第127話 訓練おかわり!
「ホントに、貴方は調子に乗ると碌な事しないわね…」
「…面目ない。つい、自分の中にある熱いリビドーを抑えきれなくなったんだ…」
現在、俊明は反省の意味を込めて正座を強いられていた。そこに琥珀がどこから調達してきたのか、10貫(約38㎏)の石板を膝の上に敷いて俊明を激しく悶絶させる。武蔵に言わせれば、算盤板の上に座らせないだけマシだと思って頂きたい。との事だった。
(それ、ただの拷問じゃん…)
話が全然進まないので、祈は心の中でだけツッコミを入れた。添い寝型睡眠学習用式祈ちゃんのSSR、SRの衝撃で、割と心が死にかけていたのも理由の一つではあったが。
「…まぁ、それは良いとして。確かに姫様の姿の使い魔でしたら、彼らに正確な呪文を学習させる事ができましょうな」
生真面目過ぎる船斗は、このノリに全く着いていけない様で、こめかみを押さえながら絞り出す様に言葉を紡ぐ。俊明ワールドは、同じ波長を持つ人間にしか受け入れられないのだ。
「もうこの際、私の姿であるのは目を瞑るからさ、せめてランダム要素だけは外して欲しいナ…」
娘の貞操を気にする癖に、それを煽るエロ要素をブチ込む俊明の精神が分からない。祈は頭を振って育ての親の一人である彼の擁護の一切を諦めた。UR以下はまともな姿であることを切に願うばかりだ。
「えぇー、それだと俺がつまんね…」
「琥珀さん、石追加」
「はぁい♡」
「おごごごごごぉっ! ごめんっ、俺が悪かったッ! マジで足が砕けるから、勘弁してくれっ!」
肖像権とは? という当然おこる疑問はさておき、ここに添い寝型睡眠学習用式祈ちゃんは、正式に採用される事となった。誰にも気付かれる事の無い様に深夜の運用を想定している為、彼らの日中の鍛錬がより過酷に、より過激になったのは言うまでもない。
新兵から魔術士隊に採用された少年達の噂は、軍内部にすぐ広まった。
「上手い事やりやがって…」
「羨ましいもんだ」
「俺にも魔術の才能があれば…」
と、口々に彼らは言う。
帝国軍で俸禄を得る為には、最低限度の読み書き計算ができなくてはならない。何とか試験を突破できたとしても、最初に得られる禄では、一人で慎ましく生活をしていくには少しだけ足りない。その程度だ。
だが、魔術士隊に採用された少年達は事情が異なる。もし仮に所帯を持ったとしても、一家を支え充分に貯蓄ができる程の俸禄がすでに出るのだ。彼らの嫉妬は当然であろう。
とはいえ、彼らの嫉妬を一身に浴びなければならない謂われは、当然ながら少年達には無い。
魔術の素養とは、即ち生まれ持った才能だ。魔術を勉強できる環境が無ければ、誰も知られる事無く埋没して消えるだけの、つまらない一個性でしかない。それを見出す術は、本来ならば無いのだから。
それを一目見ただけで、完璧に判別できる祈の眼が異常と言える。鳳翔がその判別法を尋ねた事があるが、祈本人にも上手く説明ができないという。何れは、誰にでもできる判別方法を確立したいと祈も考えてはいるが、こればかりは時間だけで解決できる問題ではないだろう。
少年達に在った生まれながらの才能と、旧魔術士隊のに蔓延る門閥貴族共による不正と、祈に見出された幸運。どれも偶然が上手い具合に重なったからこその奇跡なのだ。
そんな周囲の眼なぞ気にする事無く、少年達は祈の手による苛烈なシゴきに耐えての日々が続いた。正確には、あまりに過酷な訓練のためにそんな余裕なぞ無いだけなのだが…
「つかさ、最近なんか、俺達身体デカくなってね?」
「だね。僕、服をいっぱい新調しちゃったよ。これでお給金無かったら困っただろうなぁ…」
今の少年達は、伸び盛りの成長期真っ只中。日々の規則正しい生活と、適度と言うには、あまりに苛烈過ぎる運動に、成長期に必要なカルシウムとタンパク質(主に魔物の肉)を十二分に摂っているのだから、縦横どちらも大きくなって当たり前だろう。
訓練の内容は、最初の頃に比べて更に苛烈なものになっていた。漸く慣れて余裕が出てきたと思った頃に、更なる枷が填められる。無間地獄の様だった。
『戦場では、味方を抱えて撤退しなきゃならない局面だって起こり得る。最低限、人一人分抱えて走る。これができて兵士として漸く半人前だよ。はい、今日からは自分の体重と同じ分の重りを抱えて全力疾走、三里っ!』
先頭集団が隣の村到達(約一里半)した辺りで追加される追跡者琥珀の、ぶるんぶるん揺れる巨乳を鑑賞する余裕すら出てきた少年達にとって、待望だった巨乳のお姉さんが、またまた恐怖の追跡者へと変貌を遂げるとは思ってもみなかった事だろう。
『琥珀さんに追いつかれた奴は、もう一周追加だかんねっ! 歩くなっ、死ぬ気で走れっ!』
今までですら俊足の琥珀に追いつかれずに走りきる者は数える程しかいなかったのに、自分の体重とほぼ同じ重りというハンデを抱えては、当然逃げ切る事など不可能。諦めて最初から歩く者もいたが、船斗と先輩兵士達が後ろから容赦無く竹刀で叩いて追いかける。少年達にとって竹刀を持った船斗は、何時しか恐怖の象徴となっていた。
『前にも言ったけれど、並の剣士なら三人は同時に相手して、制圧できなきゃ魔術士とは言えない。という訳で、そろそろ三人同時に相手してみようか?』
