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第147話 その後始末的な話10

不定期連載『恋愛ゲーム世界ならここでゴールイン』

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こちらもどうかよろしくお願いします。



「祈クン、ほんっとーに、申し訳ありませんでしたぁっ!」


(おおとり)翔の(しょう)の執務室に入った祈の眼に最初に飛び込んできたものは、部屋の主による本気の土下座だった。


「…はぁ? ちょっ、ナニコレ、ナニコレ?」


呼び出しをしてきた相手が、まさか土下座待機の状態で自分を出迎えようとしていた…そんな荒唐無稽な状況なぞ、当然予測できる訳も無く。祈はただただ混乱の極みにいた。


「…だから朕は止めたんだがの」


そして、その向こうに控えていたのは、この国を統べる現人神たる帝。祈は唐突な目眩に襲われた。


(何なのさ、ホントに…一体これは何の罰ゲーム?)


竜の娘の意識が途絶えるその瞬間、その脳裏に過ぎったのは世を呪うには充分過ぎる呪詛だった。



祈が目を覚ましたのは、それから半刻過ぎた辺りだった。


翔の執務室にある豪奢な長椅子に寝かされていたらしい。ゆったりと沈み込んだそれは、祈の華奢な身体をしっかりと保持していた。


上体を起こし周囲を見渡すと、長椅子の向こうで土下座の姿勢で固まったままの鳳翔の姿があった。純白の翼と、輝く金髪の対比が、目にも鮮やかで大変美しい。


(流石に、もう帝は…いないよ…ね?)


いくら陰でクソ親父だの、ケチんぼだの言ってみたところで、帝はこの国で現人神と奉られる存在であり、最高権力者なのだ。不興を買い存在を疎まれたら、そこで簡単に首がトぶ。


ましてや祈はつい最近見出された木っ端貴族の一人に過ぎない。先程の件ですら、充分過ぎる程に不敬を働いた様なものだ。明日この身がどうなるか知れたものではない。


「……………」


沈黙が続いた。


どうやら翔は祈が声をかけるまでこの姿勢でいるつもりらしい。


とはいえ、どの様な言葉を掛ければ良いのか? それが解らず、ただただ白い翼が呼吸によって微かに上下する様を、祈は黙って見つめる事しかできなかった。


「…尾噛よ。そろそろ鳳を赦してやってはくれぬか?」


結局、長い長い沈黙を破ってみせたのは、奥の院でじっと執務室の様子を見ていた帝その人だった。


「はっ…はいっ!」


帝は赦せと言うが、どうして翔が祈に土下座し続けねばならなくなったのか?


それが解らない以上、祈の方からどうすることもできないのだが、当の本人達はその事に全く気付いていない様だ。


だったら、彼らの言う通りに付き合う他は無い。祈は諦める様に、帝の言葉に頷いた。



鳳翔が言うには、尾噛家に深夜侵入した者達は、祈との”(えにし)”を強引に結ぶ目的だったらしい。乱暴に事実だけを言ってしまえば、強姦目的だったという。


一度身体で繋がってしまえば、相手は所詮男の味を知らぬ生娘。後はどうとでもなるだろう。そんな彼らの理解不能なオスの理論に、祈は拭いきれぬ不快感を覚え、盛大に顔を顰めた。


あの後も、深夜に屋敷へ侵入してくる者達は後を絶たなかった。


祈は俊明達に寝所周辺の警備をお願いした。受肉した彼らを突破できる者なぞ、この世には存在しない。


「本当にすまない。ボクが軽率だった」


そしてそんな暴挙に彼らを駆り出したのは、鳳翔の軽率な一言からだったと言うのだ。もしそれが真実ならば、到底許せるものではない。俊明、武蔵が対応しなければ、祈の貞操はそれと知らず散らされていただろうからだ。


蒼白になって固まったままの祈に向かい、もう一度翔は土下座をした。帝国の実質No.2が、貴族の娘に深々と頭を下げる。この様な絶対にあり得ぬ光景を目の当たりにするとは、というか当事者になり得る日が来ようとは…祈は頭痛でおかしくなりそうだった。


「鳳様、お顔を上げてくださいまし」


「では、君はボクの事、赦してくれるのかい?」


「いいえ、無理です。私は絶対(ぜってー)赦しません」


ニコりと笑った表情とは裏腹に、祈の声は怒りを抑え切れてはいなかった。翔はその震える声を聞いて、自分が地雷を踏んだのだとここにきて漸く理解した。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



