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第160話 五聖獣の祝福



『漸く、これで駒が全て揃った様だの』


『然り。仕上げの段階に入った。印の”触媒”はすでに設置を終えておる。後は術者達だ』


『御託は良いから、さっさと始めろ。(オレ)は忙しいんだ』


『青竜の言に、(ワシ)も賛成である。未だ我はこの中で外様(とざま)なのでな。居心地が悪い』


『ほっほ。我ら四聖獣は、すでにお主を仲間だと思うておるさ。麒麟よ、そう無駄に我らに負い目を感じる必要なぞ無い』


『左様。そも我らは万象の理に基づいた”概念”に過ぎぬ。あるがままを受け入れよう。それこそが我らの本質よ』


『だが、それでも、絶対に受け入れる訳にはいかぬものもある…』


『然り。その為の今回の”策”よ』


『チョイと派手な花火になるが…これが成れば、この列島に巣くう”闇”は、無くなる筈…だな』


『我も”観測”したが、あの世界の管理官は、何を考えてこの様な”設定”にしたのだ? 我は未だ<神>に成りきれておらぬ身だが、これを対処するのは、もはや人でなく<神>の範疇であろうよ』


『左様。だからこそ、我らが干渉する事にしたのだ。まぁ、多少やり過ぎの感は否めぬが、こうでもせぬと彼奴は根滅が難しいのでな…あの元管理官の不始末、どこまでも祟りよるわ』


朱雀が炎の翼をはためかせると、その傍らに少女達の姿が浮かび上がった。


”異界の魔王”を殲滅する<破邪聖光印>の行使に必要な術者…尾噛(おがみ)(いのり)を筆頭に、(ヤン)美龍(メイロン)(おおとり)(そう)斎王(さいおう)愛茉(えま)(すすぎ)琥珀(こはく)の五人だ。


『ほお。ここまで強き生命力(プラーナ)の波動を感じるとは…我の生前にも、これほどの強者はついぞ見た事はなかった』


少女達の強さを肌で感じ、麒麟は思わず感嘆の声をあげる。とある国の皇帝であった生前に出会っていたならば、自身の権勢を守る為、確実に全員を闇に葬り去る方法だけを考えた事だろう。


為政者にとって、それ程の本能的恐怖を掻き立てる(つわもの)にまで、彼女達は成長していたのだ。


『だが、これでもまだ不足である…』


『然り。だからこそ、我ら五聖獣の”名”で、この者達を”祝福”をするのだ』


『…本当に良いのか? この者達、人の身でありながら、神の領域に足を踏み入れる事になる。そうなれば、他の上位存在が黙っておらぬやも知れぬが…?』


『はっ、小せぇ、小せぇ。そんなのは些事だ、気にするな。結局指を咥えて見ているだけの奴ら(腰抜け)に何ができるよ? こんなのは、やっちまったモン勝ちよ』


『そこには同意しかねるが、ここまでやらねばならぬ事態であると認識しておればええさ。確かに”天使”共がうるさくなるやも知れぬが、前にも言った通り、知らぬ存ぜぬで通せ』


(自身の眷属が、その騒動に巻き込まれるやも知れぬというのに、本当に良いのだろうか?)


朱雀も白虎も青竜も涼しい顔(?)をしている様なので、これ以上、彼らと言葉を交わす必要を感じず、麒麟は問答を打ち切った。


困るのはそこにいる五人の少女達であって、我ら五聖獣ではない。だからこそ、麒麟は問わずにいられなかった。


『そこな少女達よ、これより我ら<五聖獣>の名において”祝福”を行う。それによって、お主達は、この世に生きる者達を遙かに凌駕せし、正に神にも等しき権能(ちから)得るであろう。だが、本当にそれで良いのか? それによってお主達は、人の暮らしができぬ様になるやも知れぬ。今ならまだ引き返せようが…』


人の手に余る力は、国を統べる為政者にとって、喉から手が出る程に欲しいものだ。だが、それは手元に置いた上で、完全に自身の意のまま制御できる前提での話である。


疑心、嫉妬…特に人の持つ負の感情は、制御が効かない。一度覚えてしまったそれは、染みの様にこびり付き、真っ白な領域を浸食する様に、(いず)れ徐々に大きく広がっていく。