初期は新兵の二人を同時に相手取っていたこの訓練も、今では熟練の剣士3人を同時に相手させられるという、端から見たらただの虐めにしか捉えられない程の地獄の訓練と化していた。
『足を止めるなっ、動けっ! 囲まれない様に、位置取りを考えろっ! 常に一対一の状況を作り続ければ、人数なんて関係ないっ!』
日々の走り込みのお陰で体力が付いてきた少年達は、この過酷な訓練でも時間いっぱいにまで動ける様になってきていた。それが更なる苛烈な訓練に発展していく切っ掛けになるのだが、それでも大きな自信となる…筈だ。
『呪文は、簡略化する事もできるよ。でもそれやっちゃうと、その分だけ制御が甘くなるし、威力も落ちる。だからズルしないで、なるだけ全小節を唱える様にね。高速詠唱は必須の技能だよ。早口言葉、始め』
「「「「「あめんぼあかいな、あいうえお…」」」」」
「「「「「このたけがきにたけたてかけたかったからたけたてかけた…」」」」」
「「「「「あかパジャマあおパジャマきパジャマちゃパジャマ…」」」」」
『咬んだ奴は、その場で腕立て腹筋膝折り80回』
これはレクリエーションも兼ねた訓練と呼ぶには、本当に生ぬるいお遊び。
だが、これを続ければ続けるだけ、地味に罰ゲームによる肉体的ダメージが、後から後からボディーブローの如く効いてくるという…実際は地獄のメニューだ。
『よく動き、よく学び、良く食べて、良く寝る。特に睡眠っていうのはとても重要だよ。どこでも、どんな時でも寝られるというのは、本当に才能なんだ』
訓練日には、お昼寝の時間が必ず設けられていた。決まった時間にそれを行っては習慣となってしまうので、毎日時間はズラされる。寝付けない者は、祈の手で強制的に眠らされる。目を瞑ったらすぐに深い眠りに付ける…というのが理想らしい。
だが、戦場であれば何時何時に敵襲があるか分からない。深い眠りの中にいても、状況の変化に敏感でなくてはならない。
『はい、君死んだー。すぐに目覚めて行動できなきゃ、戦場では死ぬよ? 伝令の声で、すぐに起きれなきゃ、ね』
…寝た気がしない…寝ぼけ眼を擦りながら、過酷な訓練の疲れと、昼食後の満腹感のせいで完全マジ寝をしていた少年達は、この昼寝時間の抜き打ち襲撃が一番堪えるとボヤいているそうな。
『攻撃魔術の脅威。それはもうお前達も充分に分かっている事だよね。敵方から飛んでくる攻撃魔術。この脅威から味方を守れるのは、お前達だけだよ。今から私がお前達に向けて、色々な魔術を撃つ。ちゃんと防いでね。気を抜くと、本当に死ぬから』
抗魔術防御障壁は、無属性の中級魔術だ。これを使いこなせる人間が味方に複数いれば、対魔術士戦において遙かに優位に立てる。これを覚えさせる事こそが、帝国魔術士部隊には必要だと祈は考えていた。
火の初級から始まり、水、風、土、光、闇…様々な単体魔術が少年達に目掛け飛んでいく。そのどれもが、この辺りに棲息する魔物程度なら一撃で屠れる威力だ。
「「「「「ひぃぃぃ…」」」」」
障壁越しに届くそれらは、少年達の放つ魔術ではあり得ない程に、重く、鋭かった。もし、この中の誰かが少しでも気を抜いたら、確実に死ぬ。その確信だけはあった。恐怖に怯えながらも、少年達は懸命に障壁を維持し続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて。ここまで徹底してやれば、夜中に目覚める事、絶対にないよね?」
「…なぁ、そんなに嫌か? 睡眠学習用式…」
育ての娘の貞操を守る折角のナイスアイデアの筈なのに、当の本人が運用を嫌がる。その事実に、俊明は少しだけ寂しい気持ちを味わっていた。
「それを乙女に直接聞いちゃうデリカシーの無さが…もう、ね…」
マグナリアも呆れ顔であった。たまの暴走だけなら目を瞑るにしても、今回の俊明はかなりしつこい。本当にナイスアイデアだと思っている節があるので、余計始末に悪いのだ。
「それはもう良いから、早くやっちゃおう」
気は進まないが、これも早く尾噛領に帰る為。そう思えば、乙女の羞恥心もギリギリ耐えられる。祈達はヒトガタを取り出し、次々に念を込めていった。
「…ねぇ、とっしー」
「…何だ、祈?」
「私、ランダム要素排除しろって言ったよね?」
「うん? SSRとSRはちゃんと消したぞ? ここにあるのはURとRとCだな」
SSRとSRが絶対に出ないソシャゲなんて、きっと誰も課金なんてしないだろうなぁ…そう思いつつ、俊明は正直に説明していた。
「そっか……残りの三種だけどさ、どれもエロくね?」
「そうか? Cはいつものお前の冬の寝間着、Rは夏の、URは肌着だぞ?」
「そのどれもが、微妙に開けているのは、何故かなぁ?」
C、R、UR…どの祈ちゃんも着崩れて微妙に前が開いていた。ちょっと動けば、着物の意味が無い程に。
「…だって、いつもお前、朝起きたらこんなモンじゃん? それを何故と言うならば、俺の、趣味だっ!」
良い笑顔で俊明が親指を立てていた。確かに低血圧気味で朝が弱い祈は、起きてすぐの艶姿は誰にも見せられない程に着衣が乱れているが、だからと言ってそれを採用する馬鹿が何処にいると…ああ、目の前に居たわ。一気に脱力する。
祈は守護霊その1の右側面の髪の毛をむんずと掴み、怒りにまかせ一気に引き抜いた。
誤字脱字があったらごめんなさい。




