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第138話 徒然なるままに



「ごめんな、姫さん。即席だから、かなり分厚くなってもぉた。そん代わり、軽量化の魔術付与しといたから、それで勘弁してな?」


ちゃんとした設備であれば、もうちっとマシなモンが作れたんだけどなぁ…そう紋菜(もんな)は零した。


眼鏡に使われているレンズは、正に”牛乳瓶の底”という表現がぴったりな代物であった。勿論、この時代、この世界において、その様な物は未だ存在しないのだが。


その代わり、レンズは特殊強化加工が施されていて、早々壊れる事の無い様になっていた。それを支えるフレームには神の金属と謂われるオリハルコンが使われていて、ひょっとしなくても充分に暗器として使える程の攻撃力が何故か備わっている事を、まだこの時の祈は知らない。


「うん、でも…わぁ、よく見える。ありがとう、紋菜さん」


初めての眼鏡に、祈は戸惑い半分といった感じであったが、かけてみた途端に周囲がよく見える事に感動を覚えていた。


あれ以来、極彩色の滲む異空間で過ごして来た事がまるで嘘の様に、くっきりはっきりと世界の輪郭全てが認識できる。そうだ、この視界だった。それを思い出せた事が、祈は嬉しかったのだ。


「…ん、これはこれで。野暮ったい眼鏡ってのも、案外悪かぁないな♡」


眼鏡をかけた祈の顔をまじまじと見つめ、紋菜は一人頷いた。


「そこん色ボケ眼鏡。いやらしか目で祈ば見なしゃんな」


眼鏡をかけた祈の顔は、今までに無い新鮮さがあって確かに”良い”。だが、それを見つめる紋菜の緩んだ表情に不快感を覚えた(そう)は、つい語気を荒げ喧嘩を吹っ掛けるが如く指摘をしてしまった。


「おお、姫さん。そこの穀潰しに言われてんぜ? お前さんの事、色ボケ眼鏡だとよっ!」


「ちがうばい! 色ボケしとーっとはお前やっ! 脳だけじゃのぅて耳まで腐っとぉーんか。こん野郎」


蒼は腹を抱えゲラゲラと笑う紋菜の首根っこを掴み、力の限りに前後に振った。


つい流れで”穀潰し”の評をスルーしてしまったが、紋菜の方が絶対に穀潰しだと蒼は確信を持って言える。他の人間が何と言うのか、そこは責任を持てないし、知った事ではないのだが。


「…てゆか、いい加減そろそろ仲良くやってくんないかなー? 二人ともさぁ…」


鼻や耳にかかる違和感に、つい何度も眼鏡のフレームを指で持っては、良い位置を捜す様に確かめる。もしこの眼鏡に軽量化の魔術付与がされて無かったら、祈はきっとすぐに外してしまっていただろう。


「ん、それは無理。アレは同族嫌悪という奴。ウチの愚妹と牛田の長女は、頭の残念具合がほぼ同じ。魂の兄弟とも言う…」


わたくしはアレらとは違う。だから安心。緑茶を啜りながら、(くう)はあくまでも他人事の態で話す。それで良いんだろうか? 祈の頭に一瞬浮かんだ言葉はそれ。だがそれは舌に乗る事なくそのまま泡の様に消えた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「いかに大賢者様の手による全力全開の回復術(キュア)でも、元通りって訳にゃいかないモンなんだな?」


以前の祈と身体の様々な箇所が異なってしまった事については、マグナリアから詳細に聞いてはいたが、やはり俊明は得心がいってない様だ。


途中で引き千切られてしまった視神経や、眼球に繋がっていたであろう筋肉繊維、さらには完全に失われてしまった眼球…それらの再生が完全とはいかないのは、魔術の知識が無くとも、現代医学の何となく朧気な、というか、ほぼ知ったかぶりの知識が僅かにある俊明でも解る。


だが、竜鱗人の特徴でもある竜種特有の角の形状や、鱗に代わり”証の太刀”の加護…全身に及ぶ金色の紋様に、大きな変化が起こった事は、それだけでは説明ができないのだ。


「そう、ね。あれはあたしもちょっと自信を失ったわ…」


それこそ、マグナリアは周囲のマナを魔力の許す限り全力で使い切れば、細胞の一片からでも完璧に肉体を再生してやる。できるつもりでいたのだ。


しかし、結果はあの通りである。


育ての娘は、肉体の眼から視る世界を半ば失った。紋菜の手による、本来この世界線には存在しない筈の”異世界科学”の結晶を通せば、不自由ながらもそれなりの視界を確保する事ができた。


