第157話 上位精霊達の世間話2
一般に、<神>と呼ばれている高次の存在に、時間と距離の概念は存在しないという説がある。
だが、”時間”という絶対なるものに支配されて動いている人類には、その説明はできない。そもそも人類の発明した”言語”は、その絶対なる存在である”時間”の概念にガチガチに縛られているからだ。
四聖獣…自然界に在る”属性”の概念によって発生した<精霊神>は、その起源の端…誕生の瞬間という”時間”には縛られているが、それは厭くまでも、”存在の端”でしかない。
時々に巡る”筋道”によって、様々に変化する未来を視通し、またその枝分かれした様々な結末にも”存在の端”が常に在り、”観測”を続ける。
彼らの観測する結末…未来は、観測者によって視点が変わるのと同様に、同じ”筋道”を辿った結末でも、それぞれによって異なる。
異なる”観測結果”の摺り合わせによって、一番太い筋道へと未来の誘導を行う。
今、この世界に生くる者全てに必要な事は、確たる結末への道標なのだ。四聖獣は、そう確信していた。
『して、朱雀よ。お主の眷属の仕上がりはどうだ?』
『…正直に言って芳しく無いな。やはりここらが血の限界であろ』
『ふむ。しかし、今の仕上がりで無理矢理決行しては、かなりの数の魔王を漏らそう』
『そこよ。もう一人の眷属の方も、竜の娘は手を焼いておる様だ』
『我が先走ったせいで足を引っ張る事となった。本当にすまぬ…』
朱雀の試みが成功していれば、地に満ちた眷属だけで、魔王をほぼ駆逐できていた筈だ。だが実際は、当時大きな”個体”を数個、地に封ずるだけに留まった。
それすらも完全とはいかず、魔の発する瘴気によって汚染され、魔物が跋扈する呪われた大地が幾つも出来上がってしまったのだ。
『ええさ。お主のお陰で、我も踏ん切りが付いた。血で足りない分は、我らの”祝福”で補うしかあるまいて』
『朱雀よ、お主の巫女は、お主自身がみるべきだ。もう一人の眷属は…玄武、お主がやれ』
『それは構わぬが、我の”祝福”でええものか? ほぼ力の残滓しか残っておらぬとはいえ、アレは朱雀の眷属ぞ?』
『確かに、呪の相剋の面で言えば、お主の水気と、我の火気…相反する。だが、所詮アレに在るは”残滓”だ。上書きしても支障はあるまいよ』
属性の相剋。陰陽五行で伝えられる、万象の法則である。この場合、水を司る玄武と、火を司る朱雀の関係で当てはめると、水剋火(水は火を消す)となる。
『それだけではないぞ。”陰気”である我と、”陽気”であるお主…我らとことん属性が相反する訳だが、アレは保つのか?』
陰と陽…対極図で示される関係だ。冥を司る玄武は陰。日を司る朱雀は陽となる。
『そこは問題無い。だが、確かに属性が変わってしまうとなると、アレの有り様も変わる可能性がある、か…ふむ。一度本人を交えて話さねばならぬの?』
『そうしてやれ。そもこも我が引き篭もっていたせいで招いた問題ではあるが…』
『然り。あの青竜も、そこはちゃんとしておったのにな?』
『その青竜の眷属のせいで、この世界は滅亡一歩寸前にまで状況が一時傾いたのだがの』
『何とか最悪の事態だけは免れたから良かったが…』
今は笑い話で済んでいるが、まさか、とある娘の野ションが世界滅亡への引き金になるとは、一体誰が予想できるというのか。神たる四聖獣ですら、無理な話であったのだ。
『そういえば、その青竜の眷属だが…アレは我らの眷属とは、まるで違う様だな』
『あれは”分身”と呼んだ方が良かろうて。一応受肉はしてる様だが、人の形は擬態であろ』
『で、あろうな。恐らくだが、あれは竜の娘より強い』
肉体の持つ性能だけで言えば、確実に青竜の眷属である楊美龍があの中で一番強い筈だ。次点で白虎の眷属である雪琥珀、その次に竜の娘の尾噛祈になるだろう。
『だからこそ、我の眷属達の”不足”が目立つのだ。このままでは、最上の結果には辿りつけぬわ』
『まだ時間はある。焦る必要は無いだろう』
『だが、念には念を入れねばなるまいて。麒麟、呼ぶか?』
麒麟は未だ神へと辿り着けていない、神未満の聖獣である。一応は、四方を護る聖獣達の中央に座す存在だ。
とある世界の、とある国の皇帝が、四聖獣を従えた中心の偉い存在だと喧伝し、”神成り”をしようとした…それこそが麒麟の正体だ。
