第144話 縁談狂想曲4
今回短いです。
チョイと思い付きで書き始めたシリーズ『恋愛ゲーム世界ならここでゴールイン』もよろしくお願いします。
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この日に行われた『竜姫の婿取り』本戦は、今までと違った。
精妙を極めた剣豪の速剣だろうが、相手の心理を見透かした様な剣士の虚実織り交ぜた妙技だろうが、竜の娘に擦りもしなかったのに。
だが、今回は全く違った。
数々の剣豪の技を躱し、瞬きする間も無く無力化させてきたあの竜の娘が、今日はあり得ない程に苦戦をしているのだ。
観客は、今までと違う展開に眼を擦って動揺し、また興奮していた。
(もしかしたら、今日決まってしまうのかも知れない)
尾噛祈の縁談話は、今や帝都に生きる者にとって、一番の関心事になっていた。
彼女の持つ地位、財産、名声…そして、儚くも美しい彼女自身。
手にする事ができれば誰もが羨むだろうこれらを、全て賭けの対価にするには、あまりにも価値が有り過ぎた。
「これを手にする男は誰だ? 畜生、俺も出たかった…」
「はっ。ありゃ無理だ、誰も勝てねぇよ」
「いやいや、上手い事やれば、もしかしたら…」
「平民の俺達にゃ、そんな資格もねぇってなぁ…くそ、俺も貴族だったら…」
そんな声が、場末の酒場からですら挙がる程に、世の男達は、もし自分が…等と、夢想をするのだ。
「やぁぁぁぁぁ」
相手の剣が、祈の頬を掠める。しっかりと刃引きをされているとはいえ、それなりの速度を持った鉄の塊がすぐ脇を掠め、摩擦が白磁の様な端正な肌を焼く。その痛みに、祈は僅かに顔を顰めた。
「っく、そこっ!」
祈は躱しざま相手の胴を薙ぐ。打ち込みのせいで体制の崩れた男はその攻撃を躱す事もできず、痛みに膝をついた。
「勝負ありっ! 勝者、竜の姫!」
「ああ、惜しい…」
観客席から一斉に嘆息が挙がる。今までに考えられなかった展開に、誰もが”もしかしたら?”を期待したのだろう。
(今のは、本当に危なかった…)
祈は大きく深呼吸をして、もう一度しっかりと刃引きの刀を握りしめる。先程の試合を振り返って、祈は身震いをした。
相手の力量が余りにも想定から外れ過ぎていた事に、祈は戸惑いと恐怖を覚えた。
まさか、相手がここまで弱過ぎるとは、思ってもみなかったのだ。
祈の肉体の眼は、今や色と光の判別がギリギリできる程度で、視力はほぼ無い。紋菜謹製の眼鏡のお陰で日常生活はさして問題は無かったし、例え戦いの場において眼鏡を外していたとしても、対戦相手の”霊気”や”闘気”、”殺気”を霊の眼で捉えれば、さして支障は無かった。
だが、度重なる本戦での一騎打ちによって、祈は並み居る剣豪達の心を、徹底的に折り続けた。
そのせいで、天下に名を轟かせし強豪達は予選から姿を消し、凡庸なる”現実を知らぬ素人共”ばかりが集まる様になった。
結果、祈が感知できる程の”気”を発する豪の者が全く居ない本戦となり、祈は目隠しをしたも同然の、無謀な戦いを強いられる皮肉となったのだ。
(不味いな。まさかこんな落とし穴があるとは…)
(これは流石に未熟と笑う事はできませぬ。拙者も同じ境遇であらば、恐らく似た様な状況になるやも…)
(イノリ、後二人よっ! 頑張って!)
(う、うん…がんばる…)
相手があまりにも弱過ぎるが為、霊気、闘気が一切感知できない上に、殺気が全く無いせいで気配も分かり難い。加えて観客の歓声で音に頼る事もできず、しかも素人同然の剣の為、風を斬る速度も出ないせいで、空気の流れから剣の軌道を察する事もできず、繰り出される素人剣には”戦いの定石”すら無いせいで、戦闘勘にも頼れない。
これほどまでにやり難い相手は、祈は未だかつて経験した事がなかった。
剣聖武蔵の修行にも、この様な無理、無茶な場面想定は、当然の如く無かった。祈の眼がほぼ機能していない事が主な原因なのだから、その様な想定はあり得なかったのだ。
だが、もし仮に対戦相手から一撃でも貰ってしまえば、祈の敗北がそこで決定する。
(ヤバぁ…自分より強い男性に負けたならまだ諦めもつくけれど、もしさっきみたいな弱い奴なんかに負けちゃったら…ああもう。何で、こんな事にぃぃぃぃ…)
祈は、また自分の考えが甘過ぎた事に今更ながらに後悔し天井を仰いだ。周囲のマナを吸い上げながら発光する魔導具達は、そんな祈の嘆きなぞ知らぬとばかりに、ただ天頂に在る太陽の如く、眩しく輝いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いやぁ、今日の闘技場は、何時になく盛り上がっていたねー、翔ちゃんっ!」
「ホントホント。祈クンもようやく娯楽性を理解してくれる様になったみたいで結構な事だよね、光クンっ!」
此処は皇居の奥の最奥。翼持つええ歳こいたおっさん共が、御所の院で祝杯を挙げていましたとさ。
大々的に始めた『竜姫の婿取り』が、祈自ら行う一方的な殺戮場と化してしまい、観客がドン引きする事態になってしまい二人とも頭を抱えていたのだ。
それが、今日の盛り上がりで、次回の興行収益が大幅に見込めるともなれば、祝杯を挙げたくもなるのは仕方の無い事なのかも知れない。
「予選での顔ぶれを見て、本当頭抱えたもんねぇ…ここまでレベルが下がるかってさ」
「まあ、今まで祈クン容赦無かったからねぇ。巷で剣豪と名高い人達、全員凹まされたって専らの評判だよ」
そのお陰か、今まで全くの無名だった剣士達が、次々に本戦に勝ち上がってきたというのは正に皮肉だった。
だからこそ逆に本戦が盛り上がったのだから、結果良しと二人はホクホク顔なのであった。
「これで次回の予選も大盛り上がりする筈だよ。彼らから参加費を取ってて正解だったね」
「いや、全くだね。これで少しはお小遣い戻せると思うよ。ああ、光クン。そこまで嬉しそうな顔しないで。ホントに、ホントにちょっとだけなんだからさぁ…」
「ちぇ、残念。でも、今回の奴は全部国庫に回しちゃって。奴ら、そろそろ動きがあってもおかしくないし…」
「ああ。だねぇ…今のボクらに領土的野心なんか全く無いんだから、そっとしておいて欲しいんだけれどねぇ」
帝国の呼称、蛮族。自称”獣の王国”。彼らの胎動が、近々また帝国に暗い影を落とす事になるだろう。翼持つ二人は、何時になく真剣な表情で頷きあった。
「多分、彼らが動き出すのは年明け辺りになるんじゃないかなとは思うけどね。農閑期に来てくれれば、僕らもまだ対処がし易い。空気読んでくれてるのかな?」
「彼らの母体は略奪が主な産業だから、こちらが肥え太るのを待っているだけじゃないかなぁ? とはいえ、少しでも猶予があるのは本当に有り難い」
「今度は、こちらも戦力をしっかりと整えて迎え撃てるよね? 期待しているよ、翔ちゃん」
「うん、大丈夫。今度は早期に決着を付けれると思う」
杯を重ねて、二人は一気に仰いだ。
誤字脱字があったらごめんなさい。




