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第149話 その先に見えるものは?



祈の”尾噛家”の邸宅は、旧尾噛邸の跡地に新築する方向で検討が始まった。


「火事で焼け落ちた所なんか、流石に縁起が悪過ぎて、本来ならば選択肢にも挙がらないんだけれど、ねぇ…?」


(おおとり)(しょう)は、祈の希望に首を捻ってそう問うたのだが、他の旧家の跡地だって似た様なものじゃないかと祈は一顧にもしなかった。


結局は、どうせ()()()()()の物件ならば、住み慣れた所の方がまだマシだという話でしかなかった。


それが新築ならもう言う事は無いし、その上で自分の懐が全然痛まないのであれば、尚良い。


許される範囲で精々華美にしてやろう。そういういやらしい意図での希望だったのだ。


今の祈の”家の格”で言えば、旧尾噛邸の規模で充分であり、空き家となった貴族邸宅のどれもが身の丈に合わないという側面もありはしたのだが、そこはまだ見ぬ子孫達に任せれば良い。


「ま。そんな気は、とうに失せちゃったんだけどね…」


そこまで(直属の上司)達に自身の想いを素直に語ってやる必要なんか無いと、すでに祈は開き直っていた。


血の継承の問題だけならば、望の子を養子に貰えば良いと割り切ってすらいる。それこそ女の子でも構わないし、場合によっては母祀梨(まつり)の実家であり、尾噛の分家に当たる白水(しろうず)家からでも良い。


要は邪竜の血を、後世にしっかりと残せれば良いのだから。



邸宅の許可が得られたとしても、懸念材料は多岐にわたる。


まず、防犯の面。


いかに門閥貴族の子弟達から恨みを買ったからとはいえ、易々と襲撃を受けた上に放火までされたのだから、その面はしっかりと考慮せねばならないだろう。少なくとも襲撃者達が目的を達するまでの障害を多く設置する必要はある。


そして次に、防犯の話から繋がってくる事柄になるのだが、人足の面だ。今後必要になる家人に対しても、充分な考慮が必要となるだろう。


今まで祈の世話をしてくれた家人達は、望の”尾噛家”に仕えてきた者達なのだから、当然、望の方の”尾噛家”に帰属する。


そのため、新たに家人を雇用をせねばならないのだが、ここでまた怪しい人間を雇って賊を招き入れる事態になってしまっては面白くも無い。身辺調査は確実にせねば、無駄な身の危険を晒す事にも繋がる。


そして、未だに縁談を諦めない(空気が読めない)貴族(馬鹿)達への牽制。


今まで祈は望の邸宅に間借りをしていたお陰で、この手の直接の訪問を門前で全てお断りできていた。屋敷の主を差し置いて、その客人と面会しようなどという無礼者はここで全部遮断できていた訳なのだが、これからそういう事ができなくなる。


当然、アポ無しで襲撃して来る無礼者はその限りではないが、礼節と手順を弁えて面会に来る者達を無碍にはできない。貴族として帝国社会に名を連ねている以上は、この手の貴族間の付き合いはほぼ義務だ。望の屋敷から出る必要があったのも、この為のものなのだから。


「本当に、色々と考えていかなきゃなんないなぁ…ああ、ほんと面倒臭い…」


「こればかりは、おひい…いえ、お館様が主導である必要が…その他些事は、我らが受け持ちます故」


もう祈は一家の頭なのだから、”姫”という呼称は正しく無い。途中で男は言い直した。


事、実務面に関していえば、水面(みなも)船斗(せんと)という男は実に便利だった。基本方針さえ指し示せば、確実に意に添ったプランを幾通りも用意してくる。


祈の”尾噛家”の家宰は、確実に船斗で決まりだろう。そう周囲の皆が思う程に、彼は優秀過ぎる程に優秀だったのだ。


「うん、頑張る…ああそうそう。家人に関しては、兄様に相談しようと思ってるんだ。本国から何人か来て貰えると助かるしね…」


「それがよろしいかと。恐らく期日までに満足のいく人数は集まらないかと存じます。それに、女房衆はお館様の見知った者である方が良いでしょう」


奉公人の教育は途轍もない時間がかかる上に、その様な特殊で上等な教育を受けた者は当然引く手数多(あまた)だ。募集したからとすぐ集まる類いのものでは、決して無い。


家人全員をゼロスタートから運用する…後に待つのは、混沌なる(散らかったままの)地獄だ。それこそ家の恥どころの騒ぎではない。直結するのは死活問題なのだから。


残る資金に関しては、それこそ帝国という名の財布が面倒を見てくれるのだから、考慮の必要なんぞは一切ない。精々可愛く強請ってやれば良いと祈は考えている。これは『迷惑料』なのだ。


