第130話 帝国なんざ糞食らえ
「やあ、いらっしゃい。こんな夜更けに訪ねてくるなんて、もしかして……夜這い?」
「巫山戯ろ。死ね」
帝国四天王の一人にして、その政一切を取り仕切る事実上のNo.2である鳳翔の冗談をバッサリと斬り伏せた上に『死ね』と返す俊明に、船斗も琥珀も冷や汗を流し、畏れ戦く事しかできなかった。
「あわわわわ…と、俊明さん、それは流石に…わたし達、死んじゃいます」
通常の人間の反応としては、確かに琥珀の言う通りだ。”帝国のお偉い様”相手に『死ね』は、それだけで不敬罪が成立する畏れ多い事なのだから。
いつもの俊明ならば、更なる軽口で返すだろう。だが、今は非常事態だ。『死ね』という短い返答自体、その余裕の無さの表れでもあり、俊明の怒りの深さを物語っているのだ。
「あん? そンなの関係ねぇ。冗談言ってる場合じゃないんだからな。こんな時間の訪問なのに俺達を通したってこたぁ、どうなってるかくらいお前らも把握してるんだろ?」
「…そうだね、ごめん。君達の対応が予想よりずっと早かったから、少しはしゃいじゃったよ。闘技場の時にも思ったけれど、尾噛の人材の層は本当に厚いねぇ…」
俊明の指摘に頷き、鳳翔は素直に頭を下げる。そして、今回の件を正確に把握している事も認めた。
「当然、全て把握してるんだよな?」
「完璧に…とはいかないけれど大凡は。関わったであろう人間と、裏で糸を引いた家はこちらでも把握している。何かやらかすだろうなとは思っていたけれど、ここまで強引な手を使ってくるとは…事前に止められなかったのはこちらの落ち度だ」
もう一度、鳳翔は深々と頭を下げた。
まさかここまでの謝罪の言葉が出て来るとは俊明も思ってなかったらしく、少しだけ毒気を抜かれた格好になった。
「ああ、俺達は謝罪を聞きに来た訳じゃない。犯人達と人質は今どこにいるのか? 今回の首謀者達の家はどこか? その情報が欲しい。あと、そいつら全てを皆殺しにして良いか? その許可…要求はこの二点だ」
祈の側にはマグナリアが憑いているので、祈の状況は常に把握できる。そこから祈を救出するだけならば、訳は無い。
だが、犯人は尾噛の家人を人質にする事で祈を封じてきた。悔しいが、これは祈の性格上最も有効な手段だと俊明も認めざるを得ない。なので、まずはこれの確保が大前提。それができねば、祈は一切動く事ができない。
今回の首謀者とその仲間達に関して、人質になった家人と祈の救出だけで終わらせるつもりなぞ、当然俊明達には無い。今後の憂いは絶対に断たねばならない。
今回の様に、家の権力を背景に力尽くで害成してきた以上、彼らだけではなく、その家ごと潰す。全て潰してしまわねば、またぞろ恨みを買ったままになるからだ。
「まぁ、許可が無くとも全員殺すがな。一応は筋を通す為に一言…って奴だ」
敵対者には一切の容赦をしない。
それが当然の異世界の勇者として、二度の人生を歩んできた俊明にとっては、”皆殺し”という選択を躊躇する事なぞは絶対に無い。ましてや、我が娘同然の祈の危機なのだ。
例え相手が神であろうと、絶対に殺す。武蔵もマグナリアも必ず同じ選択をするだろう。だからこそ、俊明の表情には、一切の気負いも無ければ怒気も無い。この選択が至極真っ当なものだからだ。
「…君達は、帝国を滅ぼすつもりなのかい?」
翔は俊明のその言葉に恐怖した。
それは彼らの家の権力を知っているからだ。なのに、目の前の中年は、自然体のまま『皆殺し』にするのだと言う。その実力があるのだと理解ってしまったからだ。
「まさか。俺達は、『祈を守護る者』だ。祈に直接危害を加えたりしない限り、こちらから動く事は絶対に無いさ」
俊明は事も無げに翔の懸念を一蹴した。
帝国なんか知ったこっちゃないし、別にどうでも良い。だからこそ、勅命によって魔の森や最前線送りになっても何もしなかったのだと。
「だが、今回は一発アウトだ。奴らは、その境界を簡単に踏み越えた」
「左様。我らの手で、然るべき因果をくれてやらねばならぬ…」
今まで無言でいた武蔵が、重い口を開く。全ての人生において剣聖号を帯びた彼は、総じて特権階級の人間が大嫌いだった。名の政治利用を強要されたり、手塩に育てた弟子達を人質に、一方的な要求をされる事なぞ当たり前の様にあったからだ。当然その様な者達の末路は言うまでも無い。
「はははは。鳳よ、諦めよ。我らの負けぞ」
瞬間移動の光と共に、太陽帝光輝が降り立った。
俊明も武蔵も平伏せず、ただ腕を組んだまま冷ややかに帝を一瞥したのみだ。そもそもこの世の存在ではない二人にとって、権威なぞ糞食らえという思いしか無いのだから。その態度に、光輝は一瞬呆気にとられた様だが、すぐ喜色満面に笑みを浮かべた。
「ふむ。態々帝国の臣を”皆殺しにする”と宣うだけはあるわな。朕なぞ路傍の小石程度でしかないか…良い。此度の一件、全て我らの不徳の致す所。その悉くを討ち滅ぼす事、朕の名において赦す。して、今後この様な仕儀が起こらぬ様、約束もしようぞ。彼の姫には、報いきれぬ恩義があるのだからの」
