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第126話 失敗したかも



成人したと言っても、彼らはまだまだ年若い。


この時代、この国において、数え15で成人と認められるのだが、実年齢で言えば2歳近くもの開きがある。


まだ少年の気配を色濃く残す彼らの鍛錬を指導する祈もまた数え13の少女でしかない。


その祈は、彼らの魔術の発動にかなりの()()がある事に、少々の不満を感じていた。


(うん、やっぱり不味いかなぁ、これは…)


(どうしたんだ、祈?)


うしろに憑く守護霊の一人である俊明が、祈の懸念の正体が何なのかを訊ねた。呪術、陰陽行の達人(スペシャリスト)ではあっても、魔術に関しては門外漢である。祈の言う何が不味いのかはさっぱり分からないのだ。


(ああ、あたしもちょっと気になったのよね。イノリ、何か原因に心当たりがあるんじゃないの?)


そこに祈のもう一人の守護霊で、魔術の達人でもある大賢者(自称)のマグナリアが割って入った。


(そういうマグにゃんは、もう見当付いてんでしょ? 今更私が言わなくてもさ)


(拙者、(おおよ)そこういった術関係の話題には、全くの役立たず侍にて。祈殿、拙者にも分かり易く説明していただけると有り難いのでござるが…)


興味津々といった具合の武蔵が、更に更に割って来た。彼も守護霊の一人で、全ての生において剣聖号を常に得た程の豪の者だ。だが、極まった脳筋人生を繰り返してきた為か、こと術系統に関しては、完全に素人である。


(もう、しょうがないにゃあ。うんとね、どうも呪文を間違って覚えている子が何人かいるんだよねぇ。そうなると、発動時の効果とかにムラが出ちゃうの。術自体は失敗していないから、文節の一部だけが違うっていう、面倒臭い感じの奴)


(でも、毎日魔導書を音読させてるんだろ、だったら問題なくね?)


書物の繰り返しの音読は、内容を暗記するのには効果的な学習方法の一つだ。逆に唯一と言っても過言では無い。


更に祈は、彼らに魔術書の音読をさせる傍ら、休息も兼ねた睡眠学習にも手を出していた。魔術書の学習時間を二班に分けて行っていたのはこの為である。


(うん、どうもそれが不味かったかも。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ?)


(睡眠学習というのは、脳に焼き付けをする様なものだからね。毎回同じ所で間違えていればまだ良いんでしょうけれど、読み聞かせする人間が毎回違うから、当然読み間違える箇所も毎回異なるわね。更には自分が必死に暗記した呪文の内容とも齟齬がある…発動のムラはそれが原因でしょうね)


((ああ~…))


祈とマグナリアの考察に、俊明と武蔵が大きく何度も頷いた。確かにそれは脳が混乱する事だろう。


(考えてみたらさ、あの子達は読み書きを初めて、まだ半年程度だかんね。読めない文字もある筈なんだよね…失敗したなぁ)


帝国の施策では、あくまでも”帝国兵として必要な知識”としての読み書きの学習を指示しているだけに過ぎない。その為、兵役で集められた男子のみに学習を支援している。ここに魔術士育成の大きな落とし穴があるのだと祈は言うのだ。


対して尾噛の里に戸籍を持つ住人は、全員が読み書きできる。学習の義務を課しているからだ。その施策の差が、今回の問題を浮き彫りにしたともいえる。


(文字の読み書きなら、すぐにでも矯正できるだろうが、睡眠学習で変に固着しちまった奴は…)


(左様。かなり難しいかと。それこそ一朝一夕には、叶いますまい)


(もっと長い時間を掛けて、正確な情報で上書きしないとダメなんじゃないかしら? 結構大変よ、これ)


(今日の魔術書の時間は、二班に分けずやるかなぁ。絶対に、睡眠学習の方の見直しが要るよね。皆、あとで相談に乗ってくれるかな?)