だが、それは偶然の幸運がもたらした結果に過ぎない。自身の持つ魔術だけでは、到底あり得なかった結末なのだから。


「祈殿の髪。アレは仕方が無かろう。度を超えた苦痛によって白髪化するという事例は、拙者の生前でも多々あり申したな」


苛烈な拷問によって、若くして総白髪と化す…武蔵の生きた時代、その世界だけでなく、どの世界であってもその様な事例は枚挙に暇が無かった。


犯罪者だから、そうなのでは無い。ただ単に”人の命が軽過ぎる”だけなのだ。


「ああ、確かに。でもそれなら、(いず)れは髪の色が元に戻るかもな」


「そこは何とも言えませぬが、そうであって欲しいものでござる」


今の髪の色も娘の可憐な容姿に合っていて、その美しさを余すこと無く引き立てはする。だが、その色合いになった原因と、その過程が問題だった。


痛みと恐怖の記憶は、本人にその自覚が無くとも、精神に確かなトラウマとして大きな爪痕を残す。深い紅玉の瞳と、強い輝きを放つ白い髪は、その象徴(トリガー)になり得るのだ。


「だけれど、それだけじゃ他の変化は説明できないわ。特に、角みたいな単純な構造の再生でミスが起こる筈、絶対ないもの」


竜種の角は、鹿や牛と同様に、骨が変質したもので、骨組織が伸長する事で形成される。当然神経が通っているので、純粋に骨だけというものでもないが、構造としては単純なものでマグナリアの言う通り、その再生にミスが起こる筈は無い。


だからこそ角の変化はおかしいと、マグナリアだけでなく三人は首を捻るのだ。


「角と加護の紋の変化は、我の手によるものじゃ。貴様等が余りにも不甲斐ないのでな。じゃが、もうあの程度の打撃なんぞで、我が愛しき娘が傷つく事は絶対にない」


俊明曰く『2Pカラー祈』。祈の容姿にそっくりであり、色の分布が真反対の黒髪褐色の少女…祈の内に棲む邪竜が、守護霊達の頭上で踏ん反り返っていた。


「つーかテメー、いよいよ本格的に自重しなくなったな、おい」


「お主、流石にこうも出しゃばっては、威厳もクソも無いと思わぬか?」


「あなた、結構寂しん坊よね。相手したげるから、ちょくちょく遊びに来ても良いのよ?」


その反応は三者三様とはいかず、しかして、あまりにも薄塩風味だった。


期待していた反応とかなり違ったらしく、邪竜の娘は両頬をぷぅと膨らませた。


「つまらぬの。何じゃ、その薄い対応は。折角我がこうして世に出てやったのだ。少しは愉しませよ」


「…つーかよ、加護を与えた()からちょくちょく抜け出してくんのは、流石にどうなんだ。一応お前、世の評価通りの”邪竜”なんだろ?」


俊明は育ての娘そっくりの竜の化身に、大きくツッコミを入れた。小気味良いハリセンの音に、マグナリアは吹いた。


「ま、ま、ま…俊明殿、斯様なナリであっても、此奴は人の世を震えあがらせた”邪竜”でござれば。怒らせてはならぬかと…」


ハリセンの具合を確かめる様に、山折り、谷折りを繰り返す俊明を武蔵は諫めた。育ての娘と変わらぬ身長の娘は、確かに丁度良(ツッコミし易)い高さに頭がある。気持ちが痛い程解って困るのだが、その正体は、長年尾噛の里を震え上がらせてきた邪竜なのだ。絶対に怒らせてはならない。


「くそぅ! 貴様、低級霊の分際で、我の頭を気軽に叩きよってからにぃぃぃぃ! 我、怒ると怖いんだぞー? 末代まで祟るんだぞー?」


(…あ、ないわ。威厳もクソも無い)


涙目になりながらプリプリと怒る(わらし)を見て、武蔵は俊明を止める事を辞めた。これならば、どうとでもなる…そう思ったのかも知れない。


かくしてこの日を境に、守護霊三人+邪竜という新たな人外コミュニティが出来上がった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「…おい、猫女」


「…(知らんぷり)」


「無視すんな、おい」


「…(つーん)」


分かり易いまでの琥珀(こはく)の露骨な無視表明に、紋菜は大きく舌打ちをする。


どうしてこうなったのか。


最初の切っ掛けは、もう二人とも覚えていない。多分、些細なものだった筈だ。気が付けば、何となく険悪な雰囲気になっていた。


だが、二人はとある人物に迷惑をかける訳には絶対にいかないと、決定的な結末だけは何とかギリギリで避けていた。


だからこそ、今の状況がある。


(…どうしてこうなった?)


