第13話 僕はダメだった
この国の男子は、数え15をもって成人となる。
成人を迎えるにあたって、望は尾噛の当主を継ぐ事になった。
本来ならば、まだまだ早い家督の譲渡になるなのだが…
現当主垰が、数日後に最前線へ赴く為の所謂”保険”の意味合いが強い。
『獣の王国』を僭称する蛮族が、帝国領内へ侵攻してきた為だ。
海峡を越えた遙か先の国境では、日夜激しい戦闘が行われているという。
それに対して、帝国首脳部の提出した作戦はこうだ。
多数の船で、海峡を越えるのではなく外海を渡り、直接敵軍の後背に陣を展開し、防衛軍と呼応しての挟撃するというものだ。
垰には、それが机上の空論過ぎて話にならない。
今ある船をやりくりし、海峡をピストン輸送してから軍を編成し、前線の軍と合流する方が遙かに安全で確実なのだ。
鳳と垰は作戦に異を唱えた。
外海を渡るのは、確かに速攻の観点からも敵方の意表を突くのに有効であろう。
ただし、それは『敵軍に捕捉される事無く』上手く風を掴んで、海流に乗れれば…という大前提があって初めて成り立つ。
この世界この時代の船は、推進力は人力で漕ぐオールがメインで、帆は補助の意味合いの強いガレー船である。
推進力に多数の人員を割かねばならないガレー船は、戦力と物資を輸送する船としては、効率の面で言えば物凄く悪い代物なのだ。
そして、多数の人員を一度に運ぶとなると、もちろん数が必要になる。
しかし、そんな財力も技術も現在の帝国には無い。
「今ある船に兵を乗せれるだけ乗せろ。足りない分は漁民から舟を接収して繋げ。そこに物資を載せれば良かろう」
よしんばそうやって船の数を揃える事ができても、漕ぎ手の数が足りない。
「漕ぎ手なぞ、兵に交代でやらせれば良かろう」
「確かにそれでも良いかも知れぬが、櫂の扱いに習熟していない者が大半では、まともに船は動かんぞ。そこはどうするつもりなのだ?」
「ようは船を海流に乗せればよいのだ。後は海が勝手に運ぶ」
「手前の海流に乗るだけでは、簡単に陸から発見されよう。敵に各個撃破の絶好の機会を与えるだけになるが?」
「敵にそんな暇を与えなければ良い。仮に船影を見つけられたとしても、それにより敵の動揺を誘えるだろう」
「そんな行き当たりばったりの論では、ワシは多数の兵に死ねとは言えぬ」
「黙れ! 尻尾無しは帝への忠誠も、脳味噌までも無いのか! この策で決定したのだから、貴様はただそれに従えばよいのだ!!」
軍議は、牛頭に押し切られる形で終わった。
(おそらく、ワシは生きて帰っては来れぬだろう……)
こうなっては、なるだけ揮下の被害を抑える事しか出来まいと、垰は覚悟を決めた。
ここが愚直なまでに生真面目な垰の限界である。
これが鳳翔だったら……
「いやぁ。頑張って海流に乗ったと思ったのに、違う奴だったみたいだねぇ。知らぬ間に海峡を越えて陸地が目の前だ。もう折角だし、ここから上陸しちゃおう」
と、公然と策を無視してのけただろう。
要は戦に勝てば良いのだ。などと割り切る図太さが翔にはあるが、垰にそれは無いのだ。
かくして、望の”継承の儀”の日時が決まる。
仰々しい名であるが、簡単に言ってしまえば、望が当主の証である太刀を受け取り、尾噛に連なる代表達へ挨拶する程度のものだ。
その後、宴が一晩中続く。
もしかしたら、それが望にとって一番の試練になるのかも知れない。
「うへぇ、雁首揃えてまぁ……ほんっと、この家は無駄に人数だけはいるな」
「壮観ではあるな。これを率いねばならぬとは、望殿は大変でござろうて」
「はぁ……正装のイノリちゃんもkawaii……はぁはぁ……」
上級霊二人は、大きく溜息をついた。
(みんな、気配だけは気をつけてね? 結構勘の鋭い人いるから)
祈は守護霊達に、一応の注意を呼びかける。
いくら現当主の垰から居ない者として扱われる存在とはいえ、直系の娘である祈は、当然ながら家中の重要行事には必ず参列させられていた。
隣には布勢と、尾噛の傍系、家臣家に養子に出た垰の兄弟が続く。
(バケモノの娘が隣に在る……)
その恐怖に未だ布勢は慣れる事はないが、表立って態度にも出せる訳もなく、背中には滝の様な冷たい汗が流れていたりする。
ここでチョッカイを出してみると面白いんだがなぁ……と、僅かな悪戯心が沸く俊明だったが、祈に釘を刺されていたので何とか我慢していた。
儀式は滞りなく進み、太刀の継承へと移る。
駆流の手によって見いだされた、邪竜の尾より出でし太刀…
尾噛の家に伝わるそれに、銘は無い。
柄頭は金の板を打ち付けられており、拵えは黒漆で補強され、儀礼用に上質な絹糸を組んだ紐で幾重にも結われている。
鞘にも金などで華美な装飾が施され、足緒は金で編まれた鎖が何条にも平組されていた。
そして、鞘の長さから、刀身だけでも1メートル以上…現代の分類でいえば、それは大太刀に分類される程の長さがある様だった。
垰から渡さたそれに、かなりの重量を両手に感じながらも、望は鞘から少し抜いてみる。
鞘から僅かに覗く厚手で幅広のそれは、清流よりも。妖精の羽よりも、遙かに透き通って見えた。
当然、この様なモノは望の知る刀のそれではない。
尾噛に伝わる邪竜の太刀は、この世に存在する金属で造られてはいない。
それは、幼少の頃より垰から聞いていた通りだ。
鞘に収め、垰に最敬礼をした望は、深い絶望と屈辱を味わっていた。
「やはり、僕はダメだった。太刀に認められなかった……」
垰や、歴代のどの”尾噛”たちの継承の儀の時と同じ様に。
証の太刀は、望に何の反応もしてはくれなかったのだ。
誤字脱字あったらごめんなさい。




