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第155話 楊美龍



大地の熱によって温められた地下水は、汲み上げる労力を一切必要とせず、懇々と湧き出ていた。


帝より拝領した土地に眠る手付かずの豊富な地下資源は、今や古賀(こが)家から独立した一光(まさみつ)の手によって、最大の武器になろうとしていた。


その中でも、一光が真っ先に眼に付けたのは温泉である。


当たり前の話だが、湯を湧かすには金がかかる。多くの燃料を必要とし、大量の水を汲み上げねばならない。当然、それらを全て賄う為には、多くの時間、もしくは人の手が必要となる。


だが、元より暖かい温泉となれば話は変わってくる。大地より次々に湧き出てくるのだから、最初に湯の通り道を作ってしまえば、無尽蔵ともいえるそれらが尽きるまで、後は何もする必要がない。


そして、帝国人は無類の綺麗好きだ。凍え死んでしまう様な気温でもなければ、多少強引でも水浴びを慣行しようとする。これが適温の温泉が湧き出る場所があると知れ渡れば、遠方からも客足が見込める土壌がすでにある。


一光は魔物の討滅が完了すれば、この温泉施設を中心とした一大歓楽街を作る計画をすでに立てていた。近い将来、ここに帝国中から観光客がどっと押し寄せてくる事だろう。


「「「「……………」」」」


その女湯に浸かる四人は、あれから終始無言のままだった。


何か言葉を発せねば話が一切進まない。それは解る。だが、今はそんな雰囲気でない。それが痛い程解るが為に、誰も何も喋れないのだ。


その中でも、特に祈の緊張は尋常では無かった。


(今までずっと男だと思っていた人が、まさか女性だったなんて…何て謝れば良いのだろう…?)


排泄という、生物にとって一番無防備な姿を晒す羽目となった相手との、ここにきてまさかの再会である。性別が判明して、あれから何度も殺す事だけを考えていた人物の殺す理由の大半が消えてしまったが、恥は恥だ。この恥辱の記憶を完全に雪がねば、この先を生きる事もできないのもまた事実である。


「…(ヤン)美龍(メイロン)さん…だっけ? あの時、どうやって結界の中に?」


だから、まずは様々な”何故”を、聞かねばならない。そう祈は思った。


会話を重ねていけば、この楊美龍なる人物像が見えてくる筈だ。青竜の眷属で…父の命で祈の元へと馳せ参じたのだと彼女は宣った。である以上、彼女は四聖獣の”策”の為に招集された人物の筈で間違い無い。


だが彼女との出会いは、本当に最悪だった。それこそ、あの場面を忘れ去りたい程に。一生思い出したくない程に。そんな人間に、自分の、そして仲間の背を預けても良いものだろうか? 少なくとも彼女は信用に足る人間であるのか? せめて自分が納得できなければ無理だ。それを祈は見極めていかねばならないだろう。こいつはダメだと思ったら、その時はその時だ。楊美龍を殺し、自分も死のう。その考えに至る間に何の躊躇も無い所が、正に”尾噛”なのだが、本人はその事に一切気付かない。


「……美美(メイメイ)


「え?」


「ワタシのコト。美美…主さまには、そう呼んで欲しい」


頬を赤くしながら、美龍は祈にお願いをしてきた。それを端で聞いていた(そう)の頬はつられる様にみるみる赤くなり、琥珀(こはく)の頬はぷっくりと一気に膨れあがった。


「いや、そんな事いきなり言われても困るよ、楊美龍。私はまだ、貴女の言う主じゃない」


得体の知れぬ…というか、出自が謎だらけの者から唐突に主と呼ばれても、祈には困惑しかない。


楊美龍の表情を見ると、何故だか異常なまでに一方的な好意をその視線から感じて非常に困る。だからこの返答は、祈も我ながら意地悪過ぎるとは思うのだが、この慎重さばかりは自分でも中々治せない。


「うぅ、ごめんなさい…調子コきました。まだあの時のコト(野ションの件)を、お許しいただけていないのに」


「それは今すぐ忘れなさい。記憶から消せ。徹底的に」


楊美龍の言葉に被せる様に、祈は超反応で返した。”あの時のコト”を直接言及しなかったのは、許したからではなく、ただ単に記憶から完全に消し去りたかったからでしかない。


「…あの、祈さま。そろそろお湯から出ませんか? なんだか、琥珀はのぼせてきちゃいました…」


「ああ、そうだね。この話の続きは、外で冷えた果実水でも飲みながらにしようか?」


時間が無い。そう三聖獣は言っていたが、楊美龍と親睦を深める程度の時間は許されるだろう。少なくとも、言葉を重ねていかねば、相互理解はあり得ない。目と目で通じ合う…なんて、そんなものは所詮夢物語でしかない。


だったら、これからどうすれば良いのか?


当然、言葉を交わし、理解と共感を得るしか他に方法はない。言葉とは、その為に発明された筈のものなのだから。


祈は、楊美龍という人物を深く理解したかったし、彼女に尾噛祈とはどんだけ面倒臭い人間なのかも知って欲しかった。


(だから、これは必要な事。ごめんね?)


湯上がりには、よく冷えた果実水だけでなく、何か美味しいお菓子も用意させよう。祈は脱衣所に待機する女房に、四人分の茶菓子と果実水を用意させる様にお願いした。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



(青竜の奴も、この世界で眷属をつくってたのか…この世界に、そこまで何の魅力があるってんだ?)


