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第167話 本人と複製



草木も眠る丑三つ時。


祈の守護霊+オマケによるミーティングが、久しぶりに行われていた。


ミーティングとは言うが、基本的に議題は無い。ただその日のノリで、夜明けまで語り合うだけである。


オマケとは、祈の中に棲む”証の太刀”の本体…尾噛初代駆流(かける)の手によって討たれた邪竜の事だ。


姿形は祈と全くの瓜二つ。だが彩色は全くの正反対。俊明曰く『2P祈』…邪竜の少女は頬をいっぱいに膨らませ、いかにも怒ってますと云った表情で不貞腐れていた。


「お前さん、何ブーたれてンだよ?」


「…我の娘なのに…」


俊明のぞんざいの対応に、さらに不機嫌になりながらも邪竜は自己の主張だけはしっかりとしていた。


「うん? 祈どのがどうか致したか?」


「…我の、大切な大切な娘なのに…」


「イノリはアンタだけの娘じゃないわよ…」


愛娘の姿と瓜二つであろうが、目の前に佇む娘の正体は邪竜であり、祈ではない。マグナリアの対応は割と冷たい。


「何で、我に何の断りも無しに、我が愛しき娘の身体を弄くりおったのだっ!」


溜めに溜めて、一気にどかんと爆発した邪竜の言葉に、三人の守護霊達は邪竜の不機嫌の理由に得心いったのか、両手を叩き「ああ、そういう事…」と声を挙げた。


「あれは仕方無い。ぶっちゃけ<五聖獣>は俺らよりずっと格上だかんな…」


「まぁ、あれに関しては事情が事情でござるので、致し方なし」


「だからあたしは燃やそうって前々から…」


やっぱり、こいつは一回くらい痛い目みた方が良いんじゃないか? 俊明と武蔵は何でも燃やそうとする同僚の考えに付いていけなかった。


「それは我も解っておるわ。だが、それでも…のぉ?」


「いや、そこで俺等に同意を求められても…」


方や守護霊の中でも最上級に位置する上位霊、方や世に厄災をもたらせし邪竜の果て。


彼らの接点。それは竜の娘…祈という存在だ。4人とも共通の趣味が育ての娘である”祈”だという、本人が聞いたら盛大に顔を顰めるであろうただ一点である。


大切に、大切に育てていた”趣味”を、他人に横から勝手に手を出されたという不快感に、邪竜は怒っているのである。


(例で挙げれば、かっちりと決めていた子供の教育方針を、外部の都合で勝手に変更されてしまった教育ママさんの気持ちに近い…のか?)


 …いや、何か違うな。俊明は頭を振った。


「邪竜どのの心中、拙者お察し申す」


「おおっ、解ってくれるか、侍よっ」


頷き合い、両手でがっちりと固い握手を交わす二人を見ながら、マグナリアと俊明は同時に溜息を吐いた。


「まぁ確かに、これ以上お前さんが祈の身体を弄くり回す余地は、ほぼ無くなったな」


そもそも邪竜(こいつ)は、今までも祈本人の意思を無視して好き勝手やりたい放題だったのだ。そろそろ自重しろよと俊明は思う。


「ってゆーか、あんたホントに過保護よね。あたしでも偶に引くくらいよ…」


「ううう、うるさい、うるさい。言うなれば我はアレの母ぞ。誰よりも身を案じ、誰よりも愛して然るべきであろ?」


顔を真っ赤にし、邪竜は思いの丈を力一杯に主張した。確かに、この娘は尾噛に流れる邪竜の血の祖であり、証の太刀を内に取り込み適応した祈にとって、第二の母と言っても過言では無いだろう。


だが…


「うへぇ。お前さん、やっぱ重過ぎるわー」


「ねー?」


「拙者、ノーコメントで…」


「なんだよー、こらー。末代まで祟るぞ-? 祟っちゃうぞぉー?」


上級霊4人のじゃれ合いは、結局日の出まで続いた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「ちょっといいかな? 私」


「うん? 良いよー」


帝国魔導局の長を務める尾噛祈の影武者として存在する”複製人形型式祈ちゃん”…祈’(いのりダッシュ)が、本人(オリジナル)に声をかける。


いつもならば超過勤務が当たり前の事務仕事なのだが、ほぼ同じ人物である二人が同時に作業をこなせるので、処理速度は単純に倍になっていた。


そのお陰で、休憩時間をたっぷりと取れるし、保留という名の『未来の私、頑張れ』という丸投げも今は無い。


生物の眼球の構成をしっかりと学んだマグナリアの手による回復術(キュア)のお陰で、祈の視力は日常生活において、紋菜(もんな)謹製眼鏡の必要が全く無い程にまで改善されていた。それでも、書類整理時は必要であるのだが。眼鏡を外し、祈は変わらず紅玉色の瞳を、影武者に向けた。


