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第128話 帰路。そこで



暗い表情の男達は、自らの怨嗟の声を肴に、杯を舐める様に酒を嗜んでいた。


職を追われた男達は、こうやって辛気臭く顔を並べ、ただ無為に過ごすこの時間だけが生きる意味となっていた。世を恨み、世間に毒を吐き、周囲に呪いを込めて。


男達は、小さい頃からの夢があった。


男達は、人々に讃えられる様な英雄になりたかった。


だが、そこに辿り着く為には、絶対的に実力(ちから)が足りなかった。


だから、男達は足りない分の実力を、家の権力(ちから)に頼った。


家の権力は、男の望む通りの能力(ちから)をくれた。全く魔術の素養の無い男の手に、魔術という強大な戦力(ちから)をもたらしてくれたのだ。


男が願えば炎が昇った。


男が願えば風が吹いた。


男が願えば水が湧いた。


男が願えば土が隆起した。


男が願えば光が照らした。


男が願えば闇が覆った。


家の権力は、男達の為に、未だ戦火の収まる事を知らぬ群雄割拠の中央大陸から、数々の貴重で強力な魔導具を取り寄せた。


それらは魔術の素養が無くとも、所持者自身の生命力(プラーナ)を呼び水に捧げば、魔術と見紛う程の奇跡を起こした。


魔術士とは、選ばれた存在。どんなに努力をしたとしても、その身に素養が無くば、絶対に辿り着くことのできぬ”英雄”の、一つの形だ。


男達は狂喜した。これさえあれば、自分達は選ばれた存在になれるのだと。


高貴な家に生まれた、選ばれた筈の自分なのだから、選ばれた存在でなくてはならぬ。決して、絶対に、無能であってはならない。


権力とは、力だ。


実家の持つ力なのだから、それは自身の力と同義だ。だからこれを持つのは、俺の実力の証明なのだ。


男達の高い高い自尊心は、知らぬ間に虚栄で繕わねば保つ事が叶わない程に、醜く肥大していた。


それを、小娘に暴かれてしまった。


それを、小娘に見透かされてしまった。


それを、小娘にあざ笑われてしまった。


ただの、下級貴族の、小娘に。


貴族とは、名ばかりの…


出世の為に、民間伝承を利用しただけの…


上手い事、成り上がっただけに過ぎない家の…


尾噛の、小娘に。


そして、男達は職を失った。


国で、身の置き場を失った。


名誉と誇りを完全に失った。


男達に残るのは、恨みだけだった。


全てを奪った、憎き尾噛の小娘への、恨み。


何故か今では下賤な平民共が、帝国の選ばれた者のみが手にする筈の、輝かしき”魔術士”の号を独占しているという現実に、彼らの醜く肥大した自尊心は耐えられる訳もなかった。


「…このままでは、絶対に済まさぬ…」


「応さ。ここまで虚仮にされて、黙っておれるかよ」


「少しだけ魔術が使えるからと調子に乗りおって。小娘め…目に物見せてくれるわ…」


男達は、今を忘れて酒に溺れることすらできなかった。男達の身体は、大量の酒精を受け付ける事が出来なかったのだ。


だから、悪ぶって呑む振りをして、ただ舐めるだけ。


結局、全てが半端。その自覚があるだけに、男達は自らの置かれた境遇に、一切の満足ができなかった。


こうも落ちぶれたのは、誰のせいだ?


勿論。それは、尾噛の小娘の…


「我らの舐めた辛酸を万倍にして返してやらねば…この怒り、収まりがつかぬ」


「応よ。奴の大事なもの全てを奪い尽くしてやらねば気が済まぬわ」


「俺に考えがある。お前等耳を貸せ…」



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



深夜の静かな帝都を、祈達は尾噛の屋敷に戻る為に歩いていた。


明日は部隊で定めた週に一度の安息日だ。適度に身体を虐めた後に休息を入れてやらねば、決して強い肉体は出来上がらない。酷使し過ぎてもだめなのだ。


「ったく、ひでぇなぁ。ごっそり持っていきやがって…」


やけに涼しげ(?)になった頭髪を撫でながら、俊明は涙目になっていた。ただでさえ寂寥感たっぷりの毛髪の、右側面をごっそりと引き抜かれた痛みは肉体的だけでなく、精神的にも多大なダメージを俊明に残した。


