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第161話 天使達



<破邪聖光印>は成った。


列島の、ほぼ中央に位置した”獣の王国”は、その勢力圏の大半を鮮烈なる浄化の光に包まれたのだ。


五聖獣は、眼下に広がるその光に頷き、その後に在るであろう未来の”観測”を始めた。


『…ちと、やり過ぎ…だったかの?』


『その様で。まさか結界の構築が秒になるとは…我らが”祝福”をせなんだ時の観測では、半日以上掛かっておった筈だが…』


『左様。結界の完成までに14時間。全ての闇の存在の浄化に22日と6時間だ。結界が成る前の隙間から大魔王の”兵隊”が100単位で溢れてきおったな』


『可可。それが、一匹残らず、だぜ? 結果良しって事でもう良いんじゃね?』


『いや、どうやら不味かったらしい。ほれ、もう異変に気付き”天使”共が…』


麒麟が指し示す方向には、この世界に招聘された上位存在の中でもとりわけ攻撃的な霊圧を放つ集団があった。”天使”達である。


『ほぉ…穢らわしき獣の分際で神の名を語る恥知らず共が、徒党を組んで何をしておるかと思えば…』


『まさか、この世界に住む”猿”共に、己が権能をくれてやったというのか? 目的の為に手段を選ばずとは…何とも獣らしき浅慮よな』


『して、その結果どうなることか? この小さき島国の”闇”は確かに払拭できた。だがその後、あの猿共がつけ上がる”未来”。我らはしかと”観測”したぞ?』


唯一神に仕える”概念”である天使達は、他の<神>の存在を全て否定する。万象の理が神格を得た”概念”である精霊神も同様だ。それが彼ら”概念”から来る魂の有り様なのだから、当然の帰結であろう。


そして、彼ら天使達にとって”獣”とは、悪そのものなのだ。人間の内に潜む獣性を”原罪”として否定する事で、神の僕としての魂の昇華への課程を指し示す。


いかに五聖獣が唯一神すらにも並ぶ神位を持っていたとしても、”獣”の形状を持って成る五聖獣存在そのものを、天使である彼らは否定するのだ。それはもはや”本能”と表現しても良いだろう。


『貴様等が”観測”したとほざく”未来”は、貴様等が彼女達に余計な手出しをした”結果”であろ? その様なもの、一考にも値せぬな』


『然り。貴様等の方がよほどつけ上がっておると、我らは警告してやろう。この世界との”契約”。その内容、忘れた訳ではなかろうな?』


天使達は、唯一神の教えをこの世界にも布いた。


それに付いては、何ら問題は無い。この世界の住人が、よりよき生活を営む結果となるのであれば。


だが、彼らはやり過ぎていた。この世界に在る為に交わした”契約”を違える程に。


『ふん。この世界に”人”はおらぬ。おるのは”猿”か”獣”である。であれば、世界との”契約”、何ら違いは無かろう?』


警告をした白虎に対し、嘲る様に天使は断言した。この世界に人はおらぬのだと。


彼らの指す”人”とは、唯一神が生み出した最初の人類、その一人のみだ。その理屈が有る限り、彼らはこの世界で好き放題に動く事だろう。この世界の管理官の意向を無視し続けて。


『それが、貴様等の答え(本音)か。まぁ、ええさ。だが、一つだけ、我らから言わせて貰おうかの?』


『だな。テメェら、偉そうにほざく前に、”義務”を果たしな。宿題を忘れたガキじゃあるまいしよ』


青竜の云う”義務”とは、この世界に転生した魂の内に撃ち込まれ、それぞれにバラ撒かれた魔王の因子、その対処だ。


天使達は、その対処を一切行っていない。


ただ、唯一神の教えを布き、彼らの言う”猿”達の支配遊戯に終始しているだけである。そこを青竜は痛烈に批判してやったのだ。


『くっくっく…愉快愉快。青竜よ、中々の口撃だ。天使共よ、そういう訳だ。口より先に手を動かせ』


『”獣”如きが己が立場を弁えず、唯一神の栄光を讃える高貴たる我ら天使を侮辱するかっ!』


青竜、麒麟の”口撃”は、天使達の痛い所を深く突いたのは確かであった。


天使達は”猿”と蔑むこの世界の住人に使役される事を由としなかった。だが、上位存在たる権能を十全に世に行使する為には、どうあってもこの世界の住人を通してでしか行えない作りになっている。


これはこの世界の管理官が強いた、この世界における絶対的な法則である。この世界に在る以上、世界の強制力は、如何に管理官を超える権能を持つ<神>であってもこれを覆す事は決してできない。


そして、天使達の『闇に染まり易い』という特性も、魔王への対処に二の足を踏む要因となっていた。上位存在である筈の彼らが、魔王に魂を乗っ取られてしまう。天使達にとって、魔王は天敵とも言える存在なのだ。


