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第156話 顔合わせ、打ち合わせ



「くぅ~っ! やっぱり風呂上がりにはこれっちゃんね」


よく冷えた果実水が食道をするりと滑り、胃へ辿る様子が良く解る。火照った身体を内側から冷やす爽快感に、ついつい声が出てしまう。


「おう、そこん姉ちゃん、おかわりくれんね」


(そう)は、美味そうに果実水を呑み干し、近くに控えていた女房にお替わりの催促をした。


「蒼さまは本当に美味しそうにお召し上がりになりますよねぇ…何でも」


「なんね、琥珀(こはく)。お前だって、人ん事ば全然(いっちょん)言えんちゃろが」


明太子が一欠片あれば、ドンブリ山盛りのご飯をペロリと平らげる飢饉の大敵とも言える人間に、そこまで言われるのは心外だと蒼は盛大に鼻を鳴らした。


「えっと…”五十歩百歩”って、こういう時に使う言葉だよね?」


「ええ、その通り。さすが美美(メイメイ)(あるじ)さまです」


「「違うよっ?!」」


祈と琥珀は、(ヤン)美龍(メイロン)の主認定に対し同時に否定をした。


祈の方は、未だ美龍を仲間と認めきれていない意味での否定。


琥珀の方は、勝手に人の主を取るなという嫉妬から来る否定。


言葉は同じでも、中身は全く異なるものであった。



「ん。まぁ誰が主で、誰ば下僕かなんちゃ、どげんでん良かけんし(どーでも良いからさ)ゃ、さっさと話ば進めんしゃい」


お茶請けの菓子を頬張りながら、蒼はさもつまらなそうに先を促す。こういう痴情のもつれ(?)は端で無責任に見てる分にはとても楽しいものだが、いざ巻き込まれてしまうと、ただひたすらに面倒臭い。欲しい情報を抜き出したら、さっさと逃げるに限る。そう考えていた。


「…そだね。んじゃ、楊美龍。どうやって私の結界を抜けてきたの?」


「それは、私が持つ”異能”を使ったからです。気付かせず、近寄らせず、突破させず…そんな高度な複合結界を構築する術者を、是非この眼で見てみたくて…」


美龍の言の通りであるならば、祈の慎重に慎重を重ねた結界のせいで、逆に興味を惹いてしまったという、正に完全に裏目に出た結果になった事を意味する。


「…うぐっ、認識阻害結界術が効かなかった場合を、私ってば全く想定していなかったよぉ…」


「いやぁ、普通そげんば(そんなの)あり得らんけん(あり得ないから)


「ですです。それに普通なら、物理障壁結界を術者にそうと気付かせず抜ける事は、まず不可能ですし?」


琥珀の言う通りに、物理障壁結界を抜ける為には、どうしても結界を超えるには”境界”を破壊するか解呪するか…その為に触れねばならない。術者が侵入者の存在を気付かないまま通す事は、まずあり得ないのだ。


「ええ、その通りです。そこで私の”異能”の話に繋がる訳です。私の持つ”異能”…極々短い距離になりますが、空間を超える跳躍ができます」


そう言うと、美龍は三人の目の前で次々に実演してみせる。祈ですら美龍が空間を跳躍する気配一切を感じる事ができず、驚愕に眼を見開いた。


「はぁ。これは確かに祈さまといえども、不意を突かれてもおかしくはないですねぇ…」


「この世には、こんなデタラメな能力もあるのか…どう対処すれば良いんだ?」


「…主さま、それ、ワタシを警戒してるって事です…よね?」


「当然じゃないか。このままじゃ私、もう二度と安心して屈めないんだよ?」


あの時、祈は自身の貞操の危機を本気で感じてしまった。楊美龍のいやらしいニヤけ顔が、未だ祈の記憶に鍋底にこびり付いたお焦げの如く、拭えぬ傷となり根底に張り付いているのだ。これを言ってしまえば、きっと美龍は『ワタシ、ニヤけていないっ!』と猛抗議する事だろう。