そのとある人物…祈が、首を傾げた。


後背には、祈を抱きかかえる様に佇む琥珀が。


前方には、まるで親の敵の如く睨み付ける紋菜が。


そんな二人に挟まれた形になり、精神的に辛かった。てゆか勝手にやれ、巻き込むんじゃねーよ。そんな気持ちが祈の中で沸々と沸き上がる。


祈は、ほんの少し前の状況を思い返す。切っ掛けは、本当に些細なものだった筈だ。


いつも通り、祈の結わえた髪を琥珀が解いて梳く。それを紋菜が見て、アタイもやってみたいとごねた。


その程度。


だが、紋菜の口の悪さが災いした。


琥珀を”猫女”と呼んだのだ。


一応、祈は全員の顔合わせもしたし、自己紹介もさせた。だが紋菜は、基本的に他人の名前を呼ばない。


それだけならば、まだ良いが。


勝手に渾名を付けて呼ぶのだ。


それだけならば、まだ良いが。


問題は、彼女独特の名称の付け方だ。


単純に見た目で付ける事が多い為、無駄な諍いの原因になるのだ。


”ハゲ””デブ”などはまだマシな方で、酷いものになれば、呼ばれてその場で泣き崩れてしまった程の悲惨な名を付けられた者も、過去には居たという。


琥珀は、集落でも色々と言われていた為、割と悪口、陰口の類いには寛容な方だ。


だが、そんな温厚な人間でも超えてはならぬ一線というものは、確かにあるのだ。


それが、”猫”と呼ばれる事。


その一言によって、精霊神の一柱であり、四聖獣白虎の、その直系の孫であるという、琥珀の自負が根底から粉々に砕かれたのだ。いかに主の友といえど、これは到底許せる筈は無い。


一方、紋菜の方は、お気に入りの”玩具”を、見知らぬ子供に取られたかの様な、悔しい気分でいっぱいだった。


だから、ちょっと言葉にどうしても棘があったかも知れないと、紋菜も心の片隅で反省はする。でも、だからと言って、こうもあからさまな無視をされ続けては許せる筈もない。


結局両者は一歩も譲らず、睨み合いがそれからも続いた。


さっさと風呂に入って寝てしまいたい祈は、ついに業を煮やして琥珀の腕を強引に振り払い、ドスドスと畳を踏みつける様に大きな音を立てながら黙って部屋から出て行った。


取り残された二人、何となくバツの悪い思いで顔を逸らす。


「ごめんなさい。ついカッとなってしまいましたぁ」


「ん。アタイも悪かったよ…そいやおめぇさん、虎だっけ? ごめん、猫って言ったらそらぁ怒るよなぁ…」


何となく取り合いになってしまっていた”標的()”が居なくなり、頑なになっていた二人の間の空気が緩んだのだろうか、少しだけ歩み寄りの気配があった。


「折角だしよぉ、ここでしっかり腹ぁ割って話さねぇか?」


そう言いながら、紋菜はどこからか瓢箪を取りだした。紋菜は異空間に収納スペースを作り出す技術を持っていた。これが異世界で彼女が得た異能(ギフト)である。


「はい、お付き合いします♡」


琥珀は酒が強くない。だが、こうして誘われた以上は、付き合うのが礼儀であり、仲直りに繋がるのだと承知していた。主を怒らせたままでいる訳にも行かないし…原因は、確かに二人にあるのだから。


「まぁ、アタイも酒よか、どっちかと言うと腹かっぱ割く方が得意なんだがね。元は医者だし」


そんな紋菜の右手には、鋭利な刃物が何本も握られていた。所謂メスである。


「…そちらは、ホントご勘弁願いたいですぅ…」



その後、(おおとり)姉妹が酒盛りに乱入して、朝まで大いに盛り上がったという。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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