「…ねぇ?」


談笑を続ける祈、琥珀、蒼、美龍の四人の姿を見下ろし、一人思案の海へ意識を漂わせた。


考えるまでもなく、四聖獣の内の玄武を除く三柱それぞれが、この世界の住人と血を交わして子を成している。あの大魔王という個体は、その性質から魂持つ存在全ての天敵と言えた。そしてこの世界の住人達は、そんな大魔王の特性に対し、何ら抵抗する術を持たないという。


そこから導き出される結末は、この世界に在る生命全ての魂の乗っ取りだ。四聖獣の”観測結果”がそれを強く示唆していた。


だが、そもそもこの世界に四聖獣は”概念”すらも全く存在していなかったのだ。当然、そこまでしてやる義理も義務も無い。だが、彼らは時に労り、腹を痛め、自らの眷属を世に放った。


この世界の”結末”に責任があるかの如く、彼らは未来を案じている。彼らとの”絆”と言える経路からも、それらがひしひしと伝わってくるだけに、俊明も祈に強く反対もできなかった。


そのため、義理と義務の板挟みに、こうして苦しむ羽目となっているのだ。


「ねぇってば」


(だが、こうして奴らが自分の”血族”を祈に差し出してくるって事ぁ、やっぱ俺に義理立てでもしてるつもりなんだろうなぁ…)


「ねぇ、ちょっと?」


(だが、俺はもう勇者ではない。ただの守護霊の一人だ。祈だって、俺等の持つ技術を少しずつつまみ食いしただけの、他よりちょっとだけ強い奴。その程度の存在でしかない。そんなのが世界に対して、一体何ができるってんだ?)


「もう、無視しないでっ!」


「だあっ、うるせー! さっきから何だよ、マグナリア?」


「漸くこっち向いてくれた。もう、アンタさっきからどうしたってのよ? ずっと心此処に在らずって感じだったのよ?」


「…ああ、すまん。チョイと考え事してただけだ」


「…考え事?」


「ああ。なんで祈なんだろうな…ってな。確かに俺達によって積み重ねられた”経験”が、あいつの魂の根底に在る。だが、その程度だ。あいつは、俺達と違って勇者じゃない」


祈の強さの秘密は、三人の元勇者による”経験”の残滓が、魂の骨子に在る事だ。成長限界に達した魂は、今在る主人格を、その力の大半と共に切り離す。そうする事によって、新たなる無垢なる魂として再出発をする。


祈はそんな新たなる門出を幾度も繰り返してきた魂に宿った新たなる主人格である。呪術、剣術、魔術のエキスパートを輩出してきた魂だからこそ、その技術への理解が魂の根底からできているが為に、習熟が早かった。


だが、祈の魂は三人の勇者を輩出した魂が持っている筈の”勇者の資質”を持って生まれはしなかった。それは、この世界を治める管理官が、”勇者”という存在全否定していたからだ。


勇者の資質を持って生まれなかった以上、その魂の成長上限は、勇者であった俊明達より遙かに低い。今は良くても、娘の強さは(いず)れ伸び悩む日が来る筈だ。


「…そうね。でも、この世界の住人が、あの子のそれよりもっと弱いんだもの。仕方の無い事ではなくて?」


帝国でも名の通った”剣豪”とやらでも、眼にハンデを背負った祈にとって、何の障害にもならない程度の強さしか持ち合わせてはいなかった。


もし仮に祈が、全力全開の本気で()ったとして、彼女の歩みを止める猛者が、この世界に果たして存在するのかどうか…この世界のレベル自体、その程度でしかないという事なのだろう。


「だから、俺は心配になったんだ。そんなつまらん消去法のせいで、祈へしわ寄せが来ているだけなのだとしたら、俺達が間違っていたんじゃないかって…な」


『私は強くなりたい。周囲の人達を護れるくらいに』


…そんな祈の求めに俊明達が応えた事によって今の事態を招いたのであれば、それは守護霊として本末転倒の話である。そもそも”魔王”の設定をしていない筈の世界に、大魔王が繁殖している事自体間違っているのだ。もう人の手に負える範疇を、すでに軽く超えている。


「本当そうね。だからあなたはさっきから固まってたって訳ね…」


「他にも色々あるんだが…な?」


流石に、この先はいくら守護霊(同僚)でも気軽に話せる類いのものではない。神への扉を拒否した魂が、また転生を果たした事で今の”俊明”を形成しているのだから。


「ねぇ、大丈夫? おっぱい揉む?」


豊かすぎる胸を俊明に突き出す様に強調させて、マグナリアは両手で持ち上げてみせた。


「…揉む」


「え?」


「え?」


「…ホントに、ホント?」


「はぁ? なんだよ、お前が言ったんだろうが」


「やったー! 漸くあたしの魅力に気付いたのね♡」


「…俊明どの、よろしいので? もうこれは冗談では済まぬかと…」


「…ああ、武蔵さん。今までずっと黙っていた癖に、いきなりここでツッコミを入れないでくれ。マジで反応に困る」



その後、本当に彼女の豊かすぎるそれを揉んだのか、はたまた吸ったのかは、本人達は一切何も語ろうとはしなかった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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