第162話 その後始末的な話11
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「東の空に、不可思議な光の柱が立ち上っている!」
そんな物見の報告が上がる前から、すでに砦の中は混乱の渦中にあった。
自然現象ではあり得ない月や天空の星々の煌めきを打ち消す程のその強い光に、これは蛮族の呪いか、はたまた神々の怒りなのか…信心深い一部の兵達が跪いて何やら熱心に祈っている様子を、牙狼鋼は憎々しげに見ていた。
「祈った所でなぁんも変わりゃしねぇぞ。祈る暇があったら働け。糞が」
「働けと仰られても、現状遠くが光っているだけですから、ねぇ…? 待機組を増やす程度しか、今はできないでしょう」
参謀の鉄が渋い顔で告げる。この様な現象は過去に無く、更には少し眩しいだけで実害が全く無い以上、対処する術は無いのだ。
「ったく、一体何だってンんだ…」
戦場において、”解らない”というその事実こそが一番の恐怖だ。
恐怖は憶測を呼び、不確かな憶測が更なる恐怖を引き起こす。戦線崩壊に繋がる負の連鎖である。
「しゃーねぇ。解らんモンは解らん。とりあえず、周辺の警戒の強化だ。哨戒の人員を倍にしろ。手の空いてる奴は自由だ。寝れねーってンなら今回だけは特例だ。酒でも渡しとけ」
頭をガシガシと乱暴に掻きむしり、鋼は投げやりに指示を飛ばす。どうせ手が空いて何も出来ないのなら、しっかり休ませろとしか言えないのだ。
「…よろしいので?」
鉄もその点には同意なのだが、立場上諸手を挙げて賛成する訳にはいかない。一応の確認である。
「ああ、警戒だけは怠るな。それだけしか言えねぇさ、それに…」
こんな得体の知れない現象を前に、人は無力だ。ただ見ているだけしかできないのだから。それでも…
「それに?」
「ああ、いや。何でもねぇ…」
酒を呑む理由にはなるな。鋼は一瞬だけそう思ったのだが、決して口には出さなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結界が完成し、浄化の光が満たされてから半日が経った。
<破邪聖光印>は、内部に在る魔の浄化が完了するまで効果が持続するという、滅殺陣の一種だ。
「…まだ光が消えんていうことは、それだけ内に封じた”魔”ん力が強か。そげな事なんっちゃな?」
『そうだね。多分だけど、あと二日はこのままかも知んない』
結界の触媒同士で結ばれた霊糸の経路を通じて、祈の思念が蒼の脳裏に届いた。そうしなければ、息を合わせた複数人の術士の手による結界の同時展開なぞできる訳が無い。
『それでは祈さま、私達は光が消えるまでこのまま待機ですかぁ?』
『うん、ごめん。そうなるね』
『うへぇ、美美じっとしてるの苦手よー。主さま、お話相手になって欲しいネー』
『まぁ、見てるだけになっちゃうから、暇だかんねー。それくらいなら…』
『せめて茶菓子でも持ってくれば良かったかのぉ? 此方はじっとしておるのはすでに慣れっこなのじゃが…』
『そういえば、玄武さんが待ってる間のご飯を用意してくれてるらしいよー?』
「まぁ、それくらいん役得ば無うちゃ…ねぇ?」
上位存在が用意するご飯…ご馳走に、蒼は思いを馳せた。
少なくとも、お伽噺に登場する様な、庶民にとってはとんでもないご馳走である筈だ。ひょっとしたら天上の食材を用いた、豪華絢爛な、それこそ歴代の皇帝が食する様な見た事も無い料理かも知れない。蒼の口内は想像上の料理の味によって、涎で満たされていた。
ワクワクが止まらない。蒼は琥珀程の食欲魔神では無いが、どうせ食べるなら美味しいモノだけで腹一杯に満たしたいというささやかな願望はある。それが滅多に食べられない様な珍しいモノならば尚良い。
