第16話 荒木場武蔵、参るっ!
祈「やっぱりいつまでも影が薄い件」
「な、なぁ祈。危ないからやめとけって。ああそうだ、何なら今から俺が全員ぱぱっと呪い殺してくっからさぁ、それで許せ。なぁ?」
「イノリちゃん、危ないから駄ぁ目。泥棒なんかあたしがぱぁ~っと一瞬で灰にしてきてあげるから、冷静になりなさいな。ね? ね? ね?」
(とりあえず武器になりそうなのって、ウチには擂り粉木くらいしかない。包丁……は流石に危なくてダメだよね? うーん、どうしようかなぁ……)
何とか思い留まらせようと、必死に頭上を高速回転し続ける守護霊を無視しながら、祈は武器になりそうな物はないかと、離れの土間周辺を物色していた。
「本当にお主らは、全てにおいて物騒でござるな……」
「武蔵さんは良いのかよ? 祈自ら危地に赴くなんて、黙って見過ごせる訳ないだろ」
「そうよっ! もし、あたしのイノリちゃんの珠肌にちょっとでも傷が付いたら、奴ら諸共アンタも消し去るわよ?」
尋常でない上級霊達の剣幕に、数々の修羅場をくぐり抜けてきた剣聖ですら、少々気圧され後ずさる。
「祈殿とて、拙者らの修行を続けてきたのは伊達ではござらんよ。油断さえせねば、それなりの成果は出せると拙者は考えるが?」
『わたしもまもるー』
あの時そう望に誓った祈は、誰かを守る為に、守護霊達の持つ卓越した技術を欲した。守護霊達は基礎のみではあったが、祈にそれらを伝えてきたのだ。
「それが怖いんだってばよっ! このカシオミニに賭けても良い。祈はぜってーやらかす」
とっしー聞こえてるよー?
と、会話に割り込みたくなるのをグッと堪え、簡単に身支度済ませた祈は、そのまま離れを飛び出した。
「すまなんだが、今回拙者に全て任せて頂けないでござろうか? 俊明殿の結界術なれば、絶対祈殿は傷つく事無いであろう。だがそれではあの娘はいつまでも成長できぬ。マグナリア殿も手出し無用。祈殿尾に何かあれば、拙者が全ての責を負う覚悟でござる」
いつになく真剣な眼差しの武蔵に、力の抜けた笑いを浮かべ俊明は両手を挙げ降参する。
「……って、いきなりなんなんだよ武蔵さん…本当にこれ、必要なことなのか?」
「今必要かと問われれば、否でござる。が、祈殿の今後を思えば、何れ必要になってくると拙者は考えている。すまぬが、今日は課外授業だと思ってくだされ」
「ふふふふふ、ムサシ~。貴方ってば、どのくらいの炎まで耐えられるのかしら…? そういえば、どこまでイケるのかって霊魂では、まだ試してなかったわね……」
すでにマグナリアの脳内では、処刑が確定事項なのか、武蔵に向けて超々高熱の火球を創り出してみせた。
「おおう。くわばらくわばらでござ。ほれ皆の者。はよ祈殿を追いかけねば」
物陰に隠れ、蔵の入り口付近の様子を覗う。
蔵の建ち並ぶ一角には、少ないながらも篝火が焚かれていて、夜目の利かない祈でも、ある程度の様子が見通せる。
いくつかの蔵の扉が開いているのが判る。中央の蔵の入り口には、倒れている人影が2つあった。
(あそこの人達が……殺されたんだ……)
その遺体の頭上に、彼らの霊がいた。
おそらく何も解らないまま殺されたのだろう。ただ呆然と、彼らは自身の骸を見下ろしているだけであった。
「まだ賊は、全員蔵の中にいる様でござる。真正面から、というのは得策ではござらんぞ?」
────さて祈殿。ここはどう動きまする?