「…よろしいので?」
彼らの要求を全てのむどころか、今後の祈の立場と身の安全の責任を負う。その光輝の言に対し、翔は個人的に全面賛成でも、立場上それに異を唱えねばならない。確かに祈は有能で、帝国は何度も助けられてはいるが、所詮地方領主の姫でしかないのだ。
「今更であろ? 伊武の小倅如きに隙を与えた国の責任ぞ。そしてただ女子だからと、位にしか価値を見出さぬ愚か者共にもそれと解る様に、尾噛の姫に勲をくれてやらなかった朕の責任ぞ」
帝の言は、全てに優先される。
本来ならば、それに対して『建前上は』という注釈が付く。中央大陸から落ち延びた帝家の権力は、それほどまでに弱体化しているのが現状だ。だが、今回に一件に関して、全ての責任を光輝が負うと確約した。帝のお墨付きを得れば、今後の祈の立場は盤石になる筈だ。
「御意。では、我らが集めた情報全てを、貴方たちに託しましょう。そして伊武、牛島、金子、日高、堀の五家は、本日限りで取り潰しとします」
その為にも、この五家は悉く皆殺しにせねばならない。そういう事なのだ。
「時間が惜しい。船斗君、琥珀さん、付いてこい」
「は、はいぃぃ」
「ははっ」
欲しい情報を得てしまえばもう用は無いとばかりに、俊明と武蔵はそのまま部屋を飛び出てしまった。慌てて船斗と琥珀が帝と翔に対し、深々と一礼をして後を追いかける。静寂に包まれた室内に、翼持つ二人が残された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翼持つ二人は、緊張の糸がぷっつりと切れた様に全身の力を抜き、深く深く息を吐いた。
「…っぷはぁ。いやぁ、マジ死ぬかと思った…」
「アレはもう絶対に人じゃないね。僕も今回ばかりは死を覚悟したよ…」
涼しい顔を装ってはいたが、二人とも全身にびっしょりと冷や汗をかいていた。死を予感せずにはいられない。それ程までに、あの二人の圧は凄まじかったのだ。
「ああ、光クン、ちょっと待ってね。今お茶用意するから。喉、カラカラでしょ?」
「うん。翔ちゃん助かるよ。本当に、尾噛の家はびっくり箱だねぇ。いくらでも恐ろしい人間が沸いてくる」
「本当にねぇ。彼らが敵対してこないことを祈るしかないねぇ」
「そのつもりは無いと思うよ。それこそ、帝国なんか何とも思ってない様だ。彼らを怒らせなければ、大丈夫さ。まぁ、その為にあの約束をした様なモンなんだけれど」
「はい、どうぞ。逆を言えばこちらで祈クンをちゃんと保護しておかないと、いつ滅亡の憂き目に遭うか…って所かなぁ」
「ほい、ありがと。そそそそそ。そんな馬鹿が多いからね。ウチは」
緑茶を啜り、ほぅっと一息。
竜を喚び出せる姫だけでなく、ただの入門魔術で人一人消滅させた大魔導士に、その場を動く事なく素手で何人も殺してみせた武士。そして自爆して負けたハゲ…最後の奴はどうかとは思うが、彼らがその気になれば帝都の住人を大量に殺せるだろう。
「まぁ、今回の一件は、彼らの逆鱗に触れてしまったのは間違い無いからね。これで矛を収めてくれればめっけモンと思っておかなきゃ」
「だよね。ボクも一手打ったつもりだったけれど、まさかあそこまであんの小倅共が愚かだとは思ってもみなかった…完全にボクの失態だ」
伊武の小倅共と尾噛の屋敷に、それとなく監視の草を付けてはいたが、まさか屋敷に火を放つなどという直接行動に出るとは思っていなかった。さらには大勢の私兵を連れてくるなどとも…
俊明の皆殺し宣言なぞ待たなくとも、帝国はその責を問うて伊武家を潰さねばならないとんでもない事態だったのだから。
「あんな暴挙が赦される。なんて軽く思っているんだから、上が本当に腐ってんなって。やりたくなかったけれど、粛正しなきゃなんないかな…ねぇ、何かお茶請けなぁい?」
「西の蛮族共がどう動くか解らない以上、内部に無駄な敵を作りたくないってのが本音なんだけど。でも、そうと言ってられないのが現状かぁ…ごめん。今日はなんも無いや」
「残念。今日のお茶は凄く美味しいのになぁ…」
「っていうか、それってただ単に喉が渇いていただけじゃないかなぁ?」
それだけボクら緊張してたしね。翔は苦笑交じりにツッコミを入れた。
「あとは祈ちゃんが無事であることを、僕は切に願うよ」
「それなんだけどさ、光クン、正直不味いかも知れない。小倅共、あそこ使ってる」
「おい、それ不味いなんてもんじゃないぞっ! あそこは”魔術士殺し”が置いてある所じゃないか! 翔ちゃん、早く兵を送れっ! あの娘を死なせる訳にはいかないっ!」
もう立場なんぞを考えている局面ではない。尾噛祈には、返しきれない恩があるのだから。光輝は立ち上がりすぐさま勅を発した。
『帝国刑務所に囚われた尾噛祈を救い出せ』
長い夜は、まだ明ける様子はなかった。
誤字脱字があったらごめんなさい。




