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第169話 静



少女の名は、(しず)という。


魔王の因子によって魂の内から食い尽くされ、霊体に幾つもの虚を穿たれて自我を喪った少女は、”複製人形コピーロボット型式”祈’(いのりダッシュ)の疑似魂魄に宿った自我を移植され、こうして蘇る事ができた。


「かあさま、かあさま…」


静は、祈の後を健気にもちょこちょこと付いて回る。所謂”刷り込み”によるものだろうか。長い眠りより目覚めてからの静は、祈の事をしっかりと”母”として認識していた。


もしかしたら、完全に消去した筈の祈’の記憶がどこかに残っていて、それに認識が引っ張られているのかも知れない。とは、俊明の談だ。


いきなり現れた娘に母などと呼ばれては、祈も困惑しかない。それに、周囲も寝耳に水だろう。


当人の自己申告でしかないのだが、静は数え九つなのだという。()()が、自分とほぼ同じ背丈とか。祈は本気で泣きたくなった。


(そりゃ確かに部下共から散々”ちんちくりん幼女”なんて言われる訳だよ…まさか、そこまで私小っちゃかったの? うう、コンチキショーっ!)


心の奥深くで慟哭した祈だったが、とんでも無い事実に思い当たり盛大に顔を顰めた。


「…ちょっと待って。あの子、私が数え四つの頃に産んだ娘って事になるんだけど…?」


何度も何度も『私は、お姉ちゃん。良い? お・ね・え・ちゃ・んっ!』と、泣く子も更に泣くだろう顔面圧力を徹底的に加えながら訂正しても、静は頑ななまでに祈の呼称を”かあさま”から変えなかった。


これが世間に明るみに出たら、”尾噛家”として対外的にもかなり問題がある。


『帝国内の資格を持つ男性の縁談を全部断ったのは、幼い頃に産んだ愛娘の為だったっ!!』


…等と、在りもしない事実を元に噂を流されてしまったら、帝国貴族として社会的に死ぬと同時に、自身の婚期も確実に死ぬ。即死だ。


元より養女として迎え入れるつもりでいたので手続きはとうに済んではいたが、流石に噂が流れてからその様な事を言っても遅いだろう。


早めの内に、根回しと工作を行わねばならない。社会的にも人生的にも、祈はまだ死にたくなかったからだ。


そして何より、静の容姿が問題だった。


「むっふっふっ。我が愛しき娘の娘ならば、即ちそれ我の娘と同義。なれば、我があの娘に何をしても良いと云う訳じゃっ!」


祈の内に棲む証の太刀の本体…邪竜は、静という新たな”玩具”を見つけやたらと張り切った。大ハッスルだった。


「娘の娘は”孫”ってーんだ、覚えとけ」


一応俊明は、ツッコミを入れると同時に止めたそうなのだが、そんな程度で止まるような人間(?)ならば、最初から討伐されるまで暴れる訳なんか無い。人類種だった筈の静の身体は、一夜明けたら完璧なまでに竜隣人のそれに変化していた。


それ所か、二日目の朝には…


「かあさま、私にもしっぽ…」


「尾おぉぉぉぉぉぉぉっ?!」


祈と同じく純白の尾が、静の臀部からぬるりと生えていた。その先端には透き通る様な刃は見当たらなかったが、鋭い棘の様な鱗が生えていた。


静の身体の変化は凄まじく、短期間の間に完全に祈の身体の特徴のそれとほぼ一致するまでになっていた。これでは、『この娘は親戚筋から養子として迎え入れたのですのよ、おほほほほほ…』等と宣った所で、もう誰も信用なぞしないだろう。どう足掻いてみせても、静は祈の子だと思われる事は明白であった。


「…参ったナー、知らない間に、数え四つの頃産んだ娘が出来ちゃったよ、私…」


「うん……うん? 祈さま、相当…お疲れです??」


…大丈夫ですか? おっぱい揉みます?


