第125話 新米魔術師達へのインタビュー
「え? 僕ですか? はい、兵隊さんになるために村から出てきて、まだ半年と少しでした」
直轄領に住む長子以外の男子は、成人となる数え15に兵役の義務がある。そこで帝国兵として必須となる読み書きと計算を、徹底的に叩き込まれる。
少年達は実に優秀だった。兵役に就いたたった半年足らずで、漢文を読み、書ける様になっていたのだ。
このまま順調に行けば、優秀な人材として文官の登用もあり得るのでは。そう周囲からの期待もあった程にだ。
「それが、いきなりですよ。丁度お昼の休憩時間に、兵舎横にある広場に集まれと。これは、いつもの訓練ではない。それだけしか分かりませんでした」
異様な雰囲気に不安になりながらも、未だ扱いが”新兵未満”でしかない彼らは上官の命じられるままに整列した。
「そしたら、いっつも僕らを殴る怖い怖い上官達の様子が、その日は全然違ったんですよ。もうペコペコと頭を下げちゃって。それも小さな女の子相手に、ですよ? もうビックリでした」
「…君は”尾噛”を知っているかい?」
「ええ、勿論。”竜殺しの尾噛”…尾噛駆流の伝説ですよね? 僕も、いつかあんな風に…なんて、誰しも思うんじゃないですかね」
帝国に生きる男子は皆が一度は憧れる。それが尾噛駆流の成し遂げた、伝説と言うにはまだ記憶に新しい竜殺しの英雄譚。
やはり男の子というものは、一度は必ず英雄を目指すものなのだ。大体が、ガキ大将に凹まされて現実を思い知るのだが。
「その小さな女の子が、竜殺しの英雄の子孫だよ」
「ええ、後で聞いてびっくりですよ。僕らは、そんな英雄の子孫を目の当たりにしたんだって、凄く興奮しましたもん」
その事を想いだしてか、少年は遠い目をした。陽光を反射しキラキラと輝く細く美しい銀の髪。翠玉石の如く深い緑の瞳…少年の目には、少女がまさしく天女の如く映った事だろう。
「まさかその娘から、自分に魔術士の素養がある…なんて言われると思ってもみませんでしたねぇ…」
少年は小さく溜息を吐いた。正式な帝国兵として俸禄が出るのは、文字の読み書きができて、漸くである。しかもその試験の日まで、まだ半年近くもあった。
だが、魔術士の素養がある。そう診断されてしまった彼は、試験を受けるどころか一足飛びに禄を食む身分になった。なってしまった。しかも一般兵の平均相場の、5倍以上の。
「それはボクも思った。まさか君達の中から、魔術の素養を持つ者を幾人も見出すなんてさ。魔術の素養を持つ者は、確かに貴重だ。ボクらには、それを見分ける方法が分からないからね」
「ええ。僕もそんな事いきなり言われても…って思いましたよ。生まれてこのかた、そんな自覚なんて無かったんですから」
ふとした拍子にその片鱗を見せた者だけが、魔術士の道を歩む。これが今までの在り方だった。子供に無理矢理学ばせる貴族の家もあるが、まず不発に終わる。いくら学んでも、素養が無ければ絶対になれない。それが魔術士だからだ。
「だよな。『お前なら、魔術士になれるよ』なんて、言われてもってなぁ…」
隣に座る少年も、彼の言葉に頷いた。それはそうだろう。農村に住む子供達は、魔術に触れる機会なぞ皆無だ。魔術士は、ほんの一握りしかいない。帝国軍の内部ですら、ついこの間まで魔術士を語る偽物共が我が物顔で闊歩していたのだから。
「でも、君達は魔術士になれた。そうだろう?」
「…初級魔術の内の幾つかが、漸く使える様になっただけです。我が麗しの上官殿が云うには、まだ半人前、以前。と…」
訓練の状況を思い出してか、少年達の表情は、皆一様に暗かった。
『どんなに疲れていても、体調悪くても、呪文を一息で詠唱できなきゃ話になんない。ほらほらっ、三里(約12km)を全力疾走っ! 琥珀さんに追いつかれた奴は、更に一里追加だかんねっ!』
「起床後、すぐに帝都から近くの村の往復の道のりを走り込み。それも全力疾走で。しかも異様に足の速い獣人のお姉さんが、後からボクらを追いかけてくるという…抜かれた者は追加で帝都外苑部を一周させられます…未だ全員、これを逃れられた事はありません」
「で、少しでも歩こうもんなら、後ろから怖いおっさんが棒で叩いてくるんだよなぁ…」
「でもさ、あの獣人のお姉さん。おっぱいぶるんぶるん揺れるし、良いよな…」
「ああ、良いよな」
「…いい」
その情景を思い出しているのか、一部の思春期真っ只中の少年達は、頬を染めつつも口元がだらしなく半開きになっていた。エロエロですな。
