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第143話 縁談狂想曲3

思いつきで書き始めたこちらも、よろしくお願いします。

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「おい、祈」


「なに、とっしー?」


「…お前さ、絶対結婚する気ねぇだろ?」


「そんな事ないよー? …ああ、でも」


「でも、何だよ?」


「…少なくとも帝国貴族のボンボン達は、無いナー」


分厚いレンズを上質な絹布で磨きながら、祈はゆっくりと頭を振った。


向こうが切に望んでくる事だし、これも帝国貴族のお役目なのだと仕方無しに彼らの親達と何度か話す機会を設けてはみたが、どれもこれも”無い”という結論しか、祈には見いだせなかった。


兎に角、彼らの評価を一言で表せば”無い”。これだけ。


人成りがもうすでに、”無い”としか良い様が無いのだ。


良人(おっと)として、これからの一生を共に歩むのだと思うだけで、もう心の底から怖気がしてくる。会う奴会う奴そんな奴らばかりで、祈は心底うんざりしていた。


もしかしたら、本人は違うのかも知れない。だが、少なくとも親の言動、態度を見れば、彼らが幼少の頃からどういう教育を受けて、どういった考えになっているかは、ある程度を見定められる。


今は違えど、ふとした拍子に、()()が表に出て来るだろう。そして、()()がもし、祈の中で相容れないものであれば、もう二度とその人を愛することはできなくなる。だから、”無い”。


「…ん、まぁ…言いたい事は判る。だけどよ、なら何故あんな条件付けた? 端から全部断っちまえば、済む話じゃねーか?」


「最初はそのつもりだったんだけどネー」


直接的な言葉でも、迂遠な言葉でも、どこかに突破口を見出して彼らは絶対に一歩も引かないのだ。舌戦では、人生経験の無い祈はどうあっても負ける。彼らが理由も無しに魑魅魍魎と揶揄される訳は無い事を思い知らされた。


「しかし、それでは何故に、”剣で打ち負かせよ”という話になったのでござるか?」


「うん? そんなの簡単な話だよ。私を自由にしたいのであれば、屈服させてみろってね。それだけ強い男の人だったら、私だって惚れちゃうかもね。それにもし結婚生活に不満があっても、少なくとも我慢はできるかなって…」


綺麗に磨き上げられた眼鏡の位置を何度も確かめて、竜の娘は事も無げに言い切ってみせた。


「…武蔵さん、俺らどこで祈の教育、間違ったのかな…?」


「…流石の拙者も、今の祈殿の発言は、”無い”と思ぉてしもうた。どうしてこうなった…」


あまりにも良い笑顔でドデカい問題発言をカマした育ての娘に、育ての親でもある守護霊の二人は、盛大に溜息を吐く。


『力の無い正義は、ただの我が儘な自己主張でしかない。正義を語りたいのであれば、少なくとも相手を打ち負かす力を付けろ』


常々育ての娘にそう教えてきた事が、まさかここで毒の様に効いてくるとは…二人とも内心頭を抱えていた。”力は正義だ”全くその通りだ。だが、力があれば全て正しいのかとは、それは全く別の話だ。


(まずあり得ぬ話でござろうが、もし祈殿を打ち負かす御仁がおったとしたら、その先の生活は、きっと地獄でありましょうな…)


(力で抑えつけられて抵抗もできねーってか。考えたくないな…マジで)


剣を打ち合う夫婦生活…それは正に地獄絵図だろう。そんな笑える地獄を一瞬脳裏に思い描き、俊明は大きく頭を振った。


(いやいや、そうじゃない、そうじゃない。そんな環境に身を置く一生は、何としてでも回避せにゃ)


(同感にござる。ですが…)


ここまで一切の発言をしていないもう一人の守護霊の様子を、俊明と武蔵はチラリと確認してみた。


((…何で、ずっと無反応なの(でござる)?))