琥珀(こはく)は、心配そうに自身の豊満な両の胸肉を持ち上げる様に祈の前に差し出した。


「ごめんなさい、祈しゃまっ! 冗談、じょーだんですってばぁぁぁぁぁぁ、いだっ。いだだだだっ! 抓るの、だめっ。引っ張るのもっとダメぇッ! 捻るの、らめぇぇぇぇぇぇっ!!」


持ちし者には、持たざる者の気持ちなぞ、これっぽっちも判らぬ。


祈は力の限りに琥珀のおっぱいを徹底的に蹂躙し尽く(八つ当たり)した。それこそ、琥珀が泣いても、鳴いても、啼いても絶対に手を抜く事はなかった。


「良いなぁ…美美(メイメイ)も、主さまにいっぱい、いっぱい、いぢめて欲しいよー」


その様子を羨ましそうに美龍(メイロン)が指を咥えて遠くから見ていた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



変質()わってしまったのは、もう仕方が無い。祈達は諦めて現実を受け入れる事にした。


唯一の救いは、祈のそれに近い容姿になれたと、思いの外静が喜んでいた点か。これで泣かれでもしたら、到底目も当てられなかっただろう。


「しかし、邪竜どのには参りましたなぁ…」


「あいつ、かなり鬱憤溜まってた臭いしなぁ。静の後ろの守護霊達にゃ悪いが、もう遅いか」


「だから燃やしちゃいましょうって、あれほどあたしが…」


「「そういうの、もうええ(でござる)から…」」


どこまでもブレないこの同僚に、二人とも諦めの境地に達していた。


「ちょっと視てみたんだけど、あの子、魔術の素質は、ひょっとしたら私よりあるかも知んない…」


「マジか? 万が一反乱されちまわない様に、戦闘力を完全に排除する設定にした筈だが」


後退著しい額をピシャピシャと掌で叩きながら、俊明は驚きを露わにした。戦闘力皆無だった筈の祈’を基に魂を再生した静の内に、まさか祈よりも高い魔術の素質があるとは。どうしてもそれが信じられない様子だった。


「ああ。だから”私”は何の能力(ちから)も持ってなかったんだ…」


「お前が気を悪くするといけないから教えなかった。ま、ホント今更だがな」


今後、複製人形型式は封印するつもりだと俊明は言う。このまま使用を続けた場合、第二、第三の祈’が発生する可能性が極めて高いからだ。


ただでさえ希有な筈の魔術の素質が、祈’を基にした魂からあっさりと出て来てしまったのだ。これ以上この世界のパワーバランスを崩すのは非常に憚られる。これも今更と言われれば、本当に今更な話なのだが。


「魔術なら、あたしの出番よね? イノリ、シズちゃんの修行は任せてよねん♡」


「ダメ。まだ静は子供だかんね。マグにゃんの影響受けちゃったら困る…」


なんでもかんでも、殲滅魔法で燃やしたがるこの(オーガ)の女は、絶対子供の情操教育に悪影響を及ぼすだろう。


この娘の人生に責任を持つ。その覚悟があればこそ、マグナリアにだけは決して任せる訳にはいかない。祈も必死なのだ。


「ガーン、酷い…」


懐いてくれているとばかり思っていたマグナリアにとって、愛娘のこの言葉の衝撃は途轍もなく大きかった。ゆっくりと両の膝から崩れ落ち、そのまま置物の様に真っ白になった。


(ま、どうせあの子の眼に守護霊達(みんな)は映ってないから、指導なんかできる訳もないんだけどねー)


霊界に通じる特殊な身体を持つ祈だからこそ、守護霊達の指導を受ける事が出来た訳であり、いくら静が邪竜の血の継承という特殊な身体を得た特異性を持っていたとしても、不可能な事は、当然不可能なのだ。


魔術云々の前に、静に読み書き計算を教えなければならない。”獣の王国”もそうだが、その前に彼の地に在った国でも、住人達の識字率は帝国と比べるべくも無い程に惨憺たるものだったからだ。


自身を護る術は、帝国貴族としての最低限の知識、教養を身につけてから後の話だ。まずは、貴族(この)世界を泳ぎ切る為に、生きる(処世)術を持たせなければならぬ。飯の種は、その後からでも充分の筈だ。


「…お母さんになるって、こんな気持ちなのかなぁ…? どうも、何か違う気がするんだけど…?」


「かあさま、かあさまー」


着物の裾をしっかりと握り甘えてくる静の頭を優しく撫でながら、祈は静に気付かれない様に、少しだけ首を捻った。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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