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第166話 とりあえず帰ってきた





『…で、思わず連れてきちまった…と?』


「…(おう)。いかにも主さまらしい選択だと思うぜっ!」


父親の問いに、娘は誇らしげに脂肪の全く無い逞しい胸を反らせた。


『何でテメェ止めなかったんだよ、バカ。絶対(オレ)は責任持たねーぞ』


面倒臭そうに、父親は娘に対し溜息交じりでダメ出しをした。その選択は後々に面倒事を呼び込むだけだ。お前もその位は判っているだろうが。そう言うのである。


「…流石。親父らしい選択だな」


『ったりめーよ! 褒めても何も出ねぇぞ?』


とかく面倒事を嫌う性格の父親らしい物言いに、娘は半ば呆れ顔で返す。敬愛してやまない主と目の前に鎮座するこの糞親父とは、正反対の性格だなと今更ながらに思う。


だから逆に、自分はあの竜の娘を主君として仰いだのかも知れない。


それはそれで我ながら嫌な理由だな。とは思うのだが。


「誰も褒めてなんかねぇっての、白痴(パイチー※1)かテメェ」


『あん? 誰に向かって上等な口聞いてやがんだ、やンのかテメェ』


『おう、やらいでかっ!』


列島上空にて、またもや巨大な竜の親子同士のガチタイマンが始まった。


竜巻が舞い、津波が陸地を削り、衝撃の余波で火山が鳴動し、雷が大地を穿つ。天変地異の全てがそこにあった。


過去類を見ない程の怪獣大決戦…そう表現しても誇張ではない規模のはた迷惑な親子喧嘩は、しかしそう長くは続かなかった。


方や父親の方は、その権能と能力の大半が大幅に制限された状態。


方や娘の方は、強大な精霊神5柱の祝福を受けし、半神竜の状態。


結果は火を見るより明らかだったからだ。


『がふっ……き、今日はこのくらいで勘弁しといてやらぁ…』


『っしゃー! ざまぁ!』


勝ち鬨を上げ、娘の竜は長大な身体をくねらせ喜びに舞った。


『…しかしよぉ、本当にそんなの拾ってどーすんだ? 確かに新たな自我に目覚める可能性はある。だがそれは以前とは違う人格…完全なる”他人”だ』


「ああ。主さまも同じ事言ってたよ。だけど、空っぽで何も無い筈のあいつは、確かに主さまに救いを求めて来たんだ…それに応えてやらなきゃ、嘘だ…って」


娘の竜の身体がみるみる縮み、人の姿に戻った…戻ったのか、はたまた化けたのか…それは娘自身ですらもはっきりと解らない。ただ、竜と人の姿を自在に変えられるのだけは確かだ。


『ホント、難儀な性格だなぁ、あの竜の娘は…』


唯一主と決めたあの人(俊明)の娘だけはある。青竜は決してそれを口に出す事は無かったが、祈を確かに認めた瞬間であった。


(ま。だからこそ、我はこいつを差し出した訳なんだがな…)


自身の分け御霊で創った、この世界において最強の(ドラゴン)。それが(ヤン)美龍(メイロン)の正体だ。


他の精霊神の眷属とは違い血の継承によって発生した存在ではなく、純粋に神の魂の一部を持って美龍はこの世に生を受けた。血の限界は無く、また十全に青竜の眷属としての権能を扱える。そして、親の青竜とは違い、世界の”制約”に囚われる事も無い。五聖獣の祝福を受けた今ならば、瞬間的な爆発力だけで言えば精霊神にすら匹敵する力を持つ。


青竜にとって、切り札的な存在。それが美龍なのだ。


『しゃーねぇ。お前さんの主どのに伝えといてくれや。”やるからには、ちゃんと責任持って飼え”…ってな?』


娘を見る青竜の瞳は、いつになく優しい光を湛えていた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「「「「「ふいぃぃぃぃぃぃ…」」」」」


ゆっくりと肩までお湯に浸かると、我慢していた筈なのに思わず吐息が漏れてしまう。


念じればいつでも適温の湯をいくらでも創り出す事ができるとなれば、一般常識から完全に外れた存在となった祈達にとって、風呂は贅沢なモノではなくなった。


…ならば、この際泳げる位に大きな浴槽を作ってしまおう。そう考えるのも必然と云えよう。


未だ建築作業が続く”新尾噛邸”の極一部だけ。神に等しき4人の念力による突貫工事によって、立派なお風呂場だけがこうしてすでに完成していたのだ。


祈とその影武者の祈’(いのりダッシュ)(そう)琥珀(こはく)、美龍の5人は、帝都の中の誰よりも、それこそ帝すらよりも贅沢な時間を過ごしていた。


「ふいぃぃ…やっぱりお風呂は良いねぇ…これから毎日入ってやろう」


「お湯を沸かすのに燃料が要らないって、ホントに経済的過ぎるでしょ、私?」


「いやぁ、本当に(ほんなこつ)これで良かとやろうかとは思うったいけんどね。あいつ(五聖獣)ら、”もう人と同じ生活はできんぞ”って脅してきたけん、本音ば言うとアタシびびっとったばい…」