「…え? ああ、あたしの事ね。で、何?」


「いや、お前さん、ずっと会話に参加してこねーしよ。いつものお前さんなら暴走気味に食い付いてくる話題なのになって…」


「左様。いつものマグナリア殿でしたら、”反対、反対! 相手を絶対呪い殺してやるわ!!”くらいは、言うのだろうになと、拙者も思った次第で」


口に出してみれば結構失礼な事を言ってるよな、と二人は少しだけ思ったが、彼女は生前から思い込みだけで殲滅魔法を撃ちまくる歩く災害。ここまで静かだと、逆に怖い。と思うのは仕方の無い事だろう。


「ああ、ごめんね。ちょっと考え事をしてたから…」


「考え事? 何だよ」


背筋を駆け抜ける冷たい感覚に、俊明は次に出て来るであろう彼女の言葉が何となく解ってしまい、下らない質問をしてしまった事を後悔した。


「うん、どうやって希望者達を亡き者にしてやろうかなって…ずっと考えてたの」


「…やっぱりお前は、どこまでもお前だな…」


「ござる…」


「あによー?」


(ホント、三人は仲良いなぁ…)



そして、祈の希望通りにこの話は帝の承認を得、地下闘技場がまた動き出す事になる。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「…何と言うか、尾噛の姫は本当に酷いな。対戦者の心を容赦無く折りにいくとはな…」


「だろぉ? そんな情け容赦のねぇ所が、あたい気に入っちまったのさぁ」


黄と紋菜は身体を重ねたまま、その日の昼にあった御前試合の様子を振り返った。事後の気怠さと、未だ身体の芯に燻り続ける劣情の残り火は、二人の素肌からの熱を一切逃さなかった。



『竜姫の婿取り』



そんな銘を打たれ、帝都の地下に在る闘技場が開かれた。開催日程は、週に一日の、二ヶ月間の予定だ。


挑戦者は、基本的に貴族の次男以降の子弟達。開催期間中、挑戦は何度でも可能という話である。


まず参加者達で対戦をし、生き残った上位5名と祈が順次戦うというものだ。


もし本戦まで生き残って、竜姫との一対一の真剣勝負に勝てさえすれば、”尾噛”の”銘”と、その竜姫自身が手に入る。


竜の娘の姿を一目見た男達は、そのあまりにも浮き世離れし過ぎた異界の美に魅入り、何としても欲しいと願ってしまった。


そして、彼女の持つ”銘”と、地位。その全てが手に入るとあれば、もうこれに参加しない手はない。


確かに竜の娘はバケモノだろう。だが、それは彼女の魔術士としての評価でしかない。


あの華奢な細腕から、如何な剣が在るというのか。彼らの常識では、どう考えても楽勝過ぎる様に思えたのだ。


だが、現実は、黄の言った通りとなった。


尾噛の姫は、対戦者の心を容赦無く叩き折った。それも、完膚なきまでに徹底的に。


二度と目の前に立ち向かってくる事の無い様に、祈は対戦者に恐怖と苦痛の記憶を強いた。


始めの合図と共に、瞬く間に対戦者の四肢を叩き折り、その喉元に剣を突きつける。その光景を幾度となく観客に見せつけたのだ。


「貴方、まだ、私と()れますか?」


四肢を破壊され、身動きが取れなくなった相手に、お前はまだ戦えるのかと問う。それは余りにも酷な話だ。


剣の勝負であれば、俺は負ける筈が無い…そんな腕自慢の達は、自身が井の中の蛙であったという事実に打ちのめされる。小娘の手によって、それと自覚する前に瞬殺されてしまうのだから。


「ああも一方的な試合では、観客もシラけるだろう。もう少し他にやりようがあるのではないか…?」


「それな。姫さんの話じゃ、端っから希望者を無くすつもりでやってるってよ」


闘技場で試合を公開しているのもその一環で、対戦者が無様に負ける様を見せる事で、その後に続くであろう欲の皮の突っ張った野郎共の心を折る目的なのだと紋菜は夫に説明した。


「その割に、期間中は何度でも再戦可能って言うのは、良く解らんな…」


妻の髪を撫で指で梳きながら、黄は尤もな疑問を口にした。日頃の不摂生が祟ってか、紋菜の髪の毛は枝毛だらけだ。明日にでも整えてやろう。そう黄は心に誓う。


「諦めの悪い奴ってなぁ、何処にでもいるモンだからなぁ。やるなら徹底的にやる方が、後々面倒にならねぇのさ」


今日が初日だった為か、挑戦者の数が非常に多かった。本戦まで生き残れなかった者は、次こそはと次週も挑戦して来る筈だ。本戦で祈と相対する事になれば、”次こそは”などという甘い幻想は、決して抱かないのだろうが。


「ま、そんな訳で、当分楽しめそうだぜ?」


大きな夫の手に身を委ね、気持ちよさそうに紋菜は目を細める。


「…お前は、本当に趣味悪いな…」


「っへ、お前ほどじゃねぇだろうさ。こんなあたいと、今世も付き合ってさぁ」


二人は身体だけでなく、唇も重ねた。長い夜は、まだ続く。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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