ついつい警戒を怠っていたその足下に、とてつもなく質量の大きい物体が落ちた様な音がして、蒼は慌てて妄想の世界から帰還する。
「…フナ? …にしては、もの凄く大きかね…なんね、これ?」
蒼の足下でぴちぴち跳ねている魚は、記憶の中でもあり得ない程に巨大なものだった。どうやら見た感じ淡水魚である様だが、こんな大きい魚は見たことが無い。
『飯だ。焼いて喰え』
姿を見せず、ただ念話だけで済まそうとする聖獣達の態度に、蒼は瞬間的に腹が立った。
豪華絢爛な料理と酒肴の数々が出て来るかと思いきや、思いっきりの肩すかし。更には生きたまま、それこそ三枚におろしてもなく、調理未満の食材だけをデンと置かれるとは思ってもみなかったのだから、蒼の落胆と怒りは正当なものと言える。
「焼いて喰えって…流石にこりゃ無かやなかか? 火種ば、どうするっちゃん?」
『安心せえ。今のお主達ならば、チョイと念ずるだけで焼き上がりは自在よ』
「…へぇ。そりゃ便利かばい」
一瞬それだけで納得しかけた蒼だが、慌てて頭を振った。ちょっと待て。味付けはどうするんだ? 一番大事な事を思い出したのだ。
『…っち。しゃーねぇな』
未だぴちぴちと元気に跳ねる魚…サイズが違い過ぎて蒼も断言できないが、これは岩魚だろうか? その隣に、粗塩の入った小さな壷が現れた。
「くそ、今舌打ちしやがった。絶対しやがった!」
後で絶対にぶん殴ってやる…そう心に固く誓って、蒼は正体不明の巨大魚の調理に取りかかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて。祝杯を挙げようか、翔ちゃん」
「うん? 何か良いことでもあったのかい? 光クン?」
奥御所に入るなり、唐突に光輝から何へ祝杯なのか解らない提案があったのだ。翔が混乱するのも仕方の無い事だろう。
「うん。今朝ウチの守り神様が夢枕に立ってね? 『蛮族は懲らしめたから、安心しろ』ってさ」
嬉しそうに光輝は、取っておきの秘蔵の酒を持ち出していた。いかに皇帝の権力を持ってしてでも、この酒を確保するのには難儀するのだという。
「それが本当の事なら、これ以上に無い朗報だねぇ。戦が回避できたのは大変喜ばしい事だよ」
互いの杯に、満面の笑みを浮かべ光輝は酒を注ぐ。人類の歴史の中でも、人の営みを行う上で戦ほど資源の無駄遣いは無いだろう。
それが回避できたというのであれば、確かにこれ以上無い朗報である。光輝の浮かれようも頷ける。翔は小さく頷いた。
「まぁでも、裏を取る必要はあるだろうけれどね。これで国境の砦に派遣している兵達の苦労も減るだろう」
「そろそろ彼らも順次交代させていかないとね。今はどうしても精鋭を…ってなっていたから、ずっと貼り付けていた格好になっているし…彼らにも家族が居る筈だもんね…」
流石帝が秘蔵している酒だ。翔は口内に広がる芳醇な、それでいて新鮮な果実の様な甘い香りにしばし浸った。
「だね。彼らの忠義に、僕らも応えてあげなきゃね…彼らが我が国を護ったと言っても、過言ではないのだから」
空になった翔の酒器に、もう一度光輝が酒を注いだ。どうやら今夜は離さないつもりの様だ。翔は苦笑いと共に二日酔いの覚悟を決めた。
「そうだねぇ…ボクの方で検討してみる。後で確認してね、光ちゃん」
「ほいほい。政の話はこれくらいにして、呑もう」
「今日はとことんお付き合いしますよ、光クン」
翼持つおっさん二人だけのむさ苦しい酒宴は、明け方まで続いたという。
誤字脱字があったらごめんなさい。




