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第114話 大林光義



紅の翼を持つ者は、皇家の血を引く者のみ。駕籠の中にいる人物が、その血族の内の誰なのかは、祈には分からない。


だが、皇族である事には違いない。祈は自らとても厄介な出来事に首を突っ込んてしまったのだと、否が応にも理解させられてしまったのだ。


「…そ、そそそ其方は何者じゃ? ま、麿(まろ)が帝国の高貴なる血を持つ、大林光義(みつよし)と知っての狼藉かっ? そっそそそそ、それでも麿は寛大な心をも、持っておる。まだ許してやる故、今すぐ麿の前から去ねっ!」


ガタガタと震えながらも、紅の翼を持つ男は、背を向けたまま精一杯の大声を張り上げる。こちらに顔を向ける事が出来ぬ程に、恐怖を感じているのだろう。


「やばっ! 夜を支配する女神よ、星空の精霊達よ…」


祈の記憶が確かならば、大林光義は帝位継承権三位の人物の筈だ。その名を聞いた祈は、咄嗟に拡大睡眠術(マグニ・スリープ)を出来うる限りの最大の力で放った。祈の全力の魔法を抵抗できる者は、まずいない。血の臭いの立ちこめる現場は、祈達の他に、永遠の眠りについた者と、強制的に眠らされた者しか存在しなくなった。


この様な事は、本当に今更でしかないが、下手を打つと皇族殺しの濡れ衣を着せられる可能性だってある。いつでも逃げれる準備はしておかねばならないのだ。


そして、まだ自称山嵐組とやらの若頭の言い分しか聞いていないが、もし彼の言った事が全て事実であるのならば、目の前の皇族であろう光義と名乗った人物は、確実に女の敵だ。祈は絶対にその様な者を守りたくはない。


だが、尾噛家は帝の命によって、その領地を安堵されている。祈は尾噛の家に名を連ねる立場上、そういう訳にはいかないのが現実だ。


そして当然、祈には彼らを全員捕縛し、帝国に差し出さねばならない貴族としての義務が生じるのだ。そうなれば、確実に彼らは一方的に殺されるだけになるだろう。一切の事実確認も無く。


それこそ、如何に光義という人物が、考え得る全ての悪の限りを尽くしていたのだとしても、皇族である以上、彼を裁く一切の法が帝国には存在しない。


「…お姫さまぁ。これ、逆に不味くありませんかぁ? 全員眠らせちゃったら、本当に収集つきませんよ?」


「いや、大丈夫…たぶん、きっと、おそらく…今、駕籠の中の人に私の顔を見られる訳にはいかなかったからね。絶対、碌な事にならない…」


全員が眠った事を確認した祈は、まず魔法で全員の傷を癒やした。本音を言えば、絶対にやりたくなかったのだが、自称山嵐組の野郎共も全員治した。特に幼女趣味を告白した男は、気持ちが悪いので放置したかったのだが、仕方無しに治してやる。


「ごめんね、琥珀(こはく)さん。こっちの人達を移動させるから手伝って」


深い眠りについた人間というのは、とても重い。それを運ぼうとなると、その人の全体重が我が身にのし掛かってくる。自称山嵐組の野郎共は、面倒だからこの場に放置するとしても、襲撃に遭った人達を彼らから隔離してしまわないと、元の木阿弥となるだろう。これがとても重労働だった。


無数の矢で射殺されてしまった三人の骸は、申し訳ないがその場に捨て置くしかできなかった。彼らの身元が分からない以上、ここに埋葬してしまうのもどうかと思ったからだ。


「…姫様、何をなさっておいでで?」


ひぃひぃ言いながら、護衛の人間を引き摺って運んでいると、丁度船斗(せんと)達徒歩組が追いついていた。


祈の説明を聞いた船斗は、表情を変えず深く頷いた。


「それは面倒な事になりましたね…ですが、姫様のこの判断は正しかったのだと、私は思います。まだ賊の一方的な言い分しか聞いてはおりませぬが、この様な事をしでかしては、いかに彼らが正しかろうとも、絶対に通りますまいて…」


皇族を相手に事実確認なぞ、不遜過ぎてできる訳がない。ましてや、祈達はそんな身分でも、立場でもないのだ。そうである以上、どうあっても山嵐組は全員死ぬしかないのが現状であろう。だから、今は隔離してしまう他に手がないのだ。


「そんな訳。みんな、重いだろうけど、そこの駕籠を運んでもらえるかな?」


姫の護衛役に呼ばれた者は、本来であれば家からの信を得た優れた兵としての誉れであり、他の者達から羨望の的となる大役なのだが、どうやら今回はただの貧乏くじだったらしい。三人の歩兵達は渋々ながら、姫のお願いを聞く羽目になった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



全員を街道脇の草むらに移動した所で、尾噛達一行は漸く一息をついた。凄惨な現場から移動した事で、如何に他人の目があっても、祈達に誰何(すいか)の眼が向く事は恐らくないだろう。


「…そろそろ睡眠術の効果が切れる頃かな。琥珀さん、あいつらをお願い」


「はぁい、行ってきまぁす」


彼らは、自らを山嵐組だと名乗っていたが、確認が取れない以上、それはただの自称でしかない。


祈の姿を見て、高く売れるだの何だのとほざいていたし、おそらく人身売買にも関わったりとかなりの悪どい事もしているのだろう。少なくとも真っ当な組織でないのは明白だ。念の為、本拠地を割り出す必要がある。琥珀を向かわせるのはその為である。


