なのに、身体の主導権は、武蔵にある……これがとてつもない違和感となって祈の混乱をより煽っていた。


 (祈殿、落第にござる。ここよりは、拙者からの補習とあいなり申した)


 (えぇ、落第? 補習って??)


 (身体の感覚を、そちらにも持たせておりますれば。これから拙者の動きを、その身でもって覚えてくだされ)



 影は動けなかった、


 小娘に一切の隙が見出だせないからだ。


 ────動けば、確実に殺られる。


 そう確信できる程に。


 ほぼ終わったという諦めを、とてつもない技量の差を、目の前に立ちはだかっただけなのに、そう無理矢理に理解させられた屈辱。


 「さて、『物を投げる』という動作は、世の動物にとって非常に不自然で難しいと、さる学者先生から聞き申した。しかし、この動作ができるという事が、自然に生きる者として、非常に有利と言えるのでござる。そしてその中でも、人こそが一番上手く、それができるのだそうでござる」


 急に小娘が、何かに語りかけ始める。



 ────俺を無視してる? いや、誰かに指導しているとでも云うのか……?


 影の男は娘の意図が読めずに、困惑の度合いを深める。もしこれが時間稼ぎならと考えると、影にとって薄寒い未来しか待っていないだろう。


 「術が解けたっ! 助太刀すっ……」


 そう叫ぶや否や、ウスノロと呼ばれていた男が、小刀を構えて娘に突進しようとしたのだが、影がそれを認識した時には、すでにウスノロは床に倒れ伏していた。


 「……この様に、腕だけでなく、全身の関節を連動する事によって、速度が生まれ、貫通力が増すのでござる」


 ウスノロの両目に、影の自慢の暗器がほぼ根元にまで深々と突き刺さっているのが見えた。確実に即死だ。


 「頭というのは、人体の急所の中でも特に重要な部位でござる。ここを狙って打撃を与えられるのならば、積極的に狙っていくべきでござろう。しかし、額は骨が厚く、咄嗟の防御にも使える程にとても堅い部位でござる。敵を瞬時に無力化する必要がある時、狙うのは得策ではござらん。斯様な場合は、この様に眼を狙うのでござる。眼の奥の骨は薄く脆いので、簡単に攻撃を脳まで到達でき申す」


 (ちょっ、なにそんな簡単に殺して……)


 目の前の光景と、それを実現させた自身の感覚…手裏剣を投げた時の動作の感覚を反芻し、それに基づく結果が思考で結ばれた時、祈は猛烈な不快感と深い悲しみを覚えた。


 (抗議も泣き言も許しませぬ。拙者が憑依せなんだら、祈殿はすでに死人にござる。死人は戦場の事に口出す権利などござらん。このまま殺す覚悟も、死ぬ覚悟も無い甘いお人であり続けるのであれば、無理強いをしてでも、人を殺める感覚をその手で覚えていただく次第にござる)


 (えげつねぇ……そういう事かよ)


 (丁度良い機会かと思いましてな。祈殿が拙者等に請うた技術の本質は、正にこれであれば)


 (ムサシ……アンタ、絶対あとで泣かすかんね?)


 「最初の男に麻痺術をかけた後、せめて両手だけでも縛るべきでござったな。本来なら、ここでも死んでござったよ?」


 そう言いながら、武蔵は麻痺術によって倒れたままの男の心臓を、鏢で撃ち抜いた。


 (やめて、やめて……そんなに簡単に殺さないで…)


 (ここで殺らねば、祈殿はまた死んでおりますぞ? 都合2回はすでに死んでおるのに)


 今まで影は、恐怖で竦み上がり一歩も動けずにいた。



 一息毎に、仲間が死んだ。


 次は、自分だ。



 そう思い立った瞬間、影は自分でも驚く程に素早く動いていた。


 影は娘に向けて、残っていた全ての鏢を一気に投げつけると、蔵の出口へ一目散に駆け出した。


 蔵を抜けた所で上司の姿を見かけ、俺は生き残れた。そう安堵しかけた瞬間、影の両脚と両肩に灼熱感が襲いかかる。


 ……あのバケモノがそれを許す筈は無かったのだ。影は痛みに身動きがとれないまま、顔から地面に倒れこんだ。


 「おやびん、すんません。逃げて。バケモノが……」


 「うおおお、何があったっ?!」


 影を追い、悠々と蔵から出た武蔵の前に、証の太刀を両手に抱えた男が……雷太が立っていた。


 「ほう。盗人の親玉か。貴様にその太刀は過ぎた代物にござる。この場に置いて早々に立ち去れぃ」


「てめぇ、俺の仲間を傷つけやがって……許せねぇ。許さねぇぞ」



 雷太の背中から、怒りと殺意を含んだ闘気が大きく立ち上っていった。




誤字脱字あったらごめんなさい。

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