魔術士隊の兵舎の奥座敷に、久しぶりに受肉した守護霊3人と、琥珀(こはく)船斗(せんと)が祈を囲う様に座っていた。


守護霊3人とは、ちゃんとした面識が無い二人だったが、謎だらけで現実離れし過ぎた自身の主を追求してみた所で、何の意味も無い事は重々承知していた。正気を保つコツは深入りを一切しないことだ。


「確かに、それは問題がございますな。問題が問題だけに、間を空ける訳にもいきませぬ。早急に手を打たねば」


呪文を間違ったまま脳に焼き付けてしまっては、そこでその人間の魔術士人生が終わる。問題が解決するまでは睡眠学習を中断するべきでしょう。そう船斗は提案する。その意見に祈も頷いた。


「だが、魔術士を促成するには、睡眠学習が最も有効なのは尾噛領ですでに実証されている。これを中断するのは、時間の浪費と言えるだろう」


俊明が船斗の意見に異を唱えた。睡眠学習を止めるのは、膨大な呪文の暗記が必須といえる魔術士育成において、最高率を捨てるということだ。『魔術士部隊が形になるまで』という、何とも曖昧で、明確な期限を区切っていない(おおとり)(しょう)との契約が、ここで大きな足枷となる。あまり時間を掛けてしまっては、尾噛の主である望が黙っていないだろう。その事に懸念を表明したのだ。


「でもでもぉ、それを続けるのでしたら”絶対に呪文を間違わない”事が、大前提ではありませんか? あの人達が、読み間違えてしまう事が問題なんですし」


「そうね。それが大事よ。そして、”焼き付いてしまった間違った情報は、正確な情報で上書き”しないといけないわ。でも、その為には…」


マグナリアがチラりと祈の方を見た。ばっちり視線が合ってしまった祈は、その意味を何となしに理解し、深く溜息を吐いた。


「やっぱり、それを私がやんなきゃ、ダメ…だよねぇ…?」


「ダメだダメだダメだっ! 嫁入り前の娘を、野郎共ひしめく寝所に一人放り投げる訳にいくかよっ!」


「「左様」」


大きく声を張り上げて反対を表明した俊明に、船斗と武蔵が静かに深く同意を示した。


曰く、『狼の群れに羊を投入する様なものだ』である。


(子犬の群れに、虎を投入する様なもんじゃないの?)


どう考えても、祈は大人しく襲われてやるタマではない。悉く無残に返り討ちにするに決まっている。そうは思ってもマグナリアは黙っていた。言うだけ無駄だと分かっていたからだ。


「でもでもぉ、お姫さま以上に正確な呪文の詠唱できる人、他にいますかぁ?」


琥珀の指摘に、武蔵と俊明はマグナリアに視線を向けるが、当の本人は顔を背けた。本人は否定しているが、マグナリアには軽い男性恐怖症の気があった。生前も女子だけのパーティに身を寄せていたのはそういう理由だ。当然、若い男が雑魚寝している様な環境に赴くなぞ、絶対にお断りである。


「やっぱり、私がやるしかないかぁ…」


祈はマグナリアが名乗りを挙げてくれる事を少しだけ期待していたのだが、マグナリア本人が断固拒否の姿勢を見せたので、当分の間睡眠不足になるだろうが正確に上書きをするまでの辛抱だと諦める事にした。


「ダメだ、俺が許さん。当然、武蔵さんも許す訳がない。そして、そこの…船斗君だっけ? 君もそうだよな、な?」


「はい。全くその通りにございます」


「じゃあどうすりゃ良いんだよ? 睡眠学習続けろってとっしーが言ったんじゃないか」


睡眠学習は続けろ、でも正確な呪文が詠唱できる祈は行くな。それでは、どう続けるってのさ? 祈は男共の態度にイライラしていた。こちらの心配をしての事と頭では理解はしているつもりだが、あまりに過保護ではないか。それに発覚した問題点に何ら改善の提案が無いままの反対であれば、流石に反発したくもなる。