生徒に課題を出す教師の様に、武蔵は問いかけた。
「無音化術…透明化術」
祈は周囲のマナを集め、隠遁魔法を自身にかけた。
「イノリ、隠遁魔法を使っても貴方の気配は残るわ。ちゃんと気配を消すのを忘れないでね」
(そのまま突入か……うん。選んだ手は及第点……だが、ちょっと拙速過ぎだな。俺なら、先に式を飛ばして敵の大凡の配置と”戦力”をまず確認する)
あとで説教、その1だな……と、俊明は頭をかきながら祈の後を追った。
「これ以上はさすがに身動き取り辛くなるか。おい、そろそろ合流するぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。これも包んでおやびんに献上したいんで」
何度も雷太からウスノロと罵られていた男は、上司の手にぴったりであろう黒い篭手を抱え、大事そうに布に包んでいた。
彼が常にウスノロと呼ばれているのは、多少の親愛の情はあったのだろうが、本当に要領が悪い為であるのを影達は承知していた。
無駄に欲張り過ぎて発見されるのは、得策ではない。
あまりに凄いお宝達に目を奪われ過ぎて、誰も見張りに立ってなかった。冷静になって考えてみれば、とんでもなく不味い状況であるのは間違い無いのだから。
「早くしろよ。俺達は入り口で待ってるからな。ヤバくなったら容赦無く置いてくぞ」
「はいよ、へへへ……これ見せたら、おやびん褒めてくれるかなぁ…?」
忍び笑いをしながら、丁寧に梱包をする男の無防備な背中を、祈は捉えていた。
(幸運。一人になってくれた……)
擂り粉木を構えて、祈は男の首筋めがけ渾身の一撃を叩き込んだ。
派手な音が蔵の中に響く。
「痛ってぇー!」
(あれっ? 気絶しないっ!?)
「はい、残念~。不意打ちには成功しても、最初の得物の選択が不味かったな。あと、単純にお前の腕力が足りてない。そんなんじゃ、人の意識は刈り取れないぞ」
「あえて言いませなんだが、そもそも殺す覚悟でやらんとダメでござる。人とは案外頑丈に出来ておるので」
「イノリっ、隠遁魔法が解けちゃったわよっ!」
(やばっ…)
不意打ちに失敗した上に、大きな物音をたててしまったという大失敗で、祈は危機に陥ってしまった。当然、今は反省している暇など無い。
「てめぇ、どこのモンだ?!」
いきなり殴られた衝撃に嗚咽を漏らしながらも、男は振り返って小刀を構える。
「この家のモンだよっ!」
祈はすぐさま男に麻痺術をかける。擂り粉木では攻撃力が乏しすぎて、魔法しか手段が残されてないのだ。
「ガっ……うごごご……」
祈の麻痺術が綺麗に入り、男の動きが停まった。これでしばらくは身動きはできまい。
「さすがわたしのイノリちゃん。ちゃんと授業聞いてたもんね。えらいえらい」
(へへぇ、なんとか上手くいった~)
「こら、油断すんな。今の音で二人戻ってきたぞ」
(うへ。無音化術、透明化術……)
「おい、どうした、何があった?」
戻ってきた二つの影にとって死角になる位置に素早く移動し、祈は麻痺術を同時にかけた。
「っぐ……なっ?」
麻痺術にかかった一人がその場で倒れこんだが、もう一人が祈の方に振り向いた。
「っぬぅ。魔術師がいるのかっ?!」
(く。一人抵抗したっ?!)
対象に抵抗されてしうと、期待した効果が一切発揮されない。状態異常魔法の欠点がこれである。
あと、対象の精神状態や、彼我の魔力量の差によっては無条件で失敗する可能性もある状態異常魔法は、そんな理由から遣い手は少ないのだ。
「もう術は撃たせんぞっ」
祈の魔術に抵抗した影は、相手が魔術師であるとみるや、懐から両手いっぱいに無数の鋭い刃を取り出し、祈めがけ一息に投げつけた。
「まずいっ! 避けろ祈!」
「イノリっ」
(こんなの避けるなんて無理だよっ!)
俊明も、マグナリアも、そして祈自身も。
無数の刃によって、祈の身がハリネズミの如く串刺しになる明確な映像が脳裏に浮かんだ。
しかし、実際は……
祈は事も無げに、自身に襲いかかる兇刃の全てを、余すこと無く両手で掴んでいたのだ。
「……ふむ。やはり、素材は悪く無い様でござる…祈殿の自覚と覚悟が足りないのやも知れぬな」
全ての鏢を受け止めてみせた竜鱗人の娘は、掌に傷を負ってないかを丁寧に確認する。
そして、自身の具合を確かめる様に、首を左右にふって腕を回し、軽く飛び跳ねる。
「「えっ……? 何? なんなの??」」
「お二人さん、拙者でござるよ。この場は……この荒木場武蔵が、参るっ!」
誤字脱字があったらごめんなさい。