竜姫の婿取りは、残す所後2回となっていた。


期間延長が決定してから、半月が経過していたのだ。


今までどんな剣豪だろうが、戦で名を馳せた英雄だろうが、かの竜姫には敵わなかった。


帝国最強の魔術士と名高い竜の娘は、剣の腕でも最強と謂われる程になっていた。”無敵の女”の評判通りだったのだ。


だが、美しいかの竜姫を手に入れられる機会(チャンス)がある以上、立身出世を目指す前途ある若者達は、絶対に好機を逃すものかと殺到した。


そのため、予選は熾烈を極めた。


名だたる剣豪、強豪がまた再戦を誓い名を連ね、無名の剣士達がそんな彼らに一矢でも報いようと奮起する。予選でしかないのに、観客達の興奮は大いに高まった。


最終的に本戦にコマを進めたのは、名高き剣豪が2名と、今日まで無名だった剣士の…今や帝国でその名を轟かせる事に成功した若き獅子達の3名だ。


本戦は、竜の姫、祈との個人戦となる。帝国が誇る美しき戦鬼。祈の姿を垣間見る事のできる少ない機会が、この本戦なのである。



観客達は、儚くも美しき竜の姫が現れるのを、今か今かと待ち望む。


「……え?」


現れた竜姫(?)の姿に、戸惑いの声が一斉に挙がった。白い髪に、幼女と見紛う小さく妖精の様な華奢な身体。それは噂に聞いた通りだ。


なのに…


「何だ、あれ…?」


「あれ、硝子かな…? スゲー高価だと聞いたけれど、あんな宝飾は、見た事がねぇ」


美しいと評判の竜姫の顔には、何故か大きく分厚い硝子の板が二枚張り付いていて、それが酷く異質に、そして不気味に見えた。表情どころか顔が全く解らないが為、その不気味さはなお一層引き立つのだ。


(どよ)めきの本戦は、極々短時間で終わった。祈は全てを瞬殺してみせた為だ。


冷や水を浴びせられたかの様に、しんと鎮まり返った闘技場を、眼鏡をしたままの竜姫は、一瞥もくれずにゆっくりと立ち去った。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「…てゆーかさ、最初から眼鏡をしてれば、今回ここまで話が拗れなかったんじゃないカナーって、今更ながら後悔したよ…」


「お姫さん、あんたホントに容赦無くて、あたいは心底痺れたぜぇ。それに、眼鏡がちゃんと役に立ってる様で、鼻高々だしなっ」


未だこの国には存在しない”眼鏡”をしていれば、どの様な相手だろうが瞬殺できたし、無駄に美貌を振りまいて男達を魅了せずに済んだのだ。


眼鏡をした祈の姿を見た観客達の響めきと戸惑いの声は、あまりにも想像を超えていた。


『尾噛祈という娘は美しい』という評判に、少々陰りがあってもおかしくは無いだろう。そうであって欲しい。と切に祈は願う。


そうなれば、多分次回から参加者も減る筈だろう。この収益金が国庫に直接入るので、鳳翔は大きく嘆くかも知れないが、そんなのは祈の知ったことではない。というか、精々困れば良いとすら、今は思っている。


「あとこれで二回。もうこんなの絶対やらないんだから…」


早く普通の暮らしに戻りたい。祈の願いは本当に、そんなささやかな代物でしかないのだ。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「鳳様、貴方の娘を、私にください」


望と(くう)は、翔に深々と頭を下げた。


(いず)れこんな日が来るんじゃないかなと、薄々予感はしていたのだが、思ったよりその日が早かったな…)


翔はかつての親友の息子の後頭部を見つめながら、何とは無しにそう思った。


「望クン、ボクは嬉しい。君の”尾噛”と親戚になれるんだからね。どうか娘の事、これからもよろしく頼むよ」


この婚姻、翔が諸手を挙げて喜ぶには、懸念材料が山積みなのは否めない。異なる亜人同士の婚姻には、以前祈に話して聞かせた血の問題が、必ず横たわるからだ。


だが、それでも愛しき娘が望んだ婚姻である。誰が反対できようか。翔は望に深く頭を下げた。


「早く孫を抱かせて頂戴よね? ボクももう先は短いんだからさ…」


「とと様っ! …もうっ、気が早すぎ」


天翼人の寿命は、通常人種の約4倍近い。


そう考えればまだまだ先は充分にある話なのだが、それでも孫をこの手に抱くと考えれば、『早よ』と言いたくなる気持ちも解らないでもない。


「そうですね。二人でがんばります」


「望さまっ?!」


空の顔が一気に真っ赤に染まる。望とはまだその様な関係になっていないのだが、ここまで積極的な言葉を貰っては、それに応えねばならないと彼女も覚悟を決める他は無い。



有力な家同士の婚姻が決まれば、帝国の基盤は盤石となり、今後も歴史が積み重なる。


貴族とは、その支柱であり、基礎なのだ。


これからも、帝国(くに)が続いていく為に。


(だからこそ、祈クンの方が…ねぇ?)


翔は、自身の失言のせいでこれ以上それに言及できなくなった事を、酷く後悔していた。


誤字脱字があったらごめんなさい。

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