「そろそろ私、お役御免…で、良いんだよね?」


「…正直迷ってる。今貴女の鼻の頭を押しちゃったら、”貴女”の存在が、無くなっちゃうかんね…」


複製人形型式の起動スイッチは鼻だ。


初期の待機状態時に鼻のスイッチを押下した者の生命力(プラーナ)を取り込み、姿形を寸分違わず、記憶も再現して複製(コピー)人間を作り出す。


そして、もう一度鼻のスイッチを押下すれば、全て初期化され待機状態に戻る。


本人と複製…寸分違わない姿と、全く同じ記憶を持つ者が同時に存在していたとする。では、その真贋をどこで区別をすれば良いのだろうか?


哲学上でも、これは永遠の命題の一つだ。ましてや、長く尾噛祈として日々を過ごした学習の果てに、祈’の疑似魂魄には何時しか”自我”の火が灯っていたのだ。これを無視する事は、祈にはできない。


「迷ってるって言ってもさ、私が二人もいちゃダメでしょ…」


「まぁ、そうなんだけれどね…」


本音を言ってしまえば、祈は帝国にも、実家である尾噛家にも、自身の尾噛家にも、執着なぞこれっぽっちも残ってはいない。全てを祈’に丸投げして遠くへ行ってしまいたい。それこそ、世界の果てまで。そんな思いがある。


だが複製人間では、帝国貴族の”義務”…血の継承はできない。それに確認はしていないが、同じ記憶を持つ存在である祈’もこれと同じ想いを胸に秘めている筈だ。


「…戻ってきてからも”共感”をしているんだから、私の考えている事は、私も解っているつもりだよ?」


「…だよねー?」


祈と祈’は日々の記憶と経験を共有する為に、”共感”作業を行っている。どちらか片方だけが外部の人間と接触してしまった際に、何らかの齟齬が生じない様にする為の措置だ。


記憶と経験の追体験には、同じ想いを共有せねば成り立たない。当然、双方の物の考え方も共有することになる為、隠し事はできないのだ。


「…第三の選択」


祈’の言葉に、祈の心臓が大きく跳ねた。


「うん。その方法なら、万事丸く収まるんじゃないカナ-?」


祈’は湯飲みを持ち上げ軽く振った。折角の茶柱を、温くなった緑茶の中に態と沈めてしまう様に。


「…ダメ。ダメだよ。それだと貴女の魂魄は確かに残れるけれど、もう”私”じゃなくなっちゃうんだよっ!」


「良いじゃない。この”私”という”自我”も、結局は”尾噛祈”としての記憶に基づいた、繰り返しの学習の果てでしかないんだから。その記憶が無くなってしまえば、それはもう”私”ではない。そのくらいの覚悟は、とうにできているよ?」


祈’の言葉に一切の虚勢は無い。その事を共感した祈は知っている。


確かにその方法ならば、疑似魂魄に刻まれた”自我”は残るだろう。だが”尾噛祈”としての記憶一切を持たぬという事は、それはもう他人。新たな人格としての再出発を意味するのだ。その選択を突きつける=死ねと言うのと同義だ。祈は安易に頷く訳にはいかなかった。


「でも、でも。それだと…”私”が貴女を殺すのと何ら変わり無いんだよ…」


自分が祈’の立場だったら、同じ覚悟を持ち、同じ事が泰然と言えるだろうか? 多分、無理なんじゃないかなと祈は思う。知らず知らずの内に、血を連想させる祈の深い紅玉石の瞳からは、涙が止めどなく溢れ出していた。


「何言ってるのさ。”私”は貴女のお陰でこの世に”私”として生を受けたの。言いかえれば、貴女は私のお母さん。かあさま、なんだよ?」


祈の涙を何度も拭いながらも、祈’は淡く微笑む。


(この涙が”私”にとって、一番の報酬だよ…)


同じ記憶、同じ経験を持つ同一の存在だった筈。


だが、それぞれが”自我”を持ち、異なる存在となってしまった今、少しずつ考え方にも、感じ方にもズレが出てきていた。その結果だ。


「だから、このまま”私”を行かせて欲しいな。かあさま…」


涙で歪む祈の視界に、自身よりも遙かに美しい自身の微笑みがあった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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