この弱点は、彼らの持って生まれた”概念”のせいでもある。常に原罪を問い、何かに付け試練を課す唯一神の教えによって穿たれた、魂の毒なのである。


『可可。魔王から全力で逃げ回ってる弱虫共が何を偉そうに…ま、精々魔王如きに存在を乗っ取られない様、上手く立ち回ってくれや。話がややこしくなっちまうからな』


天使達の内の誰か一人でも魔王と化してしまえば、そのたった一柱の存在の手によって、忽ちに世界は滅亡の危機に陥ってしまうだろう。上位存在とは、それ程の権能を持っているのだ。


『ぐっ…ぬぬぬぬぅ…言わせて、おけばぁ…』


『赦せ。我らも少々口が過ぎた』


玄武は怒りに震える天使達に頭を下げた。天使達にそれがどれほどの意味があるのか、そこは解らない。だが、上位存在達が対立しぶつかったとしても、世界に何の益も無いのだけは確かなのだから。


『だが、我らが”祝福”せし彼の五人の少女達に手を出す事あらば、我ら五聖獣全てを相手取る事になると知れ。その時は我らの存在、その全てを賭けてでも、貴様等”天使”を消し去ってくれようぞ』


玄武の言を引き継ぐ様に、白虎は殺気を孕んだ金色の瞳を天使達に向けながら言葉による刃を紡いだ。祈達五人は、世界と天秤にかけても良い程にまで、五聖獣にとって愛おしい存在になっていた。だからこそ、この一言は天使達に向け絶対に言わねばならぬ一言だった。




その後、天使達は何も言わず立ち去っていった。




彼らに向けた白虎の言葉は、五聖獣の総意であり、覚悟でもあった。


『…確か、知らぬ、存ぜぬで通せと…そう言っておらんかったか?』


麒麟がさも可笑しそうに、白虎へツッコミを入れた。


『…すまぬ。奴らの傲慢な態度につい、言わずにはおれなんだ』


耳を寝かせ、申し訳無さそうに白虎は頭を垂れた。今回の天使達とのやりとりで、余計な争いの火種を抱える結果となった以上、素直に謝罪するしか無かった。


『まぁ、ええさ。正直、胸がすく思いだったからの』


『左様。愛しき娘達、それを護れず何が<神>ぞ?』


(オレ)は楽しかったし、もう気にすんな。何なら今すぐにでも奴らと”戦争”、おっぱじめても良いんだぜ?』


『『『『いや、流石にそんな軽いノリはいかんだろ?』』』』



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「…予想してたより、遙かに早かったネー」


浄化の光に照らされながら、祈は呆然と呟いた。


自身の生命力(プラーナ)が以前と比べて遙かに強くなっている。その自覚はあったのだが、まさかここまで段違いの能力を発揮できるとは、全く思っていなかったのだ。


「参ったな。まさか印の完成が数秒とか…祈、お前もう俺の力超えてっぞ…」


「拙者、この様な大規模の術の発動を初めて見ましたが、俊明どの、これはそんなに凄いので?」


「武蔵さん、これ凄いなんてもんじゃねぇよ。俺一人でも、この規模までならギリギリやれる筈だと思う。だけど、結界が完成するまでには、最低一日はかかるだろうなぁ…」


浄化の光を反射する額をぺちぺちと力無く叩き、俊明は嘆息した。


五聖獣の祝福は、あまりにも反則過ぎた。


<破邪聖光印>の発動速度は、術者の生命力の総量に比例し、発動規模の大きさに反比例する。


それがものの数秒で結界が完成し、浄化が始まったのだ。予想していた時間は何だったんだと言いたくなる差に、俊明は無理矢理に笑みを作る事しかできなかった。


「ああ、つまんない。つまんない。魔王達が漏れ出て来てくれるのを期待してたのに。これだけの大量のマナ、どうしようかしらん?」


魔王達の迎撃に備え、マグナリアの魔力の腕は、キロ単位の範囲のマナを、全て己の支配下に置いていたのだ。


煉獄(インフェルノ)を無詠唱で連発できる程の大量のマナなのに…」


さも残念そうに、マグナリアは石ころを蹴飛ばし拗ねていた。大魔王を殺す事は、勇者としてのライフワークであり、楽しみなのだと鬼女は言う。


「そんな勇者の楽しみ、俺は聞いた事ねぇんだが…?」


「くわばらくわばらでござ…」


あまりに物騒な物言いに、守護霊二人は畏れ戦いた。やっぱりこの女、怖いわ。そう再認識した瞬間であった。


「あはは。マグにゃん、本当に物騒だネー。でも、もうちょっと待ってね? 印が消えるまではそのマナは保持してて」


これほどの大規模の陣を布いた経験が無い以上、祈はまだ警戒を解く訳にはいかなかった。


もし、浄化の光に耐え抜く個体がいたとしたら?


五聖獣の祝福によって遙かに力を増したけれど、最悪の事態は、常に想定していなければならない。


もう詰めの甘さによって泣きたくはない。


浄化の光に照らされ、祈は闇の浄化が終わり印が消滅するその時まで、ただじっと待った。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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