麒麟の中にある、とある国の皇帝であった頃の記憶が、五人の末をつい案じてしまうのだ。


「…不安は無いかと言われれば、ええ。確かに不安しかございません。ですが私は、皆と一緒ならこの先にあるどんな困難も、全て乗り越えていける…そう思っています」


一つ一つ言葉を選ぶ様に、祈は麒麟の問い正直に答えた。


後ろを振り返れば、自分を慕って着いてきてくれる仲間が居る。決して自分は一人じゃない。それが生きる喜びであり、支える力なのだと、自信を持って言える。祈の表情は、揺るぎ無き誇りに満ちていた。


「ワタシ、この中でも一番皆と過ごした時間短いね。でも、今まで生きてきた何十年と比べても、この数日の価値は全然違ったーよ。だから、これからも美美は、皆と一緒にいたいね」


事の始めは、父青竜との喧嘩に負けた事による強制だった。だが、実際に祈に会って、美龍は人生の全てを捧げても良いと思える、偉大なる主君に出逢えた。そう思っている。それがただの錯覚であるか、そこはまだ解らない。だが、尾噛祈という人間は、そう信じても良い存在である筈だ。なれば、常に側にいる。その選択に間違いは無い。


「…友達が助けてくれって、そう言うっちゃけん、やらんって選択無かばい。そこしゃぃ何か不都合があるけんって急に辞めるって言うんな、ばってんそりゃもう友達やなかやろが?」


『友達になってほしい…』


頬を赤らめ、そんな可愛い事を言った少女は、本当に”お願い”が下手くそだった。何でも一人で抱え込んで、一人で勝手に傷ついて…


だから蒼は、友達の”お願い”に全力で応えると誓った。例えそれが命を賭けたものになろうと。それで人の生活が、もう出来なくなってもそれでも良い。唯一の心残りは、己が半身ともいえる姉、(くう)の事だけだが、それも想い人と結ばれる事が決まっている。憂いは無いと思いたい。


此方(こなた)は、元より朱雀様に仕えし眷属(巫女)として、人の暮らしはしておらぬ。其方(そなた)が気にする事でも無いわ」


巫女の最高位でもある”斎王”となった愛茉は、公的にも、そして事実上でも”人”を捨てた存在だ。麒麟の問いは今更の話であり、お前は人ではないと他人に言われようが、愛茉には何の痛痒も無い。先代斎王の光流(みちる)の生き様を識っている愛茉にとって、斎王として生きる事は誇りであり、誉れなのだから。


「わたしの全ては、祈さまと共に在ります」


琥珀の答えは非常に簡素であった。そこに万感の想いが込められている。それだけは、皆にも伝わっただろう。それを聞いた皆の頬が仄かに赤くなっていた。


『…そうか。すまぬ、つまらぬ問いだった様だ』


五人の少女達の答えに、麒麟は小さく頷いた。すでに覚悟が決まっている者達に向け、更に言葉を重ねる愚を犯しただけであったと反省している様だ。


『では、我ら<五聖獣>の名において、彼の者達に、”祝福”を』


五行の理に連なる精霊神の権能が、少女達に流れ込む。


朱雀の”眷属”としての、血の限界が近かった愛茉、蒼の姿に変化が訪れた。


愛茉の背にあった皇族の証である紅の翼に、炎の霊光(オーラ)が立ち上り、豪奢な光に包まれた尾羽が幾つも垂れた。


蒼の背にあった白き翼には、虹色に輝く霊光が現れた。金色の髪は、それ自体が強い輝きを発している様にも見えた。


祈、琥珀、美龍の外見には特に変化が見られなかったが、その身体から発せられる生命力は、以前よりも遙かに強く、濃くなっていた。


(凄まじき力にござる。神の”祝福”が、まさかここまでとは。”勇者の資質”同等…いや、それ以上では…)


(自然界に在る理全て乗った”祝福”だからな。だが、これは…麒麟の言った事も頷ける…この力、とてもじゃないが、人の手には余る)


