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第132話 悪夢と生還



その時は、男達の想像とは裏腹にあっけなく訪れた。


身体の小さかった娘の体力は、本当に見た目の通りで。


彼女の断末魔は、そう長くは続かなかったのだ。


自身よりも遙かに重い石をその身に抱きながら、娘の骸は、醜き姿をそのまま世に残した。


「ようやく…くたばりやがったか…」


「しぶといガキだったな。畜生、ホントうんざりだぜ…」


死に瀕した娘の眼光は、恐怖の烙印として男達の脳裏に焼き付いた。今も忌むべき余韻が残っている様で、冷たい汗が彼らの背中をじっとりと濡らしていたのだ。


「しかしよ、自分より召使い共の身を優先させるとか、何考えてたんだこの糞餓鬼。馬鹿じゃねーの?」


「ははははは、もうそれ以前だろ。俺達に刃向かうとか、大馬鹿じゃなきゃできねーって」


「確かに。後はそこの召使い(雌豚)を始末すれば、全て終わりだ」


その恐怖を拭い去ろうと、男達の眼は尾噛の小娘を封じる為に用意した”人質”へと、一斉に向けられた。


人質の選定には、”若い女である”その一点のみが重視された。女であれば、多少抵抗された所で、彼らにとっては何ら障害にもならないし、二人がかりであれば抱えて走る事だってできる。そして何より、然るべき『目的』を果たせさえすれば、後はその肢体(からだ)享楽(たの)しむ事だってできるのだ。


尾噛の小娘の血の臭いが残る昏き閉鎖空間で、男達はその欲望の矛先を未だ縛られて床に転がる尾噛の家人に向けたのだ。



「ひぃっ! やめなさいっ! わたくしを、どうするおつもりですかっ?!」


「くくっ。知れた事よ。(うぬ)とて、解らぬ訳ではあるまい?」


「よくよく見れば、金髪とは珍しい。貴様(きさん)、どこの家の血を受け継いでおる?」


列島に生きる生粋の人類種は、黒目黒髪の特徴を持つ。純血種からは、金髪の子が生まれる事は絶対にあり得ない。男達の欲望を向けられるこの女は、中央大陸出の亜人種の血が混じっている…つまりは帝国貴族、もしくはそれに近い血が入っているという、その証なのだ。


「………」


男達の問いに、女は押し黙った。どうやら絶対に自らの出自を口に出せない理由があるらしい。言えないのであれば、男達はもう追求をしないし、それはそれで良い。単なる”下賤な女”の孔を使うよりかは、貴人の血が混じっているであろう”雑種”を抱く方が、彼らの価値観においても遙かにマシであったからだ。


複数の手が着衣へと強引に伸び、女は男達の欲望のはけ口にされた。死した小娘から未だ流れ出でる血の臭いに、男達の獣性は大きく刺激され、それによる責め苦は、より多くの女の涙を誘う結果となった。



男達が全ての欲望を吐き出し満足したと同時に、女は声を挙げる事無く、その命を男達の手によって絶たれた。


家の権力(ちから)があれば、下級貴族の召使い一人程度なぞ、生かしておいても何ら支障は無い。だがそれは、殺してしまったとしても何も変わらないとも言える。であるならば、思うがままに動いてしまっても良いという事だ。その結論を携え、男達の中の一人が無慈悲にも女の命運をあっさりと断ち切った。


「相変わらず、お前は酷い奴だな」


「くくくっ。そう褒めるな。今の一撃は、我ながら上手く決まったものだと自惚れていたのだ」


『人を殺すというのは、最高の娯楽だ』常日頃そう(うそぶ)くその男は、自身の手で導いた結果に満足をしていた。


男達の体液と、自身の血で彩られた女の屍の背に突如大きな白い翼が浮かび上がり、男達は突然の不可思議な出来事に一瞬でパニックとなった。


…だが、待てよ?


帝国内において、金髪で、白き翼の特徴を持つ者は…男達は、小さき頃から教え叩き込まれた筈の知識の引き出しの奥底から引っ張り出し、導き出されたその結論に総毛立った。


帝国四天王の一人、(おおとり)家の血の特徴が、それだったのだ。


「あり得ない。この骸は、鳳家の血を引く貴人だと言う事か?」


「それが何故、下級貴族である尾噛家の召使いなんぞをやっているのだ?」


「待て…鳳様のご息女達が、丁度この女くらいの見た目の歳になる筈だ。まさか…」


「おい、ヤバいぞ…俺達、鳳様に殺される…」


鳳家は、その祖を帝と同じとする帝国でも比類無き血の正当性を持つ名家だ。それは男達のどこの家も、その権勢に並ぶ者はいない程の権力を持つ。もし鳳家の不興を買ってしまえば、誰も庇ってくれる者は居ない…その事実に思い当たり、男達は血の気を完全に失ってしまった。