翼を広げ、蒼は大きく伸びをし、それによって濡れた翼が湯船周辺に飛沫を上げた、他の4人に掛からないようにしっかりと計算された動きだったとはいえ、美龍と琥珀は眉をひそめた。


「でもでもぉ、確かにこの力はなるだけ出さないに越した事は無いと思います。”大魔王”でしたっけ? その脅威が目の前に来ない限りは、必要の無い権能(ちから)です」


「だネー。美美(メイメイ)もこの権能(ちから)、出さない方が良いと思うよー。それでなくとも、美美最強なのに?」


隣に座る琥珀の巨乳にも負けない程の、わざわざ脂肪の塊を二つぶら下げて美龍は大きく胸を反らした。体型自在の美龍と張り合う事自体、無駄であり無謀である。それが琥珀も解っているのに、何となくムカっ腹が立つのは致し方の無い事だろう。


「…へぇ? 誰が最強なのか、今すぐここで決着付けてやってもよろしいんでございやがりますのよ?」


美龍の作られし巨乳に被せる様に、琥珀は自身の自慢の胸を押しつけ獰猛な笑みを浮かべる。挑発だと解っている。解っているからこそ、ここは絶対に後には引けない。引く訳にはいかなかった。『売られた喧嘩は言い値で買って倍返し』幼少の頃からの白虎の訓示なのだから。


「やかましい。風呂場では静かにしろ(二人に捕縛呪)


祈の強烈な念の縄が、巨乳の二人を締め上げた。目の前で挑発するかの様にばるんぶるんと揺らした腹いせ(八つ当たり)も兼ねてか、胸部には特に厳重に幾重にも幾重にも念の縄が締め上げた。


「んごごごごごごお…い、いいいいい、祈しゃま? 琥珀の、む、胸が潰れて、潰れてぇぇぇっ」


「うほ、ほぉぉぉぉぉ、め、美美反省したよー、だから、主さま、破裂する前に、ゆ、ゆるめてーよ」


「…はぁ。せからしかね。こん二人ば…」


蒼は浴槽から出て翼に付いた水気を一気に飛ばした。賑やかなのは結構な事だが、できれば風呂はゆっくりのんびりと浸かりたい。


次からの風呂は、この二人とかち合わない様にしよう。そう心に誓った。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「…俊明どの、どうでござるか?」


「う~ん。確かに、どう視ても、空っぽなんだよ…なぁ…?」


祈が”八幡の街”から連れてきた少女の瞳を覗き込みながら、俊明は首を捻った。


入り込んでしまった魔王の魂によって、少女の主人格は完全に失われている。<破邪聖光印>によって、内に紛れ込んだ魔王の因子は、その悉くを浄化されたは良いが、娘の魂は今や虫食いの状態で、生きている事すら奇跡にも等しい状態にあった。


「多分、記憶はまだある…と思う。色んな語彙にも反応するしな。だが、自我は片鱗すら感じない。やっぱりどう視ても、今までのルーティンを延々繰り返すだけの、”生ける屍”だ」


娘の住んでいた”八幡の街”にあった地名、名物、日常雑貨の様々な単語に僅かながらも反応したと言う事は、生前(?)の記憶を保持していると見て間違いは無さそうだ。


ただ、問題は…自我が完全に失われてしまっているということだろう。


外部の刺激に対し反応はする。だが、それに対し自らが判断し、能動的に動く事は絶対に無い。


「でもあの時、この子がイノリの袖を引っ張ったのよ?」


マグナリアの言う通り目の前の娘は祈の右袖を引っ張り、確かに『タスケテ』と唇を動かしたのだ。それは三人ともしっかりと見ている。


「…なんだよなぁ…だから困ってる」


「困る…とは?」


「このまま捨て置くか、俺達が干渉するか…」


”自我”とは、形態反射を学習し続けたその結果だと、そう言う学者もいる。


このまま日々を過ごしていけば、ひょっとしたらこの娘にも再び自我が芽生える可能性はある。だがそれは賭けだ。彼女は言うなれば、真っさらな赤子にも等しい存在である。自我が芽生える前に、何らかの事故に巻き込まれる危険性の方が遙かに高い。


「干渉…ねぇ? 正直、そんな事で悩むのは今更なんじゃないかなって、あたしは思うんだけれど?」


「マグナリアどの、それを言ってはおしまいでござる…」



「そうだよ、なぁ…?」


二人の反応に、俊明は苦笑いしか出来なかった。


※1 向こうの方のスラングでバカという意味


誤字脱字があったらごめんなさい。

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