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第164話 複製人形型式 祈ちゃん



「よっ、調子はどうだ?」


午後の業務も滞り無く終え一服していた祈の前に、俊明が突然現れた。


「ぼちぼちってところかな…で、とっしーは()()()()()()()()()()()()()()()


湯飲みを一気に呷ってから、祈は半眼気味に俊明に問う。


現在、本物(オリジナル)の祈は獣の王国の首都付近にいる筈。如何に祈に憑く守護霊達はどれも規格外に強力であるとはいえ、一人欠ければ当然その分だけ護りが薄くなる。


祈の記憶に在る”大魔王”は、全て自身の手によって退けているとはいえ、今まで対峙したどんな魔物よりも遙かに強大な力を持っていた。


複製品(コピー)である祈は、”尾噛祈”としての全ての記憶はあれど、その能力は全く無い。ただ記憶の通りに日常を生活する機能しか、この身には有していないのだ。


影武者であるのだからそれで良い。模造の身である祈は割り切っている。だが、まかり間違っても、模造品の自分が生き残って、オリジナルが死んでしまったらどうなるのか? そこを心配していた。


「ああ、それは大丈夫だ。もうすぐ全部終わるかんな。一応の確認の為に、夜明けと共に街へ入る予定だが、その前にお前の調子を見に俺だけ戻ってきたんだ」


「そんなに頻繁に来なくても…私にはそんな暇人の相手してる暇、ホントは無いんだけどナー?」


霊に距離の概念は、ほぼ無い。全く無い訳ではないが、念じれば空間を超えて跳べるのだ。


だからこそ、こうして空いた時間に俊明は、複製人形型(コピーロボット)式”祈ちゃん”の様子を見に来たという訳である。


初めは子供の頃に再放送で視た某TVアニメをふと思い出した際の、単なる思い付きを実践してみただけだったのだが、思いの外複製品の出来が良すぎたが為、俊明は頻繁に通っているのだ。


(さて。どうすっかな…本物本人の記憶を元に形作られているんだから、そりゃ中身は()()()()()()だわなぁ…疑似魂魄が”尾噛祈”として、完全に自我に芽生えてら…マジでヤベぇ…)


複製人形型式は他の式神と違い、複雑怪奇とも云える大量の組成式を組み込んでいるが為に、ヒトガタの素材は紙ではなく、特殊な有機素材の人形を用いている。


複製する人間から大量の生命力(プラーナ)を吸い、その記憶と肉体を完璧に複製(コピー)する。複製された人間は、その記憶を元に日常生活を営み、疑似魂魄にそれまでの記憶を焼き付ける。本物(オリジナル)はその記録を追体験するのだ。


だが、ここで俊明にとって想定外の事件が起こった。()()魂魄が、本物の魂にまで昇華してしまったのだ。


(まさか、俺が尾噛祈(育ての娘)本人を丸ごと創っちまうってなぁ…これ、ひょっとしなくてもヤバいんじゃね?)


記憶の追体験は、オリジナルとコピーの相互間で同時に行われる。記録を追体験するという事は、”共感”する事と同義だ。そこには本物、複製の差違は全く無い。


オリジナルの祈と、コピーの祈。


幾度も記憶の”共感”が行われたが為、その境界が何時しか曖昧になってしまっていたせいもあるだろう。


だが、オリジナルの祈は<五聖獣>の”祝福”により、ついに人と神の境界すらも超越してしまったのだ。


その影響が疑似魂魄にまで及んだせいで、この様なイレギュラーが発生したのではないか? そう俊明は看ている。


問題の解決は、簡単で単純(シンプル)だ。


元ネタ同様、複製品の祈の鼻の頭をぷにっと押せば、人形の姿に戻る。それで何もかも終わりだ。


その場合、疑似魂魄から昇華を果たした本物の魂から”尾噛祈”の記憶を強制的に消去されて、ただ漂白された魂魄だけが残る筈だ。だが、そこに新たに宿ってしまった”尾噛祈’(いのりダッシュ)の自我はどうなってしまうのか? それは俊明にも解らない。


…解らない以上、俊明は迷っているのだ。


(もうこいつに”祈”という自我がある以上、俺は切り捨てる事ができない…参ったな…)


これが赤の他人…例えば八尾(やお)一馬かずまの複製品だったら、俊明は容赦無く”ポチっとな。”をやる。絶対にやれる。だが、相手は最愛の娘であり、守護対象の記憶を持つ存在なのだ。早々簡単に割り切れるものではない。


(『ちったぁ考えろ』…か。ここでそれがブーメランってなぁ…)


ちょっとした思い付きをホイホイ実践するモンじゃねぇな。俊明は訝しげにこちらを見ている祈の表情を伺いながらも、脳内で盛大に頭を抱えていた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「それじゃ、イノリ。今の内にやっちゃいましょ♡」


マグナリアがにっこりと微笑み、祈の両頬に手を添える。


祈の裸眼から”外界の情景”が失われて、かなりの時間が経った。


マグナリアの回復術(キュア)でも、失われた眼球を完全再生が出来なかったせいで、祈は分厚いレンズの助けが無ければ光と僅かな色身の区別しかできない様になってしまった。


祈に宿る邪竜の助言により、マグナリアの研究の日々が始まった。あらゆる魔獣、生物にある眼球の構造を調べ把握し、完全に再生ができると漸く自信が持てたらしい。


(ただ、あれから時間が経ちすぎた…完全に元通りって訳には、恐らくいかないのでしょうけれど…それでも、あたしは…)


大人しく為すがままになっている育ての娘の頬の柔らかい感触を味わいながらも、マグナリアは何度も何度も深呼吸をする。すでに肉の器に別れを告げ霊となったこの身には、今やっている動作に意味は全く無い。


だが、心を落ち着かせる為にどうしても出てしまう、これは生前の癖。


眼球の構造及び、その再生のプロセスは何度も脳内で繰り返し行ってきた。ただそれをなぞれば良い。


…だけれど、なのだけれど。


その踏ん切りが、どうしても付かない。


あの日の事が脳裏にフラッシュバックする。


命を湛える様な美しい翠玉色の瞳から、血を想記させる深い深い紅玉色の瞳に、愛しき娘の両の(まなこ)は、あの日を境に変わってしまった。


自身の、再生ミスのせいで。


それ自体は、マグナリアの知識不足が原因であったのだが、あれから時間が経ち過ぎた。


眼球の再生が完璧にできたとしても、恐らく以前の視界は戻ってこない…邪竜も同じ見解だった。


(これ以上悪くなる事は無い。それは絶対に、無い…)


マグナリアの両手は震えていた。あの自信に満ちあふれた、言動が物騒で魔術の腕だけは世界一の鬼女が、だ。


祈は申し訳なさで、心が張り裂けそうになっていた。両眼の件は、そもそも祈の驕りと見通しが甘過ぎた事が原因の、謂わば自業自得の結果に過ぎない。それに関してマグナリアが気に病む事は一切無いというのに。


「あのね、マグにゃん?」


「なぁに? イノリ」


「あの時、マグにゃんの回復術が無かったら、私はこの世にもういなかったんだから、ね? 私マグにゃんを信じているよ」


「…イノリ…」


「だから、全力で、バーンとやっちゃって。ね?」


「…うん。うん…」


覚悟を決め、マグナリアは詠唱を開始した。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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