「んっん…それは横に置いておこう。で、それから何をやるんだい?」
「その後に朝食です。毎日、村で生活していた時には絶対に食べられない量のご馳走が並んでいます。でも、長距離を全力疾走をした後に、そんなの入る訳無いですよね…でも食べないと罰があるって聞くと…もう無理矢理に口に押し込んでますよ」
「…でもさ、最近普通に食えね? 前は全部吐いてたけどさぁ」
「うん、食える。ってーか、美味いよな。なんか、すっげ高価な魔物の肉らしいぜ?」
「へー、明日から味わって食おう…」
「その後は、乱取り稽古です。先輩の兵士さん相手に。で、あっちは木剣持ってて、何故かボクらは素手で…」
『戦場では、敵味方入り乱れての乱戦なんて当たり前。誰もお前達が詠唱完了するまで待ってはくれないよ。並の剣士なら、三人程度は同時に相手して素手で制圧できなきゃ、魔術士とは呼べないかんねっ!』
「魔術士を名乗りたければ、剣士より肉弾戦が強くなきゃいけないってさ、魔術士って一体何だろうね…?」
「それ、もう剣士で良くね? ホントマジで…」
少年達の疑問は尤もだ。複数の剣士を同時に相手して、素手で制圧できるのなら、もう魔術なんか要らないだろう。男も彼らの意見に深く深く頷いた。
「うわぁ、それは壮絶だねぇ…でもさ、結構自信付いたんじゃない?」
「ですね。少なくとも、同時に二人までなら、多少の時間稼ぎ位はできる様になりました」
「今でも生傷絶えないけれどな」
「でも我が麗しの上官殿の回復術で傷跡も残んないんだけれどね。あれって、虐待の証拠隠滅って奴かなぁ?」
「その後は、軽めの昼食を挟んで、二班に分かれます。片方は昼寝。もう片方は魔導書の音読です」
「え、お昼寝があるんだ? 随分スパルタだなぁって思っていたんだけれど」
男のお気楽な言葉に、全員が頭を振った。ここからが本番だぞ。そう彼らの表情が雄弁に物語る。
「いいえ。これが訓練の中で、一番の地獄です。昼寝組は我が麗しの上官殿の睡眠術で強制的に眠らされます。術による睡眠は、体力は僅かながら回復しますが、精神力は回復しません。起きたときの不快感は…」
「しかも、魔導書組の呪文の音読が耳元で、術の効果時間いっぱいまで延々と…寝た気が、ほんっと全然しねぇんだ。コレが」
「昼寝組が全員目覚めたら、交代です。個人的な感想ですが、魔導書組の方が、より過酷なんじゃないかなって思います」
「あ、それ、オレも思った。散々体力使ってへとへとな所に、野郎相手に耳元へ囁きなんて、マジでやってらんね。せめて、先に寝たい。でもあの睡眠術じゃなぁ…」
「でも、どれだけ頑張っても抵抗なんて、絶対できません。術の強制力半端無いですよ」
「まぁ、祈クンの魔術は、帝国随一だからねぇ…」
「その後は、風呂と夕食。読み書きの学習時間があって、漸く自由時間です」
「まぁ、自由時間なんて在って無い様なもんですけどね。皆すぐに寝ちゃいますから。泥の様に…」
「だよなぁ、知らん間に朝だし…」
「そういや僕たちって、恋バナとかしたこと無いよネー」
「そんな暇があったら寝たい。次の日に備える為にさ…」
「「「同感」」」
「最近、我が麗しの上官殿の顔が、鬼にしか見えないんだよなぁ。初めて見た時は、こんな綺麗な女性がこの世に居るんだって、見とれたモンだけど」
「なー? 我が麗しの上官殿はなぁ…言う事も、やる事も、マジで鬼」
「「「「ホント、ホント」」」」
身内だけの内輪の話は、やはり盛り上がる。ましてや、共通認識を持つ、悪口の先である。だれもが共感で一つになれるのだから、当たり前だろう。
「…促成でお願いしたとはいえ、本当に祈クンは…」
手加減を知らない彼女の行いに、男は溜息しか出なかった。
だが、たった一月足らずで、全員が初級魔術のいくつかを使える様になっていたのには、流石に驚いた。確かにこの手腕ならば、尾噛の魔術士部隊が一年で倍の数になるのも頷けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「って、少年達は言っていたよ。凄いね、祈クン。これからも、この調子でお願いするね」
事務仕事の合間の緑茶の香りを楽しみながら、鳳翔は祈に、新米魔術師達から聞いたその時の様子を話した。
「…はい、是非に。あの未熟な魔術士達をしっかりと教え導いていきます」
無い胸ぺったん。ちびっ娘、ちんちくりん幼女、7年後に逢いたい女…祈にとっては、数々の最悪のNGワードを言い募った彼らの明日は、どっちだ?
誤字脱字があったらごめんなさい。