実際にその魂は神への扉を抜け、現在は神として修行中の身である。この場に喚ばれた麒麟は、もし神と成ったとしたら、の”未来予想”の概念に過ぎない。
『それも有りか。いっそのこと、麒麟を含めた”五聖獣”としての我ら全員で祝福をしてやるのもええさ』
『…そこまでやってしまってもええのだろうか? 半神となってしまうが』
『どうせこのまま放っておけば消える世界よ。やるならとことんでも構うまいさ』
『…我は責任持たんぞ? あの青竜すらも嫌がるやも知れぬ』
『いや、彼奴なら絶対に面白がる筈だて…』
『他の上位存在には、絶対に聞かせられぬ話よな…』
世界の安定を図る為に、この世界の管理官が喚んだ上位存在は、他にも沢山存在する。ただの現地人が、上位存在の”祝福”によって、神にも等しい力を持ったとしたら…下手をしなくとも、目を付けられるだろう。
『…しかし、主様には、我らは本当に迷惑ばかりかけてしまうな』
『これも運命と思ぉて諦めて貰う他あるまいて。いざとなれば、この世界に未練の無い我が主様に首を捧げよう』
『せめて、これが終わった後、安寧の時間が訪れる事を願うばかりだ』
四聖獣達が望む未来…その”観測結果”に辿り着けるか…そこに至るまでの”筋道”は、未だ彼らの眼にも視えてはいなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅ。これは大変だ…」
「本当に、ごめんしゃ…」
蒼の修行は、今や暗礁に乗り上げていた。草として長年培われてきた彼女の集中力は、本当に申し分無いのだが、生命力の総量はどうしようもなかった。
そもそも種族的な問題が根底にあるのだろう。生命力に関して、すでに蒼の成長限界はすぐそこまで見えてきていた。このままでは、目標到達はまず無理だろう。
(こればかりはどうしようもない。肉の器の問題だからな)
(ふむ? 俊明どの、生命力の成長に上限は無い…拙者、そう聞いておりましたが?)
(いや、それで一応合ってる。だが、それは”勇者の資質”ありきの話であって、一般人はその限りではないんだ)
(…ずっとズルいズルい思ってたけど、やっぱりズルっ子さんだよね、とっしー達って)
(俺達の存在が反則なのは認める。だが、そんな風に思われてたんか…俺達って…)
(一応、我らのこの能力は修行の果てに身につけた技術の結晶であって…)
(どちらかと言うと、祈、お前の方がよっぽどズルっ子さんなんだかんな? 俺達の技術の習得が異常に早かったのは、そのお陰なんだから)
(…えぇー?)
(ま、そういう事。でも、イノリちゃんが頑張った結果なのは間違い無いんだから、そこは安心してね?)
「…主さま? 大丈夫ですか? 美美のおっぱい、揉みます?」
何かを考え込む様に固まったままの状態の祈を心配してか、美龍が”世の男性なら絶対に喜ぶアレ”だと、父の青竜から聞いていた台詞を吐いた。
「…はっ。柔らかさの欠片も無いただの筋肉の塊で、何をほざきやがりますか、この淫獣が」
両腕を組んで巨大な双球を強調する様に持ち上げながら、琥珀は勝ち誇った様にポーズを取った。
美龍の胸は、全く無かった。散々部下達から『無い胸ペッタン』と陰口を叩かれていた祈の胸よりも無かった。柔らかさの源である脂肪分が皆無だった。あるのはガッチガチに鍛え上げられた筋肉だけだった。所謂、胸肉だ。
「…ふ、琥珀。貴女、ワタシを侮り過ぎよ? 脂肪なんて、我が秘術にかかればスグよ? ほあぁぁぁぁ!」
美龍が裂帛の気迫を込めてゆっりと自身の胸に両手を当て撫であげると、服が内側から急激に爆発する様に盛り上がる。その瞬間を見ていた蒼と琥珀は、両の眼をひん剥いて驚きの声を挙げた。
「んご。ナニソレ…ナニソレ…?」
「ズルかぁ…なんねソレ、アタシにも教えんしゃい」
「ん~ふ~ふ~♡ これぞ名付けて豊胸術也。肉体なんぞ、所詮精神の器にしか過ぎぬ。いくらでも弄れます」
バンキュッボン。
擬音だけで表現すれば、今の楊美龍の全身はそういう状態にあった。
「はい、主さま♡ 思う様、揉んで下さい♡」
今や琥珀以上の巨乳を携え、自慢気に双球を揺らしながら、美龍は祈に甘く迫る。その様を悔しそうに両目に涙を溜めて、琥珀は見ているしか無かった。
「…え、やだよ。キモい」
祈の心底冷めたマジ拒否に、美龍はその場で膝から崩れ落ちた。
誤字脱字があったらごめんなさい。