「祈、()()()()()行く必要はない。と言ってるんだ」


懐から紙と筆を出して、俊明がニヤリと笑った。



「…なるほどね。イノリを模った式を使うって訳ね」


「そそそ。これなら、正確な呪文を睡眠学習で刷り込める上に、祈にも危険はないし、睡眠不足に陥る事もない。二班に分ける煩雑さも無ければ、全員がちゃんとした昼寝にもありつける。八方良しって奴だ」


どうせ日中のシゴキで、奴らは夜の間泥の様に眠る。隣に祈が複数居たとしても誰も気づくまいよ。そう俊明は言うのだ。


「…それなら別に私の姿をしていなくても良いんじゃ…?」


少年の床の中に、祈の姿を模した式が添い寝する…祈はその様子を想像しただけで、割と死ねると思った。嫁入り前の知識として、子作りの方法を知らない訳ではない。だからこそ、余計に。


「ダメだ、こればかりは俺のモチベーションに関わる。完璧に、作って見せよう、祈式!」


「うへぇ。ドン引き…」


また変な所のスイッチが入った臭い魂の長兄の様子に、祈はただただドン引きしていた。


「で、これが貴方ご自慢のイノリ式?」


「いぇーっす!」


俊明(へんたい)は物凄く良い笑顔を見せ、親指をぐっと突き出した。


一見するといつも通りのただのヒトガタにしか見えない様に思えたが、よくよく確かめると文字の集積度が違った。何やら数式も組まれている様で、この技術を習熟している祈ですら、一瞬何の式が出るヒトガタなのか分からなかった程だ。


「んじゃま、とりあえず()してみようか…」


祈が念を込めると、ヒトガタは徐々に人の形を取る。そこに現れたのが…


「うわぁ、ドン引き」


「おお、1/65535を一発かよ。持ってんな、祈っ!」


ふかふかの枕を小脇に抱え、透け透けのネグリジェを着た祈がそこに立っていた。


「添い寝型睡眠学習用式(スピード・ラー○ング)、祈ちゃん(SSRネグリジェVer.)だっ!」


「面白そうです。わたしもやってみますっ!」


琥珀も祈式のヒトガタ念を込め、投げる。


「うふふ。お前、まだ呪文、覚えきれてないんだぁ? あんなに勉強したのにさぁ。お前の頭、雑ぁ魚♡雑ぁ魚♡」


「おお、1/32768を一発か。お前さんも持ってんな。SRのエロガキVer.だ」


Yes枕(両面ともYes♡の印字)を小脇に抱えた、パジャマ姿の少女というには、余りにも艶やかでエッチな表情の祈が、そこに立っていた。


「うほほぉぉぉぉぉっ! と、俊明さん、これ、琥珀にくださいっ! 家宝にしますっ! 一生、愛でますからっ!」


今にも大量に鼻血を吹き出さんばかりに、琥珀大興奮。まず本人ではあり得ない妖艶な表情を浮かべる祈ちゃん(エロガキVer.)にノックアウト寸前であった。


「…獄焔(ヘルファイア)


余りにも過剰過ぎる大火力によって、エロエロな姿の幼女式達は灰も残らかった。無詠唱による上級魔術の行使は、普通に考えても、まずあり得ない。


発動させるには、あまりに複雑で、長い詠唱が必要になるからだ。


「とっし-? あんまりふざけてると、マジで頭の毛、一本も残さないよ…?」


だが、ここに例外が居た。祈は詠唱時間をすっ飛ばす程に、すぐにでもこの世から自身の姿を模した悪夢を消し去りたかった。


できるものならば、これを見た奴ら全員をこの世から…少女の清らかな心は、自らの守護霊の性癖によって、ズタズタに引き裂かれたのだ。


「い、Yes! Yes!」


自分の性癖に正直になりすぎた守護霊の一人は、一番怒らせてはいけない人間を深く怒らせた事を後悔する羽目になった。


誤字脱字があったらごめんなさい。

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