だが、人の主観に基づいた記憶というものは、どうしようも無い。第一印象があまりにも悪すぎたと思って、そこはもう諦めてもらう他は無いのだ。


「…あぁ、そうばい。乙女ん貞操ん危機って奴ばい。あー怖か、怖か」


「貴様は、やっぱりここで死ね。今すぐ死ね。脳漿ぶち撒け()く死ね」


周囲の空間すらも歪ませる程の強烈な闘気を放ち、怒髪天の琥珀は美龍に肉迫する。


「うわあぁぁぁん。主さま、助けて下さいっ! 白虎の眷属の眼っ、あれ絶対本気ですってっ! ワタシ、こんな所で死にたくないよっ!?」


幾度も繰り出される必殺の闘気拳を、美龍は何度も跳躍を繰り返す事で何とかやりすごしているが、このままでは(いず)れ捌ききれなくなるだろう。琥珀はこの瞬間にも、どんどん成長しているのだ。


「琥珀、止まりなさい」


「はぁい♡祈さま♡」


「…うへ、すごかね。たった一言で即とまるんかよ…どんだけ…」


「なにこの人マジ怖い。美美、本気でチビりそうになったよ…」


父親である青竜より、遙かに怖い存在がこの世界にいる。それを美龍は身に染みて覚えた瞬間である。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「で、楊美龍。私達の目的は、当然青竜から聞いてるんだよね?」


これ以上体力と時間を使い続けても意味が無い。特に琥珀のテンションがおかしい気がする。祈は琥珀を変に刺激しない様に、話を進める事にした。


(はい)。ワタシの生命力(プラーナ)は必要に足りています。そこの白虎の眷属…」


「わたしの名前は琥珀です」


「…琥珀は大丈夫。ですが…」


「アタシが問題…ってことばいね?」


「是。朱雀の眷属にしては、あなたの生命力は低すぎます。このままでは親父達の”策”に支障があるでしょう」


<破邪聖光印>の行使には、術者の持つ生命力が鍵となる。邪を封じ込める為の結界の構築速度は元より、破邪の光の強度にも多大の影響がある。


特に今回の様な超広範囲を覆う結界呪印を構築する場合、一片を受け持つ術者の能力次第では、結界が完成する前に対象が外に逃げ出す事も充分に考えられるのだ。


5名の術者による結界呪印の構築というだけでも、難度が跳ね上がるというのに、そこに更に速度が求められるのだ。


今回の策の主目的が”奇襲”にある以上、結界構築までの速度は、絶対条件である。その為には、術者の練度は元より、より強い能力が求められるのだ。


「多分親父達は、結界が完成する前の、多少の”漏れ”は想定していると思います。問題は、”漏れた”魔王達の始末です」


「呪印が完成する前に、術者が狙われた場合…って事かな?」


「是。主さまは問題無いでしょう。ですが、術に慣れていないワタシ達は、呪印を維持しながらとなると…どうしても無防備になる」


祈ならば印を結びながらでも普通に動けるが、呪術に習熟していない他の面子はその限りではない。美龍の指摘はそこだった。


祈が上位の式神を喚んで、それぞれを術者の護衛に付けるという方法を提案してみたのだが、<破邪聖光印>の構築の為には、主術者となる祈の生命力をここで無駄に使う訳にはいかないのだと、美龍は言う。


全員が少しでも生命力を祈のそれのレベルに近づければ、それだけ構築速度と安定度が増す。速度が上がれば、当然その分だけ魔王達の”漏れ”が防げるだろうと四聖獣は考えていた。


「少しでも構築速度が上がれば、その分だけ危険度は減るって事か…」


「是。その為には、そこの朱雀の眷属…」


「アタシは蒼な?」


「蒼の、生命力増強は急務。もう一人の朱雀の眷属にも、当然言える事だけれど」


「…時間が許す限り、鍛えなきゃ…だね」


蒼の能力は、祈達に比べてしまえば確かに低過ぎると言われても仕方が無いのだが、他の人類に比べれば遙かに高い潜在性を持っている。徹底的に鍛えれば、確かにモノになる。だからこその抜擢なのだ。


ただ、それは時間との勝負でもある。今回の”策”の成否は、蒼の両肩に掛かってると言っても過言ではないのだ。


「…ばい。本当に(ほんなこつ)ごめんな、足ば引っ張るばってん…」


「蒼さま、皆で一緒に頑張りましょう」


四人は互いの顔を見回してから頷き合い、少し温くなった果実水を一気に呑み干した。




誤字脱字があったらごめんなさい。

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