「ふんっ! どうせそれは仮の肉体なんだから、霊体化すれば元通りでしょっ!」


娘の寝起きの艶姿をそのまま式で表現するとは、流石に思ってもみなかった。これが育ての親の所行かと思うと、祈は今すぐにでも縁を切りたい気分で一杯だった。


「んな訳あるかよ。お前の能力は霊体に直接影響を及ぼせるんだぞ? 今の攻撃なんか、仮の肉体素通りして思いっきり霊体に届いてるってーの」


祈の魂と肉体は霊界と直接繋がっている為に、普通なら触る事も視る事も叶わない筈の霊体に直接干渉できる。つまり仮の肉体だけでなく俊明の霊体(本体)にも、同様に右側面が祈の手によって豪快に広範囲のハゲがこさえられたのだ。


「そんなの、霊体を再構成すれば治るでしょ。てゆか、なんでとっしーは髪の毛薄いの気にしてる癖に、ずっとその姿でいんの?」


霊体は、その気になればいくらでも外見を自在に弄る事ができる。別に歳経て毛髪が寂しくなったというのであれば、若い姿に戻せば良いだけの話でしかない。


「そんなの決まってら。()()()()()()()()()()()()な」


踏ん反り返って、『男は外見じゃねぇ。中身だっ!』と持論を展開する俊明。その中身のせいでこんな目に遭ったのをもう忘れたのか? マグナリアは頭痛を堪える様にこめかみを押さえたまま押し黙った。


「実は拙者、もう少し背が欲しかったのでござるが、霊体になってからいざそれをやってみたら、何と申しますか…視界が…その、違和感と申しますか…”これじゃない”というか…ですが、見栄とか、このままで、とか、(かぶ)いていた頃の当時を思い出したりとか…その様な色々な葛藤も…うむ」


武蔵は顎を撫でながら、苦しげに呻く様に自身の体験を語った。年若い頃、傾いた派手な衣装を身に纏い、高下駄を履いて街を練り歩いた時の黒歴史を思い出し急に恥ずかしくなったのだという…丁度目の高さがその時の記憶と綺麗に重なったらしい。実にままならないものだと嘆息する。


胡散臭い三人の大人達と、主である祈の会話の内容がイマイチ理解できない船斗(せんと)琥珀(こはく)は、もう黙って後ろを付いて行くしかなかった。


謎が多い主にも言える事だが、それと同様に謎しかない三人とどう接すれば良いのかさっぱり分からない…というのが二人の本音だ。


「まぁ、自在に変えられるからこそ、ついつい自重するというか…そこまで面の皮が厚い人間? …幽霊ってのは、いないって事よね」


マグナリアはうんうんと頷きながら話を纏めてみせた。


「何したり顔で纏めてんだ。お前、背丈とか色々弄ってた癖によ」


「うっさい。今は全部元に戻してンだから言わないでよ」


生前はデカい。ゴツい。おっきい。でもやっぱりおっぱい。と散々外見で弄られていたトラウマがマグナリアの整形心(?)に火を付けていた様だが、今はすっぱり諦めてしまったのか、生前通りの姿に戻していた。


「…しっ。お二人とも、すまぬが少し静かにしてくれぬだろうか? …祈殿。些か不味い状況にこざる」


武蔵の霊感レーダーが異常を察知したのか、じゃれつく守護霊の二人を諫めた。


「さっしー、何かあったの?」


「あれをご覧めされい」


武蔵が指し示した方角に、帝都での尾噛の屋敷がある。そちら側の空が、次第に淡く赤に染まり、忽ちに黒い煙がもうもうと立ち上っているのが見えた。


「…火の手が上がる直前、いくつかの命が同時に消え申した。屋敷の使用人だろうと推察できましょうが、これは焼死ではござらぬ」


人の命が消える瞬間を察知できる武蔵だからこそ気が付いた異常。火の手が上がる前に消えた命。そこから推察できる事は…祈だけではなく、俊明とマグナリアもこの事実を重く受け止めざるを得なかった。


「急ごう!」


「はっ!」


「はわわ。お屋敷が燃えてますぅぅ?」


祈は屋敷に向け全力で駆け出す。慌てて船斗と琥珀が後に続いた。


(このまま全員で屋敷へ向かうのは、些か不味いかも知れぬ。俊明殿、マグナリア殿は念の為に隠れておいてくだされ)


尾噛屋敷周囲の人の気配があまりにも多い様に武蔵には感じられた。武家、貴族の邸宅が並ぶ閑静な一角に、火事場の野次馬が集うには行動が早すぎるのだ。


祈が使用人の安否を気遣い焦って駆け出すのは当然のこと。だがしかし、武蔵達は祈の身の安全こそがが第一であり、全てだ。尾噛の使用人達がどうなろうと知ったことではない。


その為に打てる布石は、なるだけ仕込んでおく。これがその一手になるだろう。


(…拙者、このまま大過なく過ごせると思うておったのだがなぁ…)


侍は溜息を吐きつつも、主の後を追うべく舗装された道を踏みしめ足先に力を込めた。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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