「では、我らはどういたしましょうか?」


「このまま放置して立ち去ってしまいたいんだけど、そういう訳には絶対にいかないだろうなぁ…そこの3人には、顔を見られちゃってるし…」


ああ面倒だ面倒だと、祈はボヤいた。変に感覚が鋭敏過ぎても良い事なんか一つも無い。現にこうして厄介事に自分から無理矢理首を突っ込んで、気が付けば抜け出せなくなってしまっているのだから。


「仕方無い。駕籠の人が眼を覚ますまで、ここで待つしかないかな。ごめんね、船斗さん。折角来てくれたのに、ずっと面倒事ばっかりで…」


「お気になさらず。私はこれでも、結構楽しんでおるのです。いつか八尾殿も仰っておりましたが、姫様に付いていると本当に退屈しませんな」


「なに、それぇ? 別に私は退屈しのぎに生きている訳じゃないんだけどなぁ…」


「ぶぷっ……いや、失礼。やはり姫様のお側にいれば退屈とは無縁でいられる」


確かに着任早々釣り糸を垂らす羽目になった時は、この選択を後悔したものだが、今は本当に尾噛家の門を叩いて良かったと、船斗は思っていた。自分の力を限界まで出す機会に恵まれるだけでなく、日々の生活が本当に楽しい。牛頭の家に仕えていた日々を思い返せば、自身が徐々に腐っていくのを自覚せずにはいられなかったのに、だ。



生き残りの護衛が目を覚ました所で、祈達は詳しい事情を聞いてみた。だが、護衛は丁寧に礼は述べても、拒絶の意思は堅く、それ以上は祈達に決して踏み込ませる事は無かった。駕籠の中の人物は、やはり見た目通り雲上人に連なる身分なのだという事だけを再確認しただけに留まった。


結局、祈達は何も得るものも無く、光義を乗せた駕籠を、ただ見送るだけしかできなかった。


「やっぱり、先に駕籠の中の人に直接訊ねた方が良かったかなぁ…?」


「いや、私はこれで良かったと思います。如何に我らが関わった所で、何もできはしますまい」


下手をすれば、皇族を襲ったのは祈達になってもおかしくはなかった。あの時、恐怖に(おのの)いた光義は、祈の方を一切振り向く事はなかったのだから。


「こんな事言っちゃいけない立場なのは承知しているつもりだけれど、本当に、面倒臭いね…」


「…今の姫様のお言葉、聞かなかった事にしておきましょう」


「ありがと…」



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「やぁやぁ、祈クン。最前線からの長旅で、さぞかし疲れただろう。魔物退治、良くやってくれたね、ありがとう。帝国を代表して、お礼を言うよっ!」


「はぁ、どうも…」


執務室に通されるなり、ハイテンションの(おおとり)(しょう)の盛大な出迎えに遭い、祈の元気は彼のテンションに反比例するかの如く、みるみる内に萎んでしまう。祈は翔の事が正直言って苦手だったのだ。


「何だい? やっぱりお疲れだったのかい? それはすまなかったね」


「いえ、ちょっと帝都に到着する手前でちょっとした事件に巻き込まれてしまいまして…」


「おや、事件だって? それは穏やかじゃないねぇ…」


自称山嵐組の言った事は、まだ確定の情報ではない。だから、祈は光義と彼らのいざこざを正直に言うつもりは無かった。だが、少しだけ確かめたい事もある。


「鳳様は、山嵐組…という集団をご存じありますでしょうか?」


「うん? 山嵐組といえば、帝都で許された数少ない賭博場の座の筈だね」


帝国は賭博を庶民の娯楽として、その一部を認めていた。全面的に規制してみせた所で、全部を取り締まる事はできやしない。ならば、管理ができ得るギリギリの範囲内で緩く縛る程度に留めれば暴動は起きないだろうという判断によるものだ。収益金の一部を税として納めさえすれば、帝国はその許可をいくつかの団体に与えていた。山嵐組は、その中の営利集団の一つだというのだ。


賭博を取り仕切る彼らを必要悪とみなし、裏で多少の悪事を働いていようが、帝都の治安を揺るがすものでなければ、手を出さないのが帝国の方針の様だ。彼らが納める税が、馬鹿にならない数字であるのが、その本音ではあったが。


「その山嵐組を自称する奴らが、街道の外れで人を襲っていたので、少しばかり懲らしめてやったのです…」


「そうか。それはご苦労様。でも君の腕なら、彼らを無力化するのも、訳はないんじゃないかな?」


「多少痛いめに遭わせただけに留めてやりました。鳳様にお会いする前に、これ以上面倒事を増やすのもどうかと思いましたし…」


「それはどういう意味なのかなぁ…?」


(今まさに、もんのすごい面倒事を背負っちゃってるンだけどネー! ああ、もうこんなの忘れてしまおうか…)


本音と建前。まさに祈の中は、それらがひしめき合っていた。翔に確認したのは、山嵐組は表世界に名を持つ存在かということだったが、どうやら最悪な状況かも知れない。


彼らは表世界でも認可賭博で名が通ってたし、彼らが祈に語ってみせた通り人身売買を行っているならば、裏世界でもそれなりに名が通っている筈だからだ。


その様な団体が、皇位継承権を持つ光義の命を狙っている…穏やかな話ではない。




(本当に、これからどうしようかなぁ…?)


思考の海に沈みかけた祈の耳には、翔の言葉は全く届いてはいなかった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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