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第12話 お世話になりました




 周囲の建物に、ポツポツと、まだ灯りの点る部屋がいくつかある時間帯。


 離れの庭の一角に、母娘の影と、娘に付き従う3つの光の玉があった。



 雲一つ無い、本当に清んだ夜空。


 月の明かりは煌々と降り注ぎ、黒き帳を隙間無く埋め尽くす星々の煌めきは、現代日本では絶対に見られない光景だった。



 「かあさま……ごめんなさい」


 「ごめんなさい、はダメよ? あなたは悪く無いのだから……母の旅立ちを、あなたの笑顔で見送って……ね?」


 自分は、今…笑顔でいられているのだろうか?


 ここで泣いてしまっては、娘の決意を鈍らせる事になる…祀梨は必死に表情を作っていた。


 「うん……かあさま、いままでありがとう……ううっ。いっぱい、いっばい、あ、あ、ありが、とうっ」


 幼い我が子の身体は、まだ祀梨の胸の中にすっぽり収まる程度でしかなかった……


 最愛の娘へ、最後の抱擁。


 この想いは、執着では、決して、ない。


 この想いを、未練にしては、絶対にいけない。



 「お世話になりました……」


 「本当にすまないな。俺はアンタを苦しめただけだった……」


 「いいえ。いいえ……私がこうして未練を断ち切り、天へ還る事ができるのも、ひとえにあなた様のお陰にございます……」


 実は、何とはなしに抱えていた不安……このままで良いのか?


 人ならざるモノが、このまま娘の側にいて良いのか?


 そんな思いに、この上位霊は大きな風穴を開けた。それは見事に粉々だった。


 だから、お礼を。



 「思えば拙者、祀梨殿には何一つ残す事も、示す事もできんかったでござるな。だが、貴方の今後の憂いを無くす為に、拙者尽力する所存。何ひとつ案ずる事無く昇天召されい」


 「はい。娘の事、お頼み申します……」


 日頃、元気よく飛び跳ねる娘の身体遣いは、この侍の指導の賜物だという。


 身内びいきが多分にではあるが、祀梨の目から見ても、他の同世代の子供より遙かに動けているのが解った。


 これだけ健やかな身体ならば、早々怪我や病気にはならないだろう。



 「イノリの花嫁修業は、私に任せてネ? マツリでも適わない、国一番の器量良しにしてみせるんだから……本当は誰にもあげたくない、私だけのモノにしたいんだケd……って、痛いじゃないの-!」


 「はっ、はい。お願いしますね。尾噛の姫として…立派に育つ事を望みます」


 上位霊二人から思い切り頭を叩かれたマグナリアに、ほんの少し不安を感じながらも、祀梨は娘の教育をお願いする。


 もう自分は、その役目に就く事ができないのだから。


 もう自分は、その姿を見る事は、叶わないのだから。



 腕の中の娘に、母は最後のお願いをする。


 「あなたは、お婆ちゃんになるまで生きるのよ? 母みたいに、幼い子を残して死んではダメです。沢山の子を育み、その子がさらに子を産んで……悔いの無い人生を、是非とも歩んでください……」


 「わかった。わたしもかあさまになって、おばあちゃんになるから……だから、またね……」


 「はい。また……お空の果てで、いつか会いましょうね。私の祈」




 一筋の淡い光の柱が、天へとのびた。


 「うあああああああああああああああん、かあさまあああああああああ」


 残された娘の慟哭は、しばらく続いた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「祈ー、遊びに来たよー」


 「いらっしゃい、にいさま」


 いつもの鍛錬を終えた望が、いつも通りに祈の住む離れに来ていた。


 日没までの時間が、少しずつ短くなってきた気がする……


 夕暮れの空は茜色に染まり、時折流れる風に、望は僅かな肌寒さを感じた。




 『かあさま、おそらにかえったの……』




 祀梨は、この世界からいなくなった……



 その事を、祈の口から聞いた望は、彼女を抱きしめる事しかできなかった。


 淡々と、事実だけを……最愛の妹は語った。



 妹の異能を理解するには、彼の中にある”常識”が、かなり邪魔をした。


 しかし、その事を語る妹の目は、とても真っ直ぐで、そして一点の曇りも無かった。


 望自身、希ではあったが、森に入れば精霊を視る事もあったし、実際にこうして離れに訪れてみれば、出迎えた祀梨と普通に会話をしたのだから。

 きっと世の中はそんなもんなんだろうな。と、無理矢理納得させたのだ。



 祀梨の居なくなった今、離れの住人は祈だけになった。



 布勢が、殆ど隠す事無く行ってみせた様々な凶行によって、尾噛の使用人達は災いに巻き込まれない様にと、必要最低限にしか関わろうとしなかった為だ。



 望には視る事ができないが、常に三人の『家族』が側にいると、妹から聞いていた。


 だから、さみしくないよ。と妹は屈託無く笑ってみせた。


 だから、きっとそうなんだろう。と望は自身に言い聞かせる。



 でも。


 (祈の”生きている『家族』は”もしかして、ボクだけなのか?)


 父上はダメだ。祈をいない者として扱っている。


 母上はもっとダメだ。祈を亡き者にしようとしている。


 家の者は、父上と母上の意向に従うだけで、全然祈の事を見ようとはしない……



 その現実を思い知り、望は愕然とした。



 (ボクが、妹を守らなきゃ……)


 せめて……せめて祈が、この家を出るまでは。


 ……他家へ、嫁ぐまでは……



 「はやく……大人になりたいなぁ……」


 つい漏れてしまった望のつぶやきに、祈は小さく首を傾げる。


 「にいさま。にいさまは、まだ、おとな……じゃないの?」


 「まだだよー。まだまだボクなんか、色々足りない子供さ。でもすぐに大人になって、いっぱい、いっぱい強くなって、今よりもっと祈の事を護るからね?」


 「うん。わたしもはやくおとなになって、にいさままもるー」


 さらさらな妹の銀髪を、角ごと荒っぽく撫でる事しか、今の望にできる精一杯だった。



 「はやく”大人”に……ならなきゃなぁ……」



誤字脱字あったらごめんなさい。

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