「本当に、帝都に来てからずっと忙しいナー。そろそろ、どこかで息抜き、したいんだけどね…」


分厚いレンズの眼鏡を外し、眉間の間を祈は指で何度も揉む。ここの所、ずっとデスクワークが続き眼に力が入ったままのせいで、肩から首から顔から眼まで。全部の筋肉が凝っている気がしてならない。


まだ疲労のピークという訳でもないが、ずっと全速力で走り続けたのだ。そろそろ纏まった休みが欲しいというのが本音だ。


「ですねぇ。ここ最近の祈さま、ずっと眉間に皺よってましたし…せっかくの可憐で美しいお顔が台無しですよぉ」


望の餞別である高級玉露を置き、(すすぎ)琥珀(こはく)は労る様に、祈の頭を角ごと撫でた。主の頭に家来が手を置く。本来ならば不敬にあたるこの行為も、祈にとっては癒やしである。この場にいる誰も咎めはしない。


「うへぇ、嫌すぎる。そんな所ばっかり、とうさまや兄様に似たくなかったんだけどナー」


顰めっ面が完全にデフォルトになってしまっていた二人の顔を脳裏に思い描き、祈は嫌そうに舌を出した。


(ま、諦めろ。お前はそういう星の下に産まれた存在って事だ)


(南無。まだ数え13でその様な苦労を背負い込む事になろうとは…)


(あたしはどんなイノリちゃんも愛してるわーっ!)


慰めの言葉にすらなってない三人の言葉に、祈は深く深く絶望した。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「いや、めでたいね。翔ちゃんっ! 尾噛との縁談おめでとうっ!」


「ありがとう、(こう)クン。ボクもようやく肩の荷が下りた気分だよ」


二人の前の卓に置かれているのは、濁酒ではなく清酒である。祝いの杯といった所であろうか。数々のご馳走も並んでいた。


「いやいや、まだでしょ。妹の方はどうなのさ?」


杯の中の酒精を一気に呑み干し、光輝(こうき)は望の義父となった翔に問うた。


「ああ。確かに(そう)の方が、先に望クンに興味を持ったんだけれどねぇ…」


形的には妹の方が失恋になるのかな? そう思いながら翼持つ父は杯に残った酒精を煽った。


「ボクとしては、どうせなら二人とも貰ってやって欲しい…なんて、思っていたんだけどね。彼は、絶対に側室を置かないって言うんだ」


(くう)と蒼は双子で、ずっと何をやるにも一緒に生きてきた。ならば嫁入り先も一緒であってもいいだろう。そう翔は思っていたのだが…


「そして、そんな彼と姉に遠慮して、妹は身を引いた…って所か。ま、人の心はいくら僕らでも干渉できない。受け入れるしかないでしょ?」


空になった翔の杯に、光輝はなみなみと酒精を注ぎ、立ち上る吟醸香が翔の鼻腔を擽った。


「あの子の気持ちを確かめた訳じゃないんだけれどね。多分そうじゃないかなーって話さ…でも、そうだよね。あの子の気持ちも考えなきゃダメだったな」


蒼はどう思っているか? それを確かめていない事に、今更ながら翔は気が付いたのだ。


鳳家の家督は二年前に長子に譲った。


その長子も、次代の鳳を世にした。


その子が健やかに育っていけば、鳳家は盤石の筈だ。


蒼が望まぬ縁談をする気なぞ、すでに翔の中にはない。


「ま、僕らは次の世代の為に、いかにこの帝国を存続させるか。それを考えていかなきゃいけない。例えそれが、他の多数の人々から…恨みを買うのだとしてもね」


「えらく縁談話から急に飛躍したね、光クン…」


「実はそうでもない。尾噛と鳳の縁談、ちょっと早めた方が良さそうなんだ。()()()()、やっぱり年内に動く」


「ああ、やだやだ。せっかくのめでたい気分が台無しだよ…彼らも空気読まないネー」


「だね。でも、ここいらでチョイとしっかり叩いておかないと、ね?」


「うん。(はがね)クンも、そろそろ帝都の酒が恋しいだろうし。ボクらの方でしっかりと練るよ」


「頼むよ? 泥沼の抗争なんか、絶対にお断りなんだからね。それこそ、この先10年程度の小さな平穏で僕は構わない。戦なんて碌でもないものなんかに、民の力を割きたくない」


「了解だよ、光クン。この先10年程度の平穏の為に、ボクらは全力尽くすとしよう」


二人は頷きあい、杯の中の酒精を一気に煽った。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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