”生前”の自分の姿をつい重ねてしまい、俊明は顔を顰めた。魔王を屠った強大な力を疎まれ、辺境に追いやられた生。魔王を倒したと同時に、味方に背後から討たれた生。その末路をもし愛娘が辿る事になれば、悔やんでも悔やみきれないだろう。


(その為の、あたし達守護霊でしょ? しゃっきりなさいな。あなたがそれでは、困るのよ? 魂の長兄どの)


マグナリアの言葉が、俊明の胸中にストンと落ちた。そうだ。その為にここにいるのだと、そう素直に思えた。この悲劇を繰り返さない為にも。


「さぁ、それじゃ行こうか。大魔王の駆除に…」


すぐそこまで出かけようか。そんな自然な言葉で、祈は皆に言った。そこに気負いは全く無く、極々当たり前の行動をする程度の事でしかなかった。


何故なら、絶対に失敗する訳がないのだから。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



”獣の王国”


それは、狩猟と採取だけで日々の糧を得ていた、ささやかな生を営む小さな獣人達の集落が起源の、本当に、本当に小さな部族だった。


そこに、一人の獣人の子が産まれた。これが発端だった。


異世界の優れた技術の数々が、その子の魂の記憶から、天才と言える程の頭脳を通し、その集落に、そして周辺に広まり、彼らの暮らしは豊かになっていった。


だが、すぐに悲劇が訪れた。その子の魂には、魔王の因子が埋め込まれていたのだ。


魔王が力を付け、天才の周りの人間をも、徐々に取り込み蝕んでいった。集落に住む全員が”魔王”と化してしまうのに、そう時間は掛からなかった。


力を付けた魔王達は、瞬く間に勢力を広げていった。周囲の集落を呑み込み、村を侵し、街を占領し、国を支配した。


国家の運営は、力こそが全てである魔王達には荷が重かった。


乗っ取った国の家臣達を恐怖で縛り、次の侵略に駆り立てる。


小国を次々に呑み込み、戦いの中で強き力を示した兵を魂から乗っ取る。それを繰り返し、小さき魔王達は、やがて大魔王へと進化を遂げた。


列島の南の島に、”陽”と名乗る国が在るという。


列島の中でも、そこはかなりの栄華と歴史を誇る国だという。その国を呑み込む事ができれば、どれだけの力が上がるだろうか。大魔王達は舌舐めずりをした。


だが、その目論みは失敗に終わった。


人間(奴隷)だけの軍だから失敗したのか? そこは解らない。二つの大魔王の個体が抜け駆けをしたが、そいつ等はすぐに追っ手を差し向け処刑した。


今度は抜かりなく侵す為、大魔王の軍勢で行く予定だ。その為には、今よりも力をつけねばならぬ。今でも充分であろうが、戦の本質とは蹂躙である。些細な憂いもあってはならぬ。


この国の魔王達は変質し、もはや”個”を失いつつあった。群体としての個。その考え方と生態は、蜂や蟻に近しいものと成っていたのだ。


その為の司令塔、新たな”女王”が生まれるその時まで、兵隊は数を増やし、力を付け続ける。それには人のいう時間で、あと数ヶ月はかかるだろう。


そう考えていた。


その矢先…


目映き光に包まれたかと感じた刹那、自身が聖なる光に灼かれ、崩れていく姿が目にした最後となった。


抗えない程の痛烈な聖なる光に灼かれ、為す術も無く崩れていくのは、大魔王たる我らが身だけ。


周りで戦く人間(ぶた)共には、何ら影響が無さそうなこの理不尽。到底許せるものではなかった。


だが、これが現実。


生存戦略において、これぞ最適解と思われた、群体支配による共栄圏の構築。


共食いもなく、外的脅威に対し全員で取りかかり、互いに互いを守るという安心感。周囲全てが敵である異世界において、これこそが最適解であった筈だ。


だが、それも兵達に被害の”兆し”があれば、の話だ。


群体の全てを同時に標的とした奇襲に遭っては、数の優位なぞ全く意味が無い。


ここで終わるのか…


群体の意思が最後に発したのは、そんな小さな一言だった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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