「だから私は言ったんだ。『早く我が家人を返せ』と…お前達は、自らの罪を数えろ。その罪、決して軽くはないぞ…」


尾噛の小娘の骸が、立ち上がる。両の(まなこ)が在った筈のそこには、何も無い昏き孔がぽっかりと開いて、夥しい血を流し続けた。そして男達の罪を(なじ)る口には、歯が一本も無く同様に、赤黒き血の塊をその口から彼らを呪う言葉と共に延々と吐き続けた。


男達は、得体の知れぬその恐怖に喉が裂けんばかりに大声を挙げた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「本来ならば…こいつらは、この手で殺してやりたかった…」


鬼の貌をその面に浮かべながら、マグナリアは未だ抑えられぬ怒りに荒い息を吐く。


小さき娘の身体より流れ出でる血から、少ないマナをかき集めて漸く発動させた眠りの魔術は、祈を除く、この部屋に居る全ての人間の活動を停めた。少なくとも、男達は仲間を呼ぶ事ができないだろう。


死しても消えなき悪夢(ナイトメア・メガデス)』マグナリアのオリジナル魔術だ。術者が解かぬ限り、永劫に目醒める事の無い悪夢が続く眠りの魔法である。


今頃彼らは、夢の中で自身の起こした因果の応報を喰らっている事だろう。それに何の意味も無い事を、マグナリアは知っている。だが、少しでも苦しむが良い。その想いを込めて。


昏き怒りの炎をその胸に熱く宿したまま、鬼の女は最愛の娘である祈の脚の上に載せられた重りを退かし、静かに小さき娘の身体を床に横たえた。


祈はまだ微かに息はあるが、それは本当にギリギリで生きているだけに過ぎない何とも頼りないものだった。


両目を失い、大半の骨を損傷し、足はもうぐしゃぐしゃで全く原型を留めてはいない。そして、儚く美しかったその顔は、今や面影はどこにも無かった。


部屋の壁の一面が、音も無く崩れ去る。マグナリアはその方向へ眼を向けなくとも、誰の仕業かすぐに解った。魂の兄弟、その一人である武蔵が、陰気な部屋の壁を切り裂いたのだ。


外の新鮮な空気と共に、大量のマナが流れ込む。それら全て余すこと無く、マグナリアは支配下に置いた。


「お姫さまっ!」


「姫様、何とっ…」


二人に付いていた琥珀(こはく)船斗(せんと)は、変わり果てた主の姿に息を呑んだ。


「ごめんなさい。あたしが付いていながら…イノリを、こんな酷い目に…」


「…仕方が無いさ。これも全て、祈が望んだ事だ」


「左様。我らは、その望む通りに動いたに過ぎませぬ。マグナリア殿が気に病む事は、何もございますまい…」


静かに語る彼らの貌は、その穏やかな声とは裏腹に、激しい怒りに醜く歪んでいた。末は鬼神か、それとも破壊神か。その行き着く先そのものの相貌になっていたのだ。


「ありがとう。でも、あたしはとてもそう簡単に割り切れないわ…イノリ、ごめんね…」


「武蔵さん、こんな事頼むのは本当に申し訳無いんだが、祈の脚を…」


「…承知」


祈の脚は、すでに原型が無い程に肉は崩れ、骨は粉々になっていた。如何にマグナリアの術が優れていようとも、このまま回復術(キュア)をかけ続けたとしても、絶対に脚は治りはしないだろう。


(まさか、現世で最初にこの手で斬る生者が身内、しかも育ての娘であるとは…何とも因果な事にござる…)


武蔵が腰に帯びた刀の鞘に手をかける。剣聖の手に在る刃は確かに祈の両脚を誰の目にもとまることなく、その付け根付近から斬り落としていた。


マグナリアは支配下に置いたマナを一気に解放し、最大出力の魔の力を持って祈に向け回復術をかけた。


瞬く間に脚と角が再生し、身体に浮き出た赤黒き醜い痣は次第に色を失い、透明できめ細やかな白く瑞々しい若い娘の素肌へと戻っていく。


だが、内部の細かい亀裂骨折や破砕骨折というものは、どうしても再生に時間がかかる。マグナリアの全力の回復術ですら、それの根治には長い時間を要するものなのだ。


そして、抉り取られてしまった眼球は、マグナリアといえど、それを完全に元通りにする事は不可能だという。


「眼球の再生はできるけれど、精々、それなりに近い状態には…って所。あの優しい翠玉の瞳は…無理でしょうね…」


これからの生涯、娘は鏡に向かう度に、その事を嫌と言う程に思い知らされ、打ちのめされる事だろう。ひょっとしたら、何度も忌まわしき出来事が脳内にフラッシュバックしてしまうかも知れない。


その事を想像するだけで、マグナリアは暗澹とした気持ちになる。だが、こればかりは彼女の腕ですら、どう足掻いても届かない神の領域なのだ。


マグナリアの回復術は、弱り切った祈の身体を癒やし続けた。


魔術により失った血が戻ったお陰か、祈の肌は血色を取り戻し、息は次第に安定していき、ゆっくりとした規則正しいそれに変わる。


「…ん…マグ、にゃん?」


体力は未だ戻っていないであろう祈は、夢うつつのまま微かに開いた眼で周囲を見渡した。


「イノリ、おかえり」


再生された瞳は…今まで通りの、深き翠玉の色ではなかった。マグナリアは心の中で、何度も何度も娘に詫びた。


「ごめんね…心配かけて…皆は無事だった…かな?」


「全員無事だ。だから、今は寝てろ。ったく、お前は無茶し過ぎなんだよ…俺達の事も、少しは考えてくれよ」


「左様。祈殿は突っ走り過ぎでござる。少し立ち止まって頂きたいでござるな」


「うん、今度から気をつける。ごめん、少し疲れちゃった…」


「寝てなさい。今日は安息日で、お仕事も休みなんだから。たまには、お昼過ぎまで寝てしまうのも、良いんじゃないかしら?」


「そうだね…みんな、おやすみ…」


娘はそのまま瞼を閉じた。今までの激痛による過負荷のせいで、精神も限界に近い状態だったのだろう。すぐに静かな寝息が聞こえてきた。


「…やはり、ボクらが一番遅かった様ですね。皆さん、そこに転がる罪人の始末、こちらでやらせて頂いても?」


多くの兵を伴い、鳳翔が一同の前に姿を現した。


いくら勅であるとはいえ、深夜帯にここまでの数を揃えてきただけでも、彼らは充分過ぎる程に頑張ったのだろう。俊明は頷いた。


「では、祈の事を頼む。俺達は約束通り殺るからな?」


「ええ、どうぞご随意に。すでに帝より、この事に関して勅書が出ておりますので」


この一件に関わった五家…伊武家、牛島家、金子家、日高家、堀家は、帝の勅により、本日をもってその家名を帝国史から抹消される事が決まっているのだ。


「ありがとな。じゃ、この始末…絶対につけてやるとするか」


「うむ。拙者、未だこの手に祈殿を斬ったその感触が残って、心底気分が悪ぅござる。早くこの感触を忘れてしまいたいのでござるが」


「あたしも心底フラストレーションが溜まってるのよね。発散、しなきゃ…ねっ」


三人は立ち上がり、血の報復を誓い合った。


「私は、お姫様のお側にいます。本音を言えば、暴れてやりたいんですが…」


琥珀は静かに寝息をたてる祈の頬を撫で、目を伏せる。いかに回復術で傷を癒やしたとはいえ、一時は瀕死のギリギリまでの重傷を負った主の身が心配で仕方が無いのだろう。自身の気持ちより、そちらが重要とばかりに居残りを宣言した。


「私にも、そのお手伝い、させて頂きたい。我らが姫様をこの様にした報復、尾噛の臣として、絶対にこの手で晴らさねばなりませぬので」


「うん、君なら大丈夫だな。おっし、一つは任せた。後は…」


”じゃあ、残りは早い者勝ちにするか?”俊明が言おうとしたその時、見知らぬ声が唐突に彼らの後ろから挙がった。


「我にもやらせろ。我が娘を傷つけた罪、償わせてやる…邪竜の恐怖、もう一度思い出せてやらねばな…」


黒髪で褐色の肌をしていたが、それ以外は祈と瓜二つの少女が、そこに在った。


「祈の中に棲む邪竜か…コンニャロ、とうとう出しゃばってきやがった…」


「ふん。トロい貴様らに任せておっては、我が愛しき娘の命、全然休まらぬわ。たわけめが」


「ま、ま、ま…俊明殿も、抑えて抑えて。頭数が丁度揃ったという事でよろしかろう。では、邪竜殿、一つよろしく頼むでござる」


武蔵の言う通り、確かにここで揉めても仕方が無いだろう。俊明は深く息を吐いて、気持ちを切り替えた。


「おし。んじゃやるぞ? いいな、万倍返しだ」


「「「「応さっ!」」」」


ここに帝国史上、最悪の血の夜明けが、今まさに訪れようとしていた。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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