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第154話 責任取って死ね




そこは何も無い、どこまでも、どこまでも続く果ての無い、ただ真っ白な空間だった。


そこに在るのは、ただ耳が痛くなる様な”無”から来る静寂と、人とは異なる遙かなる高みに在る上位霊という存在のみ。


数ある精霊の中でも最高位に位置する”精霊神”と崇められる存在が四柱、そこには在った。様々な世界に在って”四聖獣”の概念として君臨するそれらは、自らが招く結果となった世界の危機にそれぞれが頭を抱えていた。


『…青竜よ、やってくれたな』


『…おいおい。これは(オレ)のせいじゃねぇだろがよ』


『いいや。完全に貴様の眷属の不始末なれば、当然これは貴様のせいであろ。先程まで観測できた”筋道(ルート)”全てのぉなってしもうた。どうしてくれる?』


『これは参ったな。今まで最悪だと思うておった結末がまだマシだとか…さて、この不始末どうしてくれようかのぉ…』


朱雀と白虎が、怒気と殺気を孕んだ視線をそれと隠そうともせず、そのまま青竜に投げかける。青竜の返答次第では、異空間の存在すらをも巻き込みかねない大決戦の幕開けとなるだろう。


四聖獣同士に力の優劣は一切無い。あるのは、それぞれの持つ属性の相関のみだ。今の状況では2対1となる以上、青竜が一方的に滅される事となる。


『当然、竜の娘へのフォローは、貴様の手でしてくれるのであろ? そうでなければ、我らも色々と考えねばならぬのでな』


『然り。我らはもう止まる訳にはいかぬ。我らの望む”筋道”への刻限(リミット)は近い』


『貴様だろうが、その問題の眷属だろうがそれは問わぬ。骨は我らが責任を持って拾うてやるから、さっさと竜の娘に頭を下げ死んで来るがよい』


ただこのまま静観しているだけでは、状況が好転する事は絶対にない。先が視えてしまう存在だからこその焦燥なのだ。なれば動くしかないのだが、そのどれもが足の踏み場の無い地雷原である。早い話が『死んで詫びろ』という事だ。


『貴様も解っておろ? このまま指を咥えて見ておるだけでは、下手をせずとも(いず)主様(ぬしさま)が出て来こよう。そうなれば、我ら全て、この世界より弾き出される事となろう』


『それで済めばまだ良いがな…我ら”四聖獣の概念”自体、消される可能性もある。真名を握られるという事、つまりはそういう事よ』


『然り。主様の過保護、どんだけーって話だが、年頃の娘を持つ親というもの、程度の差はあれ皆同じ反応よ。それが力を持つ者か持たぬ者かの差でしかない…』


…だから、安心して世界の為に死んでこい。三柱からの無慈悲なる宣告に、青竜は面倒だからと、己が眷属に事態を丸投げした事を酷く後悔する羽目となった。


『ええ…マジかよ?』


たかだか小便をしている所を他人に見られただけで、世界の滅亡に繋がる事態になる等とは、一体誰が想像しようか。更にはまさかその為に、自身の存在の危機にまで話が及んでしまったのだ。ここまで来れば、逆に笑いしか込み上げてこない程に馬鹿しい話だ。


だが、だからと言って笑ったままこの状況を放置する訳にはいかないのも事実だ。この状況に在って観測できる未来は、世界に在る魂の大半が闇に喰われてしまうものしか残ってはいない。青竜は、(くだん)の竜の娘に、頭の中であらん限りの悪態をついた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



『…っつー訳だ。詫び入れて死ね』


『そんだけじゃ何もわっかんねーだろうがよっ! お前が死ね』


親子喧嘩アゲイン。もしくは、怪獣大決戦再び。


極東にある島国の上空にて、強大で、絶対的な存在である竜同士によるタイマンが、今まさに盛大に繰り広げられていた。


暗雲が立ちこめ、雷鳴が轟き、その周囲を巨大な力のぶつかり合いによって発生した竜巻が幾つも乱舞し、風は嵐となって吹き荒ぶ。そして海は大時化に見舞われ、豪雨が地面を激しく叩いた。


今が蝉の鳴く季節で良かった。渡り鳥の舞う季節であったならば、何十万、何百万もの命が、この親子喧嘩の余波に巻き込まれ死ぬ事となっただろう。


『テメェ、何であんな事しでかしやがったんだ?』


青竜が巨大な紫電を幾条も放つ。その一つ一つに、必殺の威力が込められている。生物に少しでも触れれば、それは忽ちに消し炭になる程の超高電圧だ。


『あんだけ強固ですげぇ結界が張ってありゃ、興味を示さない方がおかしいってモンだろがよっ!』


それを眷属は、同様に紫電を放ち全てを相殺する。一瞬でも気を抜けば忽ち死に直結するそれを難なく行う眷属の胆力に、青竜は思わず口笛を吹いた程だ。


『やるねぇ。知らねぇ間に腕ぇ上げやがって…』


『だから言っただろ? 絶対(ぜってー)テメェを殺すってよ』


互いが相手をかみ殺さんばかりの猛な笑みを浮かべる。この親子を繋ぐのは、大量に溢れんばかりの殺意と敵意、そしてその奥底に、ほんの少しだけ忍ばせた互いへと向ける敬意という絆だ。


『その気持ちは確かに我も否定できん。隠されておれば、それを暴かずにはいられぬ。それもまた人情よ。だが、やって良い事と悪い事が在る。あの竜の娘こそが、この世界の命運を握る鍵ぞ。何故テメェは孃ちゃんを怒らせた?』


『可愛い娘は、ついつい苛めたくなるだろ? ってか、テメェいつもそう言って憚らねーじゃんか』


眷属の言い分に、青竜は思わず大きく頷いてしまった。そうなってはもう青竜は眷属に責任を追及する事はできない。それは自身の原罪を糾弾する様なものだからだ。


『…テメェ、熟々(つくづく)我の子よな…そこまで我に思考が似ると、逆に怖いんだが…』


『やめてくれ。テメェにそんな事言われたら、本当に死にたくなってくる…』


『ほざきやがれ。テメェ、竜の娘に頭ぁ下げて殺されるか、ここで我に殺されるか、今すぐ選べ』


『死ぬのは確定事項かよっ?! …竜の娘に頭下げて生き残る…ってなぁ、些か虫が良すぎるかな? 親父』


『それができるってンなら、それに越した事ぁねぇやな。それができるってンなら、よ?』


誰も死なずに済むのであれば、当然それが最善手である。そもそも青竜が自身の眷属を東の列島に送りつけたのは、足りない欠片を埋める為のものだったからだ。


そしたら何故か全てが水泡に帰すレベルでご破算寸前になってしまったのは、目の前にいるこの眷属(バカ)のせいなのだ。青竜は盛大に溜息を吐いた。


『…だよなぁ…』


竜の娘に付き従っていた獣人…恐らくは白虎の眷属だろう娘の、あまりの剣幕に驚いてつい逃げ出してしまったが、あの行動はかなり不味いものだったと理解できた。


運良く全てを躱す事ができたが、もしあれが少しでも我が身に擦りでもしようものなら、忽ちに肉が抉れ、骨は砕かれたであろう。それほどの威力を秘めた危険な拳だった。脳裏に鮮明にそれを思い出し、眷属はぶるりと悪寒に身体を震わせた。


もし、もう一度竜の娘と接触を図ろうとすれば、確実に獣人の娘の”アレ”がまた飛んでくるのだ。あの時強がって余裕ぶってはみせたが、正直恐怖しか無い。


『テメェのケツはテメェで拭きな。拭いきれなきゃ、そン時はしゃーねぇ。我も一緒に死んでやっから』


『親父…』


(野ションが原因で消滅の危機を迎える羽目になった神は、全次元、全宇宙を見通しても、恐らくは我くらいなもんだろう。笑っちまうな)


本当に馬鹿らしい話だがな…そう思いはしても、決してそれを青竜は口にしなかった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「はぁ、ホント死にたい…」


顔の半ばまで温泉に浸かり、ぶくぶくと泡を吐く様に祈は呟く。


ここは、魔の森掃討の勅を帝より受けた、古賀(こが)一光(まさみつ)が討伐軍の福利厚生と静養を目的として建てた温泉施設の一つ。かつて一光と鐙を共にした祈は、斎王周辺の全ての施設が顔パスになっていた。今回は、それを利用しての骨休めである。


温泉は良い。全身がポカポカと温まり、疲れが一気に溶け出していく感じがする。


その筈なのだが、祈の気分は最悪だった。意識させない、近付かせない、突破できない。の、万全を期した三重結界を易々と突破された挙げ句に、人として一番無防備な姿を、誰とも知らぬ男の眼前に無様にも晒してしまったのだ。更には、(そう)琥珀(こはく)にまで、それをばっちりと見られてしまったのだから、もう目も当てられない。


嫁入りを拒みはしたが、それは『帝国の馬鹿貴族共だけは絶対に嫌』なだけであって、祈の理想の男性が目の前に現れれば、すぐにでも赤べこの様に首を上下に振る覚悟はできている。なのに、だ。あんな姿を、男に見られてしまっては、もうそれも無理だ。死ぬしかない。


そこに来て、友人の二人にも…なのである。祈の羞恥心は軽く限界値を振り切り、心の傷は修復不可能なレベルにまで達した。完全に心身共にスタボロになっていたのだ。


(久々ね、それ…)


マグナリアが気怠げに祈の話し相手になる。当然この場には、俊明も武蔵もいない。祈の作り出した結界内に閉じ込めている。例の件があった以上、結界は更に強固に幾重にも編んでやった。もう誰も信じない。自身の結界術ですら…だ。


「まぁ、まぁ、祈さま。今度憎いアンチキショーが来やがりましたら、次こそはこの琥珀が、この地上から消し去って差し上げますので…」


「ばってん、あん野郎(ニャロ)、かなりん腕やったよな。そう上手ういくて思いよっと?」


琥珀の繰り出す拳は普通ではない。闘気によって覆われた特別製だ。見た目以上の範囲に、その殺傷力が込められている。相手はそれを初見で全て見切った上に、拳の死角をカバーする様に投げた蒼の手裏剣すらも全て避けてみせたのだ。思い返すだけでも恐ろしい手練れだった。


「てゆか、てゆか。貴女たちも私の抹殺対象なんだけど? あの無様な姿を見た以上、絶対(ぜってー)赦さねぇ…」


音も無く琥珀と蒼の間に()()()と祈は入り、あらん限りの殺気を込めた視線を向ける。武門の出の者が、あの様な無防備な姿を他人に晒したとあっては、もう生きていられない。それ程の恥なのである。その恥を雪ぐには、目撃者を全て殺し、自ら命を絶つ他に術はない。それを思ったのは一瞬。だが、やはり自分は武家なのだと、嫌でも自覚させられた刹那であった。


「う、うううう、嘘です、よね? ね? ね? 祈さまぁ?」


「うおお。祈のそん眼、ばりやりかねんったい…」


だが、祈の悲鳴を聞きつけ、あの場へすぐに琥珀達が駆けつけていなかったら今頃どうなっていたか…それを思うと、祈は手を下す事はできなかった。


「…なんてね。ありがとね、二人とも…あの時私、本当に怖かった…まさか、結界をああも簡単に抜けて来る奴がいるなんてさ。完全に油断してたよ」


二人の手を取り、祈は軽く口づけをした。今できる精一杯の、二人への感謝の印のつもりだ。


「いやぁ、美しい。友情。努力。勝利。ホント良いよねぇ」


「「「…っ?!」」」


またしても気が付かなかった。三人は声の方へ振り向き身構える。眼に飛び込んできたのは、艶やかな黒髪を後ろで無造作に束ねた痩身の姿。そこはあの時の記憶と同じだ。


記憶と違ったのは、そいつが裸体だった事だ。鍛え上げたのであろうその全身は、ついつい視線を惹き付けてやまない魅力があった。戦いの為に仕上げられたしなやかな筋肉は、無駄なく全身を覆い、歴戦の戦士であると主張するが如く傷だらけであった。だが、それすらも魅力的に思えた。


割れた腹筋を惚れ惚れと見ている内に、三人ともついつい下の方へ視線が向かってしまう。


「あれ? …ついてない?」


「君達酷いなー。そりゃそうだよ、ワタシは女だからね。青竜が眷属、字を(ヤン)。名は美龍(メイロン)。父の命により、これより貴女の旗下に入る。どうか、よろしくネ?」


そう言うと、美龍は三人に向けて片目を閉じてみせた。


三人はそれを見て、何故だか頬が